空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『火炎鳥の涙』 第一章 Aパート

 更新する余裕がないので以前から言っていた小説アーップ。


 ジャンルは異能バトルもの。前回アップした長編『死に損ないのタイガー』と世界観は同じです。(まあ、ほとんど関係しませんが)


 ただ、書いた後に「なんでもっとうまくかけないんだorz」と落ち込んだりもしています。結構切り詰めて書いていったのに枚数はかさばってるし、それにしては描写不足は多いし。受験終わったらその辺の推敲もやるつもりですけど。

 ちなみに、原型は小学生の頃に考えたものです。足掛け六年。やっとここまで来た! そして、ここがスタートラインだ! 待ってろよ、受験終わったらもっと他のジャンルも書きまくってやる!



 というわけで、まったく関係ない話からスタート。続きからどうぞ

 『火炎鳥の涙』 第一章 Aパート








第一章 ハワードとカールス


◆◇◆

 ハワード・カロルは怒っていた。
 まだ夏の残暑が厳しい正午近くのことである。街の中央を横断するように通っている大通りを、彼は肩を怒らせながら歩いていた。
 服装は乱れ、何故かところどころ切り裂かれている。喧嘩をした後のようなその様子は、それだけで周りの視線を買った。
 それだけではない。いつも彼はサングラスをしているのだが、それがないために鋭い目つきが公然にさらされることになっている。おかげで、右目に入った古傷もいつもは目立たないのだが、厳つさを増して見えてくる。そんな状態で怒りのオーラを撒き散らしているため、誰も近寄ろうとせず遠巻きでこそこそと囁きあっている。
 そんな子供が見たら一発で泣き出しそうな格好で、ハワードは大通りを練り歩いていた。
『んなに怒るなよ。ハワード。いくら仕事がうまく行かなかったからって』
「……黙れ」
 どすの利いた低い声で、ハワードは聞こえてきた声に返す。すると、声の主は「ひひっ」と笑いながら続ける。
『今回ばかりは本気の本気でご立腹って奴か? はっ。まあ、そりゃああれだけ無様をさらせば、怒りたくなる気持ちも分からないでもねえな』
「だったら、止めるなよ?」
『止める? 馬鹿言っちゃいけねえよ』その声は面倒くさそうに言う。『我が親愛なるご主人様が、こんなにもお怒りだというのに、この俺が怒らない道理はねぇだろ。ってか、俺も今度という今度は、いい加減腹が立って腹が立ってたまんねぇんだよ』
 始めはやる気の無いような声だったが、話すごとに感情が高ぶってきたらしく、最後には怒りを抑えられないような口調になった。
 言葉が終わると同時に、ハワードの体に巻きつくように、半透明の竜が現れる。硬い鱗を持った濃い黒色の皮膚。優しく包み込むようなその姿は、まるでハワードを守っているように見える。
「……そうか。ニックもか」
『当たり前だ』
「――だったら、やることは一つだな」
 呟くように言うと、ハワードは立ち止まった。そして、すぐ横の建物を見上げる。
 二階の窓を見る。カーテンが閉まっている。それを眺めながら、彼は軽く口の端を歪め、無理やり笑みを作ると、すぐにその建物の中に入っていった。
 オフィスは電気も点けられず薄暗かった。
 まず目に入ったのは、床に撒き散らされた紙の絨毯である。部屋の中央に集められるようにして机がくっつけられてあるのだが、それは机というよりもむしろ紙の山だった。そこから零れ落ちたものが、床にひしめき合っている。
