空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
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『浮牢夏帆の個性規定談義』

 陽君シリーズ、時系列的には一番新しいやつ。

 なんか調子に乗ったときにこのシリーズのキャラは書いているんですが、時系列見事にバラバラになってますね。
 あ、ちなみにこの話は、一年くらい前に書いた奴を少し改稿したやつです。なので、昔ラ研で見たことがある人もいるかも。

 まあ、そんなこんなで。『浮牢夏帆の個性談義』








「君には、圧倒的に『個性』が足りてない!」
 四月の中旬、日が傾きかけてきた夕方の静かな時間。俺こと白城陽が自宅でぼうっと窓の外を眺めているとき、彼女はいきなり俺に親指をつきたてると、冒頭のセリフをのたまった。
 目の前にいるのは、我らが映画研究会の部長である浮牢夏帆。彼女は突然俺の家にやってきて、なぜか俺の前で茶菓子を食ってる。なんでも今度の撮影で使う台本のシナリオを持ってきたらしいが、それを出す雰囲気は無い。
 ただ、右手の親指を突きつけて俺を睨みつけているだけ。
 …………。
 とりあえず目先の疑問。
 何故に親指?
 右ねじの法則?
「は、はあ。そうっスか」
 どう反応したらいいのか分からず、ひとまず当たり障りのない返答を返しておくことにする。
 しかし、それがどうも彼女の癇に障ったらしく、先輩は、「うなー!」などと叫びつつ俺の首を親指で突いてきた。
 呼吸器官に言い表しがたいダメージを受けた。
「ぐ、げほっ。な、一体何なんですか!」
「一体何なんだというのはこっちのセリフだ! 『はあ、そうですか』って、君はオタク文化を舐めてるのか!? だとしたら謝れ。全国のヒッキーに謝れぇ!」
 いつにない剣幕で詰め寄ってくる先輩。彼女の両手はただいま俺の襟首をつかんで締めている最中。
 ぐ、苦しい……。
 必死に抵抗すると、やがて、気が済んだのか先輩はあっけなく手を離してくれた。
 呼吸器官のダメージは広がるばかりだった。
「なんでいきなり首絞めるんっすか! ってか、ヒッキーって、明らかに差別用語……」
「事実だから致し方ない。ここまでくればオタク=ニートの図式はすでに方程式として定義しても構わないレベルに来ているはずよ」
「……なんか、話している内容が微妙に斜め上へとずれている上に、百パーセント先輩の偏見ですねそれ」
 まあ、それはいいとして。
 俺はひとまず落ち着こうと息を吐く。そして、一度大きく深呼吸をすると、ゆっくりと余裕を持って先輩のほうに視線を戻した。
「で、俺に、『個性』が足りない、ってどういう意味ですか?」
「言ったままの意味よ。君には絶対的な個性、ついでに萌え萌えキャラが足りてない」
「…………」
 俺の周りの温度が急激に下がったような気がした。
 この人は、一体何がしたいのだろう?
