空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『君の名は。』 感想
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「確かなことが、ひとつだけある」
「私たちは、合えばぜったい、すぐに分かる。私に入っていたのは、君なんだって。君に入っていたのは、私なんだって」






 新海誠最新作『君の名は。』を見てきました。

 予告の段階で大々的に宣伝がなされていて、賛否両論あった作品ですが、公開からの盛り上がりが凄まじく、今では連日満員御礼という話を聞く超ヒットとなっています。自分としても、予告を見た時に「これは絶対に自分の好きな話だ!」と思っていたので、どこかで見に行かなければと思っていて、昨日仕事帰りにバタバタしながら行ってきました。


 端的に言って最高でした。
 どれくらいかというと、見終わった後に、スキップしながら本屋に直行して小説版を買い求めたくらいです(なお、売り切れで三件ほどハシゴしても見つからなかった模様)



 新海誠について、自分は『秒速5センチメートル』を勧められて、これはすごいと瞠目しました。そのあと『ほしのこえ』と『雲の向こう、約束の場所』の二つをDVDで見て、荒削りながらも、そこで描かれていた人と人の距離感に魅了されました。
 『星を追う子ども』はまだ未視聴ですが、『君の名は。』を見た直後に、『言の葉の庭』も見ました。当時劇場上映中に話題になってた時に見ればよかったのですが、改めて、この監督の作品は、主人公とヒロインの心の距離と言うのを丁寧に掘り下げて描いてくれるクリエイターだな、と納得しました。物語をキャラクターが動かす以上、その心情を掘り下げて描いていくのは当然のことなのですが、それが不足したり過剰だったりするだけでも、物語は破綻してしまいます。それを丁寧にできるという、王道をやり切ることがどれだけすごいことか。


 『君の名は。』で一番すごいのは、その王道を、王道のままやりきった所だと思います。

 シナリオ的なギミックで、謎や困難、カタルシスを得るためのシステムはいくつか散りばめてありますが、それらは後から考えると、大して目新しいものではありません。例えば前提である男女の入れ替わりにしてもそうですし、二人の間に時間的距離があったことも、感の良い視聴者なら途中で気づくでしょう。会えるはずのない二人が会うために奔走するなんていうストーリーラインは、いかにも感動させる恋愛物といった感じで、やり方によってはひどく陳腐になってさめてしまうと思います。
 それなのに、少なくとも自分は、最初から最後まで、夢中で時間を忘れてみていました。
 次はこうなるだろう、それともああかな? そんな先読みばかりしていながら、実際予想通りのシーンが来たとしても、そのシーンに胸を掴まされて涙をうるませる。『わかりきった展開で感動させる』。これほどクリエイターとしての力が試されるシーンはないと思います。

 一番顕著なのは、ご神体のある山頂のところで、カタワレ時に再会する瀧と三葉のシーン。
 入れ替わった互いが、相手の名前を呼ぶのですが、声だけが聞こえても姿が見えない。それが、日が落ちる瞬間に、時間という距離を超えてようやく再会を果たす。一応再会のための要素は作中で幾つか提示されては居ますが、そのご都合主義とも言える展開に対して、「なぜ?」よりも先に、「やっと」という感情がすぐに出てくるような見せ方。描き方次第では三文芝居を見せられて白けた空気が出かねないシーンなだけに、ここを盛り上げどころとしてしっかりと盛り上げてきたことに、ただひたすら賞賛を送りたい。ここを純粋に見れたのなら、物語全体が輝いて見えることでしょう。


 男女の入れ替わりものなんてありふれているし、君と僕で世界(村)を救うなんてことも物語ではよくあること。けれど、そんなよくある物語でも、作り手によってはこれほどに心つかませるものを創りだしてくれる。それが伝わってきたのが、この映画の本当に素晴らしい所だと思います。