 整頓されていないのは机だけでなく、部屋そのものである。まともに掃除されていないのがわかる。衣類は脱ぎ捨てられ、食べ物のゴミは放置されている。誰か分からないが、掃除しようという意思を持ったのだろう、箒がその中に紛れている。しかし、そういう意思を垣間見ることは出来るのだが、実行するどころか悪化させている時点で始末に終えない。
 いつも清掃をする人間が出張でいないときは、この仕事場はいつもこんな感じである。とにかく、数日でここまで汚せるのかというくらい汚れる。
 ハワードはその足の踏み場もないような場所を見て呆れつつ、慣れた様子で歩いていく。彼にとっては勝手知ったる仕事場だ。どこに何があるか暗くても簡単に把握できる。
 そして、机の一つに近づき、声をかける。
「リープス。おい、リープス。起きろ」
「う、うう?」
 書類の山が崩れる。それとともに、中に埋もれていた人物が顔を上げる。
「あれ? 私……」
 寝ぼけているのか、彼女はぼけっとした目で辺りを見渡す。そして、ハワードの姿を視認すると、そちらに顔を向けて寝ぼけ眼のままにっこりと笑った。
「あ、おはようハワード。いい朝だね」
「……メタカロスはどこだ」
 できるだけ柔らかく言おうとしたのだが、どうしても声が硬くなってしまった。
 しかし、そんなハワードの口調にも物怖じせず、リープスは上を示す。
「いつも通り、上じゃない? 昨日も遅かったみたいだから」
「そうか。ありがとう」
 すぐに二階に上るために階段に近づく。後ろから、「頑張ってね~」という気楽な声が聞こえたが、それを無視してズンズン歩く。
 怒りは収まる気配を見せるどころか、どんどん増していった。全ては、あの憎きメタカロスの所為。いつも通りのことだと開き直ることすら出来ない。今度という今度は我慢の限界だ。
 ハワードは二階の扉のところにつくと、ドアノブに手をかける手間も惜しんでドアを蹴り倒した。戸が吹っ飛び、薄暗い部屋が明らかになる。ハワードはそこをまっすぐ冷たい視線で見つめ、押し殺すような低い声で呼びかけた。
「……メタカロス」
 返事はない。
 しかし、いないわけではない。だって、ハワードの視線の先には、一人の人物が机に突っ伏している姿があるのだから。
 彼はゆっくりと近づく。本当は今すぐにでも叩き飛ばしてやりたかったが、あまり焦りすぎると自分でも何をやってしまうか分からなかった。必死で怒りの感情を理性で抑える。
 そんな風に我慢していた所為だろうか。机に突っ伏している人物のすぐ前に立つと、ハワードはあまりにも邪悪で、またあまりにも恍惚とした、そんな一見矛盾した、子供が見たら確実に泣き出してしまうであろう恐ろしい笑みを浮かべた。
 そして――
「今日と言う今日は許さねぇぞ、メタカロスッ!」
 右手でその頭をわしづかみにし、後ろの壁に叩きつけた。
 それだけでは済ませない。ハワードはその後、あいたほうの拳を握ると、文字通り鋼鉄の、硬い拳を、彼の胴体に思いっきり叩き込んだ。
 容赦もなく、また情けもなく。ただ怒りをすべてぶつけるように。
 ――しかし、拳が叩き込まれる瞬間に、ハワードの右手にあった相手の頭の感触は突如消失した。もちろん、彼の左拳は空を切り、壁に叩き込まれる。
 ずごん、という、半端ない威力の打撃が壁に加えられた音だけが響く。
「…………」
 避けられた。
 プチッと来た。