「足りない。足りていない。足りなさ過ぎるわ。あなたのような人間に、ここまでフラグが立たないなんて不自然すぎる。それが私は許せない!」
「いや、許せないとか言われても……」
 俺にどうしろという。
 それ以外に俺の言うことはない。
「うななー! そんな態度でどうするっ。君は我が部内でも一、二位を争うギャルゲー主人公気質なのよ! 本当ならあなたの性格だけでものの見事美少女を四、五人は惚れさせることができるのに、……それなのに、それなのに、そんなにやる気がなくてどうするのだっ!」
「い、いや、ンな無茶苦茶な……。だいたいなんっスか、そのギャルゲー気質って! 俺にヘンなキャラ設定加えないでください!」
「何! 私はヘンなキャラ設定を加えたつもりはない。今までの君を見て、聞いて、そして判断したところの結果、君は、絶対的に無気力キャラのヘタレ男であるということが決定した、というだけの話だ」
「ンな事勝手に決定しないでください、っつか、さり気に無気力のヘタレって言われた!」
 ショックである。
 なんか存在していても意味がないって言われたような気分になった。
 まあ、自分でも何かしら特記できる個性があるとも思えないが、少なくともヘタレって言われるのは……。
「そこで、私が考えた。一体君には何が足りないのだろう、と。で、考えてみたら、君の場合、無個性は無個性でも、本当に目立たない無個性であるということが分った。そんな状態では、いくら条件が揃おうとも物語が進まない。物語が進まなければフラグなんて経ちようがないからな。つまり、君に今現在足りていないのは、矛盾するようではあるが、一言で言うと圧倒的な『個性』であるということで――って、どうしたのだ? 白鷺君。そんなに落ち込んで」
「……先輩? とりあえず訂正しておきますが俺の名前は白鷺じゃなくて『白城』です」
「うなー! そこなんだよ!」
 うなだれれつつ反論する俺に、先輩は待っていましたとばかりに、半立ちになり、勢い込んで再度親指を突きつけてきた。
「なんで、そういう気のない突っ込みしかできない! 絶好のボケをかましたというのに、何故面白く突っ込まない!? そんなことでは駄目だ。まったく駄目だ。駄目駄目だ。駄目駄目駄目駄目駄目駄目無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!」
「あれ? なんで途中から無駄に変るんですか?」
 純粋に不思議に思い、迂闊にも間抜けな声を出して聞いてしまう俺。
 後悔する暇など無かった。
「うなぁー!」
 そんな、先輩の叫び声というか雄たけびというか、とにかく意味不明な掛け声とともに、突如、右側から拳が迫ってくる。そして、彼女の全体重がかけられているであろう、打ち下ろしの右(チョッピングライト)が俺の頭部に炸裂する。
 鈍い打撃音。
 激痛、というより鈍痛。
 ――冗談抜きで、意識が飛びかけた。
「か、……は。……って、だあぁ! な、何をするっ!? えぇ? くそっ。なんっスか、あれですか!? この状態で俺に突っ込みをご要望ってわけですか!? できるわけねぇだろこの馬鹿先輩がぁ!」
 半分涙目になりながら必死で反論する。
 それに対し、なぜか満足そうな顔をする先輩。
「おお、すばらしい。それだよ。それなんだよしらたき君。そういう勢い込んだ突っ込みを私は欲しかったんだよ」
「勢い乗った突っ込みとか本気でどうでもいいっスけど、俺の名前は白城です! なんでそんな半透明で妙な歯ごたえのある食物と間違えられなきゃならんのだ!?」
 白城だ。
 白鷺でもない。
「おお、ノったら物凄くいいんだね。ふふ。これはメモメモせねば」
 問題の浮牢先輩は、俺の反応など関心外の様子で、どこからかメモ帳を取り出して「メモメモ。メモメモ」と呟きながら何かを書きこんでいる。ニヤニヤしている彼女の横顔は、はたから見ると絶対的にヘンな人である。
「とにかく」先輩はメモ帳をたたむと、キッと俺の目を睨むように見つめてくる。「君にはギャルゲーの主人公となるべき条件が他にも全て揃っているというのに、なぜか君の周りではそういった浮いた話がない。唯一言うとしたら君の彼女の楓ちゃんくらいだろうけど、あれは純粋すぎる。面白みもバラエティー性も何も無い。私は、そんなものを求めてはいない! 求めているのは非日常。二次元。すなわち、萌!」
「………………」
 高らかに腕を突き上げている彼女が輝いて見えたのは目の錯覚だろう。
 ああ、やっぱ眼科行こうかな。
 それとも、精神科のカウンセラーに相談しに行ったほうがいいかな?