 とまあ、堅苦しいことを書いてきて、ちょっと軽い考察。


 作中において最も謎なのが、なぜ瀧である必要があったのか、というところなんですよね。
 三葉は物語の中心にいますし、何より入れ替わりの能力は宮永の家の能力であるということが提示されているので、彼女の存在は必要不可欠です。しかし、その三葉と入れ替わる相手である瀧の方には、どんな理由があったのか。
 まだ小説版を読んでいないので、もしかしたらそっちに回答が提示されている可能性はありますが、ここはあくまで映画だけでの考察です。
 自分としては、そもそも瀧の側には理由がなかったのではないかと思います。
 ことの原因はすべて三葉の側に原因があり、瀧はそれに巻き込まれただけ。三葉が序盤で言っていた『来世では東京のイケメン男子にしてください』という願いが叶えられた形で、彼女のいうイケメン男子が瀧だったのでは……というのが答えかな、と。
 これの重要な点は、瀧が結果として、三葉を救う手助けをしたところなんですよね。

 自分ははじめ、この物語は、男の理想で描かれた物語だなぁという印象がありました。男女の入れ替わり、入れ替わり先は美少女。そしてその美少女は、とある事件で死んでしまっていて、それを主人公の手で救ってあげて、ハッピーエンド――最後には五年後に再会するところまで含めて、そのロマンチックさは、女性向けというよりも、むしろ男性の都合のいい理想のように思えていました(だからこそ男である自分が魅了されたのかも、と)

 でも、視点を変えて、三葉の方で物語を見てみると、少し変わってきます。

 彼女からすると、見も知らなかった男子と入れ替わり、その結果、彼女の見る世界は一変するのです。田舎しか知らなかった彼女の視界は、入れ替わることで都会の世界を知ることができ、今まで知らなかった様々なことを経験させてくれます。放課後におしゃれなカフェで男友達とだべったり、バイト先で美人の年上のお姉さんと遊んたり、そこにあるのは、田舎では決して経験できない輝くような日々。そして、東京での生活だけでなく、戻った時の田舎での人間関係にしても、男子に告白されたり後輩に好かれたりと、彼女の環境をどんどん変えてくれる。そんな、夢の様な男の子。それが瀧であり、そして彼は、三葉の命の危機すらも、救おうとしてくれる。こうしてみると、まるで瀧が白馬の王子様のような、理想の男の子に見えてくるなぁと思いました。

 だからこそ、そうした三葉の願いや夢を叶えてくれる存在というのが、瀧だったのではないか、というのが自分の考えです。



 
 それはそうと、物語的には中心ではないですけれども、奥寺先輩の存在も、かなり見ていて気になるものでした。

 彼女の視点で物語見ると、三葉を尋ねる瀧の旅行に彼女がついていったのは、なんだか瀧への感情を吹っ切るためのものだったんじゃないかなぁと思えるんですよね。

 瀧に三葉が入ることで、奥寺さんとの関係がかなり進展するわけですが、奥寺さんから見ると、「ちょっと気になっていた男の子が、最近かなり付き合いやすくなった」という感じで、どんどん惹かれていったんだと思います。しかし、いざ素の彼とデートした時、その付き合いやすい男の子はいなくて、目の前にはイメージと違う年下の男の子が。
 この時の違和感を、彼女は『もしかして好きな子がいるんじゃないか』という風に解釈したからこその、デートの終わりの時のセリフなんじゃないかなと思いました。あの少し責めるような言い回しは、言外に期待していたのが滲んでいたように思います。
 だからこそ、その感情を吹っ切るために、瀧の旅行について行ったんだとすると、なんだかすごくいじらしくって可愛いなこの人は、となってくるという。瀧たちからすると大人な彼女ですが、彼女も歳相応の若さがあって、いろんな思いをかかえているんじゃないかなぁ

 物語のラスト、五年後の段階で、結婚していることが判明する彼女ですが、この関係は、秒速5センチメートルで描かれた『過去の恋愛』への懐古が滲んでいて非情に良かったなぁと思います。
 あと余談ですが、旅館でタバコ吸ってる所がすごく好き。あそこがあるからこそ、やっぱり奥寺さんの瀧への想いは失恋に近いんだろうなぁと思う。