 頭の中で、すべての理性がぶつ切りにされて、修復不可能になった。
「ふっっっざけんな、このくそ野郎がッッ!」
 罵倒とも咆哮ともつかない叫びとともに、ハワードの怒りが爆発した。
 怒りは体中に駆け回り、まだコントロールできていない気功を爆発させ、衝撃波となって部屋全体に撒き散らされる。辺りの家具がすべて飛ぶ。ガラスが割れる。花瓶が砕ける。ソファーが破れる。カーテンが引き裂かれる。
 感情のままに力を暴走させたために肩で息をしつつ、ハワードは唸るような声で言う。
「……おいこら。逃げんな」
「はは、それは出来ない相談だ。どうにも今の君はイライラしているようだからね。少なくとも僕はまだ死にたくない」
 声は、後ろから聞こえた。
 怒りを抑え過ぎたために、気だるそうな様子で、ハワードは後ろを振り返る。そこには、ずっと求めていたメタカロスの姿があった。
「安心しろ。一発殴らせてくれりゃそれで俺は満足だ。だから逃げんな」
 もう目の焦点もあわないほど怒りに狂ったハワードは、ふふふふ、と気を違えたように笑いながら、ゆらりゆらりとメタカロスの方ににじり寄ってくる。
 そんな彼の様子にも関わらず、メタカロスはいけしゃあしゃあと答える。
「ふむ、いったい何にそんなに怒っているのだい? 僕はそれほどの恨みを買った覚えはないんだけれど?」
「だったらそれは気のせいだ。お前はそれこそ星の数ほどのいろんなやつから恨みを買ってるはずだ。少なくとも、俺はお前を百回殺してもいいと思うくらいにはきれてる」
「はて、僕が一体何をしたかね」
「……今回の仕事先」
 メタカロスの疑問に対して、ぼそり、とハワードは呟く。
 それに対して、メタカロスは「ああ」と納得したような仕草をする。そして、
「どうだい? 美人のお姉さんと仲良く慣れたかい?」
「なんで女子寮監視なんて仕事が来るんだよ! しかも、そんなことして中の人間と仲良くなれるわけないだろうがッ。っつか、俺があの仕事やる意味どこにあるんだこのボケェッ!」
「それは、僕が楽しいからに決まってるじゃないか☆」
「『星』って自分で言うんじゃねぇ!」
 ギャンギャンと犬のように吠えながら、ハワードは飢えた動物のような勢いでメタカロスに迫る。そして瞬時にその胸倉を掴んで、壁に叩きつけ、その体を吊り上げた。
「さぁて、ではそろそろ、『よくも俺をおちょくって騙してくれたで賞』の授与式を行いましょうかメタカロス閣下」
「はっはっは、閣下だなんて照れるなぁ。せめてそこは『星』でもつけてくれないと☆」
「じゃあ今すぐ、あんたの頭の中に無数のお星様を降らせてやんよ!」
 叫びながら、思いっきり拳を振り上げた。――が、またしても振り下ろす寸前でメタカロスの姿が消えた。毎度毎度、忌々しい力だ。あれのおかげでいつもまともに仕返しをすることが出来ないのだ。
 だけど、今日という今日は一発くらい食らわせてやらないと気がすまねぇ!
「ま、まあ落ち着けってハワード。あんまり怒ると血管が切れるぞ」
 ハワードの気迫に圧倒されたのか、攻撃をうまく逃れたメタカロスは、余裕の表情を捨てて焦ったように彼に話しかける。
 が、ハワードはそもそも話を聞く気がない。
「その前にお前を殴れりゃ後悔はない」
「うーん、殴らなければならないというその意思を、君は更改(後悔)しない?」
「――殺す」
 無駄口はそこまでだった。
 その後、軽く三十分近く、二人は狭い部屋の中を、文字通り飛んだり跳ねたり踏んだり蹴ったり斬ったり貼ったりで駆けずり回った。