「って、何で遠くを見る目をしているの? おーい。白城くーん」
 俺の目の前で手をひらひらさせる先輩。ああ、さすがに今度はわざと間違えたりはしないようだ。
 そんな彼女に、俺は憐れみをこめた目で返す。うん、だってさ、なんかホント可哀想じゃん。人生いろいろ間違えたみたいでさ。
 でも、何を勘違いしたのか当の先輩は、にっこり微笑むと、グッと、親指を立ててきた。え? 何がグッドだって言うの? 一体何がしたいんだろうねこの人は。
「それはそうとシラス台地君」
「……どの辺から突っ込めばいいのか本当に分からないんですが、どうなんでしょうねこの場合」
「っち。どういう反応するか楽しみだったのに。いいもん。続けるから。それよりね、私には喜来っていう叔父がいるんだねこれが」
 あ、『喜来』ってのは、『喜ぶ』に『来る』って書くんだよ、と先輩はわざわざ教えてくれる。
突然話が変り、軽く混乱しながらも、「はあ、そうですか」と気のない返事をする。いきなり話を変えて、一体それがどうしたというのだろうか?
「この叔父がね、物凄い個性の持ち主でさ、まあ、見習いたいわけじゃないんだけど、その存在感には圧倒されるんよ。だって、その行為だけで普通と違って周りに影響を与えるんだから」
 突然何を言い出すんだろうこの人は。
 ここからどういう風に話が展開されるのかまったく予測ができない。
「ねえ、頭の良い白鳥君なら、この後私がどんなことを聞きたいか分かるよね?」
「…………」
 分かりません。
 ってか、白鳥って誰ですか?
 もちろんこんなことを言うと、どんなことをされるかは先ほどの例より分りきっているので、この二つのセリフは心の中にとどめておく。
 ええい、ままよっ。だめもとで言ってやる。
「あー、その喜来さんがどんな個性を持っているか分るかな? ってとこですか?」
「正解!」
 ……当たってたよ。
 呆気に採られている俺を尻目に、浮牢先輩はまるでそれが名誉なことであるかのように盛大な拍手を俺に送ってくる。
 心底、嬉しくねぇ。
「ま、それはいいとして、とにかく、その質問。彼の個性が何か、分かるかな?」
「見当もつきません」
 間髪いれずに返答する。
「む、考えてもいないくせに」
「いや、考えても分かりませんって……」
 だって、確かに漫画とか小説とかは人並みに読むけど、基本的に俺は先輩とは別世界の人間ですもん。
 もちろんこれは心の中だ。
「名前から考えてみよう。いい? よーく考えて。浮牢喜来、だよ。ふろうきらい。ふ・ろ・う・き・ら・い!」
「……何度言われても分りませんって。っつか、名前で分るんですかそういうの?」
 それに、考える気はこれっぽっちも存在しない。
 数十秒の沈黙の後、俺がまったく考える気の無いのが分って諦めたのか、先輩は「仕方が無いなぁ」と呟きながら面倒くさそうに口を開いた。
「では言うが、彼はな、一週間くらいなら軽くお風呂に入らないのだ。まったく、不潔にもほどがあるのだが、その特性ゆえ、誰もが彼のことを記憶に残すんだよ。いやあ、ほんと、私のような凡人がどれだけがんばっても、簡単には他人の記憶に自分を残すことなんてできないというのに、あの叔父はそれを簡単にやってのける。天災とはあのことを言うんだろうな。あ、誤植じゃないよ」
「…………は?」
 先輩の口が止まらなかった所為でよく聞こえなかったような錯覚を感じるが、あの一言は聞き間違いだろうか?
「えっと、先輩、なんか物凄く重大なことがさらりと流されたような気がするんですけど、失礼ですがもう一度だけ、のたまりはべってくださりませんかね?」
「え、何を?」
「いや、だから」とぼけた顔をする先輩に、俺は狼狽しつつ言う。「お風呂に入らない、って本気ですか?」
 にわかには信じがたい、っていうか、信じたくない。そんな人間がいるなんて信じられない。
 だけど、現実は残酷っていうか、事実は小説より奇なり、っていうか、とにかく俺の願いはこれっぽっちも点に届かなかったらしく、浮牢先輩はいとも当然のように「本当だよ」と肯定してくれやがる。
「まったく、ほんとに汚らしいよ、あの人は。実際近くに寄るとね、何か、豆類が発酵したような、実に言い表しがたい臭いがするし、それに髪の毛! ふけは浮いてるわ、なんかテカテカ光ってるわで、ホントすごいんだって!」
 身振り手振りを交えて説明する先輩。その先輩の姿には鬼気迫るものがあり、その様子が妙にリアルに感じられた。
「…………」
 あ、そうか。だから浮牢喜来なんだ。
 浮牢喜来
 風呂嫌い。
「………………」
 いや、っていうかそんな奴がいたら俺は絶対に関わらねぇ。
 ――ん? でも、あれ?
