空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『真庭語』 感想
真庭語―初代真庭蝙蝠 初代真庭喰鮫 初代真庭蝶々 初代真庭白鷺 (講談社BOX)真庭語―初代真庭蝙蝠 初代真庭喰鮫 初代真庭蝶々 初代真庭白鷺 (講談社BOX)
(2008/12/02)
西尾 維新

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 さて、昨日買ってきて、昨日のうちに読み終わりました。

 とりあえず、感想としては面白かったです。ただ、面白いの意味がいつもと少し違うので、いつものテンションとは違いますが。
 『刀語』のときは、時間もなかった所為か勢いで書いている感じがあったため、テンポはよかったですがちょっと物足りないところも一部ありました。しかし、この『真庭語』では時間がかけられているからか、一話一話の濃度が半端ないです。四人の人物の人生の形を見せたという意味では面白かったです。


 で、読んで思ったのは、これはストーリー性よりも登場人物の信念なり人生観の方に重点を置いた話だな、ということでした。
 『刀語』の場合、全体を見通すと『歴史』という一つの大きな枠組みの中で展開される話であるのに対して、『真庭語』は『真庭忍軍』の頭領となる人物たち一人ひとりの生き方を見せているように思えます。『刀語』で、「歴史とは人である」という表現がありましたが、『刀語』の場合は、次々と移り変わる物語から、「歴史の中に人がいる」という雰囲気がするんですよね。それで、『真庭語』は反対に、一人ひとりの生き方に視点を当てることで、「人がいたから歴史が出来る」ということをあらわしているのではないでしょうか?


 まあ、そんなわけで、今回出てきたのは四人の真庭忍者。


 ・無欲の無頼派 真庭蝙蝠

 ・慈愛の夢想家 真庭喰鮫

 ・不屈の求道人 真庭蝶々

 ・異端の実力者 真庭白鷺



 どうしてこの四人が始めに選ばれたか分からないですが、それぞれの物語を見てみると、あることが分かります。
 それは、変わる者と変わらない者。


 例えば、『変わる者』というのは蝙蝠と蝶々です。欲というものをまったく持たず何事にも興味を持たない蝙蝠と、自分の身の丈を知ってしまっているがゆえに大願を求めることを考えない蝶々。二人とも、自分の中で自分の人生に区切りをつけていたのに、それがとある事件をきっかけに変わっていきます。芯こそ変わらないまでも、何らかの心情の変化は起きている。その変化こそが、彼らが歴史を作る一つの要素となりえるともいえるのではないでしょうか。

 対して、『変わらない者』は喰鮫と白鷺。自分の信じる平和主義を狂信的なまでに貫き通す喰鮫と、周りを気にせず自分の気持ちに素直に生きる白鷺。この二人は、決して変わろうとしない。いや、そもそも変わることがない。この二人は、『変わらない』ことで、周りに影響を与え変えていく者たち。鳳凰が白鷺を評価したように、改革を行う上で必要な不確定要素。


 まあ、だからなんだと言われたら困るのですが、こういう『変化』を起こすものたちというのは、歴史には必要不可欠なわけでして、『可変だからこその影響』と『不変だからこそ影響』の二つをバランスよく見せてくれたなぁと思いました。


 これは大まかなくくりで、もう少し小さなくくりで見ていくと、各人でもやはり違いはあります。
 この物語の大きな一本筋として存在する、十二頭領の選出。作中でもなんども言われていますが、リーダーたる素質は、さまざま。実力があるだけでは駄目だし、人望があるだけでも駄目。ちゃんと人を率いるだけの要素を持っていながら、それでいて特出した何かを持っているべき。

 そういった意味で、蝙蝠や蝶々は実際かなりの適任でしょう。蝶々の方は難しいところもあるみたいですが、それでも『人を率いる』という意味ではしっかりと纏め上げられるでしょうし。
 蝙蝠は、無欲だからこそ信頼されやすい。また、無欲であることにちょっとした疑問のようなものを覚えているようなので、進んで部下のことを理解しようとしてくれるでしょう。
 蝶々は、もろに部下の気持ちを分かってくれるでしょう。そして、自分の出来る限りをもってそれに答えてくれる。彼の出来ることといったら真庭拳法の完成で、実際後世ではちゃんと使い手がいることですし。

 その二人はいいのですが、残りの喰鮫と白鷺は、リーダーとしては手放しに見れるほど簡単じゃない。ここが重要なのですが、そんな二人でも、頭領になる素質は十分にあるということ。
 喰鮫は、その狂った平和主義は誰にも理解されないでしょうが、彼女の真摯な気持ちだけは回りに伝わります。いろいろ間違っている上に、それは独裁にも近い統率ですが、必ず彼女の命令にはみな従うでしょう。
 白鷺は、逆に誰も従うことがない。一見、統率という意味では絶対的に向いていない人物です。しかし、彼の存在が周りに与える影響は強い。『異端』というのは、排除されるべき存在であるだけではなく、考慮に入れるべき存在でもある。『異端』があるからこそ、『正統』が見えてくる。特に、『真庭忍軍』のような異端揃いの中ではその感覚が薄れるでしょうから、なおさら白鷺のような存在は必要なのではないか、と思います。


 白鷺に関しては少しばかり考えすぎかな、と思うところもありますが、他は作中でも述べてあった通りなので大丈夫かと思います。

 一人ひとりの信念や人生観。その違いをうまく差別化している。頭領になる意味は何か? 自分たちは何を求めているのか? そういった問題に対して提示された四つの例がこの本なのではないでしょうか。



 『真庭語』に関しては、文章的にはやはりすこし軽い感じがしますが、思ったより内容は深かったので面白かったです。出来ればもう一度読み返して、すこし四人の人生というものを考えてみたい名とは思いました。十代後の彼らの子孫の活躍とも照らし合わせると、なかなか面白いですし。


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