◇◆◇


 どす黒い泥の中にいるような気分だった。
 薄ぼやけた意識のまま、カールス・イシルドはゆっくりと目を開ける。
 体が重たい。もう、ずっとそんな感じだった。いくら寝ても、いくら動いても、言いようのないだるさが体に付きまとっている。カールスの中では、時間の感覚そのものが麻痺していた。
 体を寝かせているハンモックから、上体だけを起こす。植物を敷き詰めて作った、自然のクッション。山賊の一人が作ってくれたものだが、意外と寝心地がいいので愛用している。だが、それでも体のだるさは取れない。
 ろくに手入れをされていない、伸ばすままにしている長く赤い髪の毛を、首の根元でくびりながら立ち上がる。そして、まるで背中におもりを乗せているかのような緩慢な動きで、カールスは部屋の中を動き回った。
 この家も、森の木を切って造られた手作りである。始めに彼らのその姿を見た時は、随分と生命力の高い人間たちだなと思ったものである。
 何か食べようと思った。考えてみたら、昨日はずっと寝ていたために何も食べていない。食欲はあまりないのだが、お腹だけは減っているという奇妙な感覚がある。さすがにこれ以上食べないと体にも悪いかもしれない。
 食料を求めて、木で作られた家をいったん出る。すると、そこで声をかけられた。
「炎帝。どうしたんですか?」
「……その、『炎帝』というのはやめて欲しいと何度言えばいい?」
 平坦な口調で言いながら振り返ると、そこには山賊の一人、マグヌスという名の少年がいた。
 彼はあどけない笑みを浮かべながら、カールスに向けて当たり前のように言った。
「炎帝は炎帝じゃないですか。そう呼んで何がいけないんですか?」
「恥ずかしい」
 間髪いれずに返答した。
 心からの気持ちだった。
 しかし、カールスの気持ちを彼が汲むこともなく、笑いながら「まあいいじゃないですか」と言っている。
「それで、何かお探しですか?」
「食べ物」
「ああ、それだったら言ってくれればいいのに。すぐに作りますよ」
 だから部屋で待っていてください、と言うと、マグヌスは食料庫まで走っていった。
 彼が行ってしまったので、カールスにはやることがなくなった。それほど時間もかからず、マグヌスは何か作って持ってきてくれるだろう。自分が何かするよりも数段確実である。
 カールスは重い足取りのまま、歩いてきた道を戻りだす。とりあえず、部屋の中で座って待っておこうと思う。
 ここは、山の中の奥に位置する、山賊たちの村だった。
 カールスはその場所で、ひょんなことから《炎帝》として崇められることになった。そのことに対してカールスが思うのは、《炎帝》という二つ名に若干の気恥ずかしさを覚える程度で、別段深いことを考えることはなかった。
『カールス、大丈夫?』
 唐突に、頭の中に『声』が響いた。
「ん――何、が?」
 葉で作ったクッションに腰を下ろしながら、カールスは『声』に対して答える。
『最近、ずっときつそうだよ』
「平気。体調が、悪いわけじゃないし」
 実際、具合が悪いわけではなかった。ただ単純にだるいのだ。寝すぎなのかもな、と少しだけ考える。
 対応がそっけないのはいつものことだが、それでも『声』はカールスのそんな様子に不安をぬぐうことが出来ないようだ。
「……そんなに、心配しないで。ココロ。ボクは大丈夫だから。ただ、最近は暇だったから、なまっているんだよ」
『カールス……』
 心配し続ける『声』に対して、カールスは無表情を少しだけ崩して、安心させるように微笑んだ。ただ、笑みと言っても表情を少し柔らかくしただけであるが、いつも無表情だか仏頂面だか分からない表情でいるカールスにしては、随分と珍しいことである。
 そんな姿に『声』はしぶしぶ納得したのか、それ以上何かを言うのをやめた。
 カールスは再び、起きているのか寝ているのか分からない思考のままで、ぼうっと天井を見上げた。
 考えてみれば、もう二ヶ月近く何もしていない。身の回りの世話は、山賊たちがあらかたしてくれるので、カールス自身がすることはほとんどないといってもいい。だから、寝ているかぼうっとしているかくらいしか、することがないのだ。
 カールスは、自分の中にある炎がくすぶっているのを感じる。体の気だるさも、そこから繰るのではないかと思う。随分と長いこと力を使っていない。少しだけなら使っていたが、全力で使うことはほとんどなかった。というよりも、使うことができなかった。
 そのくすぶった炎は、無意識のうちにずっと呼びかけているのだ。それでいいのか? と。
 ああ、どこかに、全力で力をぶつけられる人はいないかな。
 ぼんやりとした意識のまま、そんなことを思った。
 そんなことくらいしか、今考えることはなかったといってもいい。
 やがてマグヌスが持ってきてくれる食事を待ちわびるでもなく、またなにか年相応に夢中になることもなく、カールスはそんな風なことしか考えることが出来なかった。
『ねえ、カールス』
 ココロが、ふと声をかけてきた。
『カールスは、今、幸せ?』
「…………」
 幸せ、だろうか。
 それが分からないから、カールスはただ黙っていることしか出来なかった。