「……や、それを俺に話して一定何になるっていうんすか?」
 ショッキングな話だが、考えてみればまったく関係ない。
 確か先輩は始め、『萌』がどうとか『個性』がどうとか言う話をしていたはずだ。
「舐めてはいけないよ。なぜなら、この変態叔父の性癖は、立派な個性になっているのだから」
「はあ、そうですか。――で?」
 それがどうした?
「うーん。これだけ強調して言ってるのに、なんで分らないかなぁ。だから君は素人君なんだよ。白状君」
「……話の腰を折ってしまうようですまないのですが、お願いです。もうその名前ネタは止めてください。いや、この通りです。――ってか、どんどん無理やりになっていて、見ているこっちが悲しくなってしまうんですって」
「っち、そうか。さすがにさっきのは辛かったか。おのれ、せっかく一生懸命考えたといっても、私の如き凡人ではここが精一杯か。ああ、神よ。汝は何で神なのだ? ――って、違う!」
「なにがだよ!」
「おお、突っ込んでくれた!」
「しまった! つりだったか!」
 ………………。
 なんていうか、ぐだぐだだった。
 閑話休題。
「話を戻しましょう。で、そんな変態叔父の個性が一体どうしたって言うんですか?」
「その前に、君に一つ聞いておきたいのだが、君は個性っていうのは何だと思う?」
「何だと思う、って……」
 個性、ねえ。
 いろいろと意見はあると思うけど、その人の特徴、というのが一番分りやすいと思う。というか、それ以外に言葉に表すことが俺にはできない。
 そのことを言うと、先輩は「ちっちっち」と親指を(いい加減慣れてきた)振りながら続ける。
「『個性』ってのはね、私に言わせればその人の存在理由なんよ。存在理由。確かに、特徴というのも悪い表現ではないけど、十全ではない。言ってしまえば少しばかり弱いんだ。『個性』はその人の代名詞的なものでなければならないからね。言い換えるなら、看板とでもいうかな」
「まあ、あながち間違いでもないかもしれませんけど」
「とにかく、そういうものは普通、いつの間にかついているというものだ。だけど、矛盾するようだけど『個性』だけでその存在を意識させることはなかなかできることではない。ましてや影響を与えるなんて皆無だ。だからこそ、『魅せる個性』が必要になってくる。自身の存在を誰かにアピールできる。自分という個人の、圧倒的な存在感を見せ付ける。それができればその代表例こそが、我が恥ずべき叔父、浮牢喜来だ!」
「あー、そういう風に話が繋がっていくわけですね」
 ははは、と乾いた笑いを漏らす。いやあ、すごい。自分の顔が引きつっているのがよく分かる。なんだか脈絡があるんだかないんだかさっぱりだわ。
でも、確かにその叔父、恥ずべき存在だろうけど、存在感は圧倒的なものがあるだろうな。逆ベクトルで。
「ふふ。さあ、素面君。叔父の件から導き出されるように、『個性』というのは作ることができる。例えそれが負の方向であったとしても、影響を与えたものが何にしても勝ちなのだ。そして、影響を与えるには、目に留まらなければ何も始まらないんよ」
「その意見には賛成しますけど、一体どうしろと?」
 もう名前ネタはスルーだ。
「なーにを言っているのだね。ここまで来たら、後は君の個性を作る、ただそれだけでしょう!」
「…………おこ」
 お断りします、と言おうとしたが、時すでに遅し、先輩は自分の世界に入り込んでなにやらぶつぶつと喋っている。
「まあ、まず個性といっても叔父みたいなのは絶対に駄目だな。論外だ。なんていったって、周りに迷惑がかかるし。となると、正攻法で行くとして、とりあえず何か目立つものが欲しいなぁ」
「…………」
 何を言っても無駄だと思うので黙って先輩の言葉の行く先を待つ。
「うーん。白城君の目立つとこ、目立つとこ…………むきー! 全然思いつかない。成績だって中の中みたいだし、運動だってこの間の卓球大会を見たら、そんなにうまいわけじゃない。顔も、切れ者っぽいけど平々凡々。家だって、簡素で質素でかび臭いけど、こんな実質生活スペース四畳半なんて貧乏学生の一人暮らしには普通だし。……いや、まあ、悪いほうではあるけど」
「悪かったな!」
 思わず突っ込んだ。
 部屋の話はするな! 気にしているんだから!