 あとまあ、好きなシーンを挙げるとすると、アバンで描かれ、そして中盤で判明する三葉と瀧のはじめての出会いのシーン。
 瀧が三葉を訪ねる三年も前、まだ出会う前の時に、三葉はすでに瀧を訪ねていたっていうのがまず胸熱ポイントなんですが、この電車で向かい合った時の三葉のしぐさがもうくっそ可愛くってだなぁ!! ああもうこの辺は変に理屈なんかこねないで直球で言うけど、もう三葉が可愛すぎて悶え死ぬ。あそこのいじらしさと、不安や期待が混じった表情や仕草に、どんどん胸が締め付けられていく。この甘酸っぱさこそが少女漫画特有の味付けだよなと思う(少女漫画じゃないけど)


 それと、やっぱりラスト。五年後に社会人になった二人が、出会う所。

 まだ会ったことのない人。接点も何もない、他人でしか無い彼(彼女)。でも、会えばきっと、自分たちならば必ず分かる。
 まだ子供だった頃の二人は、山頂で互いを求めて走った。
 そして今、大人になった二人は、かつて子供だった時のように、相手を求めて街を走る。

 そして、階段のところで出会った二人は――




 このラストは、新海誠を知っている人なら、誰もが『秒速5センチメートル』を思い出すことだと思います。
 秒速の物語は、よく勘違いされますが、あれは未練ではなく、『懐古』の物語です。彼らにとっての恋愛は終わったものであり、互いに別の人生を歩みながら、かつてあった燃えるような愛を懐かしく振り返る。
 それに対して、『君の名は。』で描かれたのは、まだ始まっても居ない関係。
 だからこそ、秒速では再会しなかった二人が、君の名は。では、出会うことができた。


 これまで別れの物語を描いてきた新海さんが、ここで出会いの物語を書いてきたのは、大衆的であるとも言えるけれども、何よりこの作品が集大成のようなものであるからとも思えました。


 空前のヒットとも言うべき状態のこの作品ですが、ここまで盛り上がってしまうと、こんどは作品の出来に関係なく、更に動員数は膨れ上がっていくことでしょう。そうした状態で、スタッフたちが『次』を作る上での妨げになるのではないか、というのだけが少し不安であります。

 しかし、今回は製作委員会方式をとっていたり、有名バンドの起用や宣伝の仕方など、かなり制作に対して制限があってだろうと思われます。実際、ちょっと作中でOPED挿入歌含めて楽曲四曲はやり過ぎだし、物語もどうしても大衆に向けたわかりやすい感情表現であると言われても仕方ないところがあると思います(完全に余談ですが、自分は別にRAD嫌いじゃないですが、あの挿入歌は空気を壊していたと思います。ああいう盛り上げはラストの一回だけでいい)

 しかし、そんな制限のある制作環境で、それでもなお、新海さんの持ち味をしっかりと描いてきたところを考えると、これからも彼の物語を見てみたいと、そう思えた作品でした。

 まあ、自分はそこまでこじらせたファンではなかったので、「おれの知ってる新海は死んだ」と言われる方の気持ちも分かるのですが……それは次の作品に期待することにしましょう。





 そんなわけで、長々ととりとめもない感想でしたが、『君の名は。』でした。

 正直こんだけ感想を書いてもなお、身悶えするくらい気持ちが高ぶっているので、これはもう一回見に行かねばならぬと思っています。さて、次は度のタイミングで行くか……







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プリデスティネーション 感想





 改めて見るとこのPV、詐欺過ぎるな……。



 というわけで久しぶりの更新。これネタバレしたらやばいからツイッターで語りきれなかったんで、せっかくだから久々にブログ更新するよ。


 今年の2月に公開の映画、『プリデスティネーション』


 元はロバート・A・ハイラインというSF作家の短編『輪廻の蛇』を映像化したもの。この短編、かなり古い上にページ数も30ページ未満というのだから、それを90分の映画にしたというのがまずすごい。
 短編についてはとりあえず図書館で探して読むとして、映画自体は、時間物で切ない系。オチが分かったら一発で全容がわかってしまうので、あまり事前の知識なしで見ていただきたい。



 んじゃまあネタバレ感想は続きから

 ちなみに、自分の解釈全力で入っているんで、間違いかもしれない。あと、今回は吹き替えで見た。字幕版あとで確認したら、かなりニュアンスの違う言葉が使われまくってたから、実際違うかもしれないけれど、少なくともこう考えると、この作品がかなり腑に落ちる、ということで。







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プロフィール

西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
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自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
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同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


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