「むう。ここまで普通ってどう思うよ。……まあ、強いて言うなら、人より少しだけ優しいってくらい? 確かに『優しい』っていうのはギャルゲーで必須の要素だけど、でも、白城君の場合は面倒見がいいわけじゃないから違うんだよね。基本的に興味のないことにはノータッチだし」
「あんた俺の何を知ってるって言うんだよ!?」
「全てを知ってるつもりだよ。白城君」
 グッと親指を立てて得意げな顔をする。いや、だからなんでそんなに無意味に自信満々で格好をつけるんですかあなたは。
「やっぱり駄目だなぁ。なにか、君自身が努力して周りに浸透させていかなければならないんだけど、何か無いかなぁ、周りに分りやすいことって。――例えば、私なんかはどんなときでもこの親指を立てることでみんなとは少し違うんだよ、って事を昨日から表しているんだよね」
「って、そんな理由だったのかよ!」
 冒頭の部分から引きずってきた伏線をさらりと回収すんな! あと、そんな理由でイミフな行動すんな!
「むぅ。やっぱり無いな。ねえ、君は何か自分で目立たせたいもの無い?」
「……正直、どうでもいいです」
 それよりこんな話しをもう止めてください。
 なんだか先輩が喋ればしゃべるほど、俺の貞操の危機な気がするのは絶対に気のせいではない。このままではどんどん先輩に遊びつくされる。
 はあ、と俺は大きくため息をつく。そういや、何でこんなことになってるんだっけ? いきなり先輩が家に来て、で、いきなり萌がどうしたとか個性がどうしたとか言う話を始めて、……。
 ちょっと待て。
「そういえば、結局台本どうなったんですか?」
「え?」
 俺の質問に呆けた声を出す先輩。
 どうやら、忘れていたらしい。
「あ、あ! そう、それなんよ!」
 そんな風に大きな声を出すと、いきなり俺に詰め寄るようにして顔を近づけてくる。
「忘れてた忘れてた! いやあ、その台本のためにこの話をしてたというのに、途中で本題のほうを忘れてたよ。まったく、駄目だなぁ私ってば。これだからいつも教授に怒られてるのに。くふふ。――で、本題なんだけど」
 にやり、と、まるで魔女のように怪しい笑みを浮かべる。
 瞬間、場が凍ったように感じた。
「っ!?」
 その笑みに、俺は言いようの無い不安を覚えて僅かにたじろぐ。
「ねえ、白城君」
「は、はい……」
 先輩が詰め寄ってくるので、座ったまま、後ずさり。ついでに逃走経路も確認するが、玄関は先輩の後ろである。逃げ切ることはできない。
 って、何から逃げるつもりだよ俺は。
「うふふ。なーにおびえてるのかな?」
「……っ」
 いや、逃げる理由あるじゃん。
 目の前にいる人の様子を見たら、絶対誰でも逃げ出したくなるって!
「せ、先輩?」
「私ね、台本書いているときにさ、ずっと思ってたんだよね。白城君には絶対に個性が足りないって」
「そ、それ、が?」
「だから、ね。もしかしたら君に、隠された個性があるかもしれないなあ、なんて、一昨日に考えたんよ。そして、台本を書き換えた。君の、個性見つけるために」
「………………」
 ひ、暇人だ!
 いや、決して暇ってわけじゃないんだろうけど、それでもそんなことのために書きなおすなんてどんな神経してるんだ!
「で、まあ、詳細はこの浮牢夏帆特性シナリオを見て頂戴。あ、見る時はできたら楓ちゃんと一緒に見てね! 二人の会話シーンにしてあるから」
「は、はあ、ありがとうございます」
 素直に先輩に差し出された封筒を受け取る。想像したよりもずっしりと重たい。一体何枚の紙が入っているんだろう。
 まあ、それはいいとして、俺としてはもう原稿は渡したのだから、いい加減先輩からは離れて欲しいと思っているのだが……。
「ん? 何?」
「…………」
 いや、「何?」って言われても。
「あ、あの、早く離れてもらえませんが?」
「何で?」
「い、いや、その、ほら、いろいろ困るでしょ、このかっこ」
 ぱっと見、女子の先輩(意外と美人)に押し倒されている冴えない男子学生の図。
 精一杯逃げようとするが、もう俺の後ろにはすでに壁がある。くそっ。これだから狭い部屋は。
「なーにが困るって言うのかなー?」
「…………」
「そうそう。白城君はそーゆー顔するんだよね。半分困ったような、そんな煮えきれない顔」
「…………?」
「まったく、面白くない」
 吐き捨てるような声とともに、先輩の手が俺の後頭部に添えられる。
 優しく、包み込むように――なおかつ、その手はてこでも動かないような力強さがあるように感じられる。
「君はこんなときでも、どうしても、普通なんだよね」
 そして、近づいてくる先輩の顔。
 覚悟をする余裕もなく、俺はただ、彼女のなすがままになってしまっていて――

「たーだーいま。陽兄。晩御飯買って来、……たよ?」

 扉が開く音とともに、宝石のようなソプラノの綺麗な声(我ながらシスコン丸出しだな)が聞こえた。そうかと思うと、玄関には目の前の光景に固まってしまっている小鳥の姿。
「…………」
 弁解不能。
 っていうか、前にもこんなのあったよな!
 三点リーダーは一巡ではすまないので、もう表記しない。
 ただ、気まずい沈黙が場を包む。
 い、いかんっ。何か喋らなければっ。
「あ、あー、あの、小鳥?」
「んー、陽兄? その人は誰なんだ?」
 意外と軽い小鳥の声。
「い、いや……」
 どういうこと、と聞かれても。
 俺のほうが聞きたい。
 そういう気持ちをこめつつ、俺は助けを求めるように先輩に視線を移す。ねえ、先輩。あなたが原因なんですからあなたが説明してくださいよ!
 しかし、俺の心の叫びは伝わるわけもなく、先輩は先輩で玄関のほうを振り返った状態で固まっている。
 そうかと思うと、ぼそりと突然先輩が声を出した。
「……『陽兄』?」
 不思議そうな、つぶやき。
 そして、次に俺のほうを振り返り、珍しいものでも見るような目で見て、再度小鳥のほうを見る。
「『陽兄』……分かりやすく言い直せば陽お兄ちゃん。つまり、白城君をお兄ちゃんと呼ぶ女の子なのだから、白城君の妹……と言うことでいいのかな? 白城君」
「え、あ、はい」
 聞かれたので反射的に答える。
 俺の答えを聞くと、先輩は「ふむふむ、そうかそうか」と、どこか楽しそうな声をだす。そうかと思うと、簡単に俺からはなれて立ち上がると、すたすたと玄関のほうに歩いていった。
「白城君の妹……えーと、名前は?」
「ん? 白城小鳥。ですが?」
「白城小鳥……小鳥ちゃん。小鳥ちゃんね」
 何が納得いったのかわからないが、しきりに「うんうん」とうなずく先輩。
 そして、突然勢いつけて小鳥に抱きついた!
「かーわーいーい!」
「は、はぁ!?」
 いつもは冷静且つ皮肉な笑みを浮かべている小鳥が、今回ばかりは驚愕の表情を浮かべている。
 な、何をしているんだこの人は!?
「もー、なになになに? 陽兄って! こんな綺麗な顔してあどけない笑みな上にかわゆい声で『陽兄』って。もーこれこそ『萌え』ってやつよ。く~、かわいい! 可愛すぎる! これなら全国のオタク共も一発KO確実よ! それにこのぷにぷにの頬! ほどよい弾力があってさわり心地最高だしなんだか癒されるし。あーもう。お持ち帰りしたいわ!」
 そんなことをのたまいながら、先輩は小鳥の頬に自分の顔をくっつけて、私服の笑みですりすりしている。うわ、なんだこの、世の中の幸福を全て一身に受けたようないい笑顔。ちょっと客観的に見たら引くぞ。
「よ、陽兄~!」
「…………」
「う~ん。この抱き心地も最高! 抱き枕ってこんな感じなんだろうなぁ」
「た、たすけてよぉ!」
 必死に助けを求める小鳥。微妙に言葉遣いが女っぽくなってる。うわ、っていうかこいつでも、こんな庇護欲をそそるような顔するんだな。すげー希少価値。いつもは小憎らしいとしか思えないというのに、今は他の奴なら絶対助けたいと思うだろうなぁ。
「…………あー」
 でも俺には通用しない。
 っていうか、あの空間は虎の穴だ。
 虎子は確かに取りたいけど、そのために虎穴に入るのは正直どうだと思っている俺には、この状況であいつを助けるのは無理だと真剣に思っている。
 それよりも、今は少しでも彼女から離れるように――
「白城君!」
「は、はいっ」
 とりあえず奥に引っ込もうとしていたところに、先輩からの鋭い呼びかけ。反射的に返事をして背筋を伸ばしてしまう。
「な、なんですか?」
 恐る恐る後ろを振り返ると、同じ位置に小鳥を抱きしめたままの先輩が、いやらしい笑みを浮かべて俺のほうを見ていた。
「どうして、……どうして教えてくれなかったのよ!」
「え、な、何を?」
「小鳥ちゃんのことよ!」
 先輩の目が輝いたように見えた。
「口調からみて男言葉。そして妹。年齢に比べて大人びた雰囲気。うーん。これほど私の趣味にあった子なんてなかなかいないわよ」
「……趣味って」
「だって妹よ妹! リアル妹! 現実世界で名前に『兄』をつけて呼ぶ妹なんて、これほど希少価値なものはないよ!」
「そうなんですか?」
 昔からそう呼ばれているから、あんまり意識はしていないけど……。
「むー! 持つものの贅沢というのだぞそういうのは!」
 んなこといわれても……。
 先輩は叫ぶように言った後、さらにいっそう小鳥を抱きしめる。
 つーか、小鳥がどんどん苦しそうな顔になっている。
「あー、先輩。さすがに小鳥がかわいそうなのでいい加減離してあげてくれませんか?」
「む。……まあいい」
 そんなセリフとともに、名残惜しそうではあるが素直に小鳥を放す先輩。半分くらい本気で咳き込んでいる小鳥を愛おしそうな目で見つつ、恍惚とした表情で俺に向かって口を開く。
「君にこんな可愛い妹がいたとはね。不覚だったよ」
「は、はあ。そうっすか」
「ついては!」
 ピッと親指を立てる先輩。
「これからシナリオを書く!」
「は、はあ?」
 意味不明な先輩のセリフに思わずずっこけかかる。
 いや、この人は何が言いたいんだ?
「君にはこんなに魅力的な妹がいるのよ? ということは彼女の魅力で君の個性を出せるかもしれないではないか! それに、私の妄想という名の渦の中でぐるぐると渦巻いている小鳥ちゃんのあーんなシーンやこーんなシーンも書かなきゃ! こうしていられない。早く家に帰ってパソコンの前に座らなければ!」
 じゃっ、と右腕を軽く敬礼するようにあげると、颯爽と去っていく先輩。
「…………」
 訂正、ほとんど嵐のように去っていった。
 後には、嵐の後の静けさという言葉の通り、呆然とした俺と小鳥が残された。
「……あー、陽兄?」
「なんだ? 小鳥」
「助けてくれなかったのだな」
「うっ。……察してくれ」
 気まずい声を出す。
 それに対して、少し拗ねたような、それでいて皮肉っぽい表情を浮かべる小鳥。
 まあ、確かにその顔は可愛いには可愛いんだけど。
「萌えるかなぁ?」
「へ? 何を言ってるのだ、陽兄?」
「……いや、なんでもない」
 今度は気恥ずかしくなって視線を小鳥からはずす。その視線は次に手の中の封筒に移る。ずっしりと思った以上に重たい封筒。中は撮影の台本のはずだが、楓と一緒に見ろといっている時点で怪しい。
 はあ、と嘆息しながら天井を仰ぐ。とりあえず、楓が来たら開けようかな。なんだか、その前に見たらいろいろ悲しくなるかも知んないし。
「あ、そうだ、小鳥」
 俺はふと思い立って、買ってきた物をテーブルに置いている小鳥に問いかける。
「お前は、『個性』って、何だと思う?」
 それ対して小鳥は、「は?」と間抜けな声を漏らすと、当たり前のことのように続ける。
「そんなもの、第三者が勝手に決めたその人の価値じゃないか。そんな物、規定する必要などないと思うが」
「…………へえ」
 おもわず声を漏らす。
 いや、なんかさらりと言い切る小鳥が異様にかっこよく見えた。
「だいたい、その人の価値はその人本人が決めるべき物なのに、それを他の人が決めるなんて言語道断だ。ふん。何が個性の尊重だ。クソ喰らえ」
 乱暴に吐き捨てる小鳥。うーん。過去になんか嫌な思い出でもあるのだろうか?
 しかし、他人が勝手に決めた価値、ねえ。
 面白い考えである。
 まあ、浮牢先輩の意見とは真反対に位置するものだけど。
「それより、陽兄。それ、あけないのか?」
 小鳥は、俺の持っている封筒を見ながら言う。
「あ? ああ、これな。どうせだから、先輩の言った通り楓が来てからあけようかな、って思ってさ」
「ふーん。……でもさ、それ、一応内容確かめといたほうがよくない?」
「え? 何で?」
「だって……」
 俺から目を逸らす小鳥。おいおい、一体いきなりどうしたというんだ?
 そして、ごにょごにょと言いにくそうに言う。
「だって、あの人の書いたものだぞ」
「あー」
 どうも小鳥はこの数分間の邂逅で、彼女の変態性を理解してしまったらしい。
 まあ、あんな目にあえば当たり前だよな、と俺は我が妹を哀れに思い見つめる。
「ま、そう言うな。あの人はあの人で、いいところがあるんだから。それに、結構楽しみじゃん」
「ん? 何が?」
「いや、何って」
 フッと軽く笑いながら、俺は言う。
「だって、あの人の書いたシナリオって結構面白いんだよ。それを今回は特別に俺と楓で書いたんだってさ。だったら、怖くもあるけど、楽しみじゃないか」
「……そんなものか」
「ああ。そんなものだ。ついでに言うと、今度はお前のことを書いてくれるらしいからそれも楽しみだけどな。さっきのお前の姿とか、素でも面白かったし」
「む、な、何を言うかなこのバカ兄貴は! ふ、ふん! もう知らない!」
 顔を真っ赤にしてそっぽを向く小鳥。それはそれで、かなりレアだった。
 そんな小鳥をなだめながら、俺は浮牢先輩のことを考える。
「…………」
 ――どうして、今になって彼女はあんなことを言い出したのだろう。
「……感づかれてきたか?」
 うーん、それはそれで気まずいな。
 しかし……
「個性、ね」
 先輩のように至上のものとするか、小鳥が言ったようにくだらないと言い切るか。
 どちらにしても、俺には苦しそうだった。
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プロフィール

西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
http://emptyreader.blog81.fc2.com/

自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
http://emptynovel.blog83.fc2.com/

同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


何か連絡があれば、こちらにお願いします。
alred_marchen☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えてください)



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