◆◇◆


 地面には哀れな死体が転がっていた。
 メタカロス・メイシェンという名の、いろんな意味で可哀想な男である。
「ははは、死んだおばあちゃんが手を振って呼んでるよ」
「ついていけ」
「だが断る」
 ぬっとメタカロスは立ち上がる。そして、にやりと笑みを浮かべた。
 そんな彼の姿に、ハワードはため息をつく。普通なら死んでもおかしくないくらいの、かなりの本気で殴り落としたのに、どうもノーダメージのようだ。いや、まったくダメージがないわけじゃないだろう。ただ、ダメージが残っていないだけだ。
 結局三十分追い掛け回して、部屋の中は目も当てられないほど散らかっていた。むしろ破壊されていたと表現したほうがいいのではないだろうか。まるで超局地的台風でも過ぎ去ったかのように、部屋の中は滅茶苦茶にされていた。
「ふう、まったく。乱暴者も困りものだよ。ハワード」
 そんな皮肉を楽しそうに言いながら、メタカロスは倒れた机を立てて、自然な動作でそこに座った。
 図太い彼の精神に、再度ハワードは呆れたため息を漏らす。さっきまで彼の中を暴れまわっていた怒りが収まったおかげで、今更ながら冷静に確認できた。この男に何を言っても通用しないということが。
 ハワードが怒っていた理由は、一週間前にメタカロスに命じられて向かった仕事先でのことだった。名目上は、『危険人物の監視と問題の建物への潜入』。それだけを聞けば、何らかの組織の調査のようにも思えるが、その実態はあまりにも違いすぎた。
 この作戦の意図を、ギリギリまでハワードは知らなかったのだ。だから、目的地に着くまである程度の緊張感は持ちつつも、いつも通りのことだという安心も抱いていた。
 まったくの間違いだったのだ。
「それで、ハワード」
「……なんだ」
「風呂はどうだった? 天国だっただろ?」
「やっぱお前死ね!」
 手近に落ちているペンを拾って投げつける。が、それもひょいと避けられてしまった。
「どうしてそんなに怒っているんだい? あれほどすばらしい仕事はないというのに!」
 芝居がかった声で高らかに訴えかけるメタカロス。絶対に楽しんでいる。その証拠に、顔は満面の笑みだ。まったくもって相手をするのが疲れる。
 ハワードが向かった仕事の実態とは、危険人物=女子大生、潜入すべき建物=大学の女子寮というすばらしいものだった。
 いや、確かにハワードの仕事はある意味では必要な仕事だったのである。しかしそれは、ターゲットと教えられた女子大生が魔術師に狙われている可能性があるので、その護衛をしろというだけで、実際は私生活まで監視する必要はなかったし、またわざわざ女子寮に潜入する必要もなかった。もっと言えば、彼女の部屋に入って魔術師の痕跡を探す必要もなかったし、毎日毎日陰に隠れて彼女の姿を盗撮する必要もなかった。ましてや、寮にある風呂を覗いて彼女の裸から魔術の痕跡を探すことなんてことをする必要はまったくなかったのだ。
 ……ハワードの名誉のために言っておくが、それは全てメタカロスの命令でやったことだ。一応命令であるので、冗談でなく本当に重要なことであれば困ると思って、ハワードは必死だったのだ。しかし、それはまったく必要のないことだということが昨日分かって、ハワードはこの一週間自分がどれだけの苦労を重ね、どれだけの女性に嫌われ、どれだけの女性に攻撃されたかを思い、頭の中が沸騰したのだった。
「始めから疑ってかかるべきだったんだ……。そうだよ。そりゃあ、俺だって三日目くらいに何かおかしいな、とは思ったさ。だが、魔術師がいたのは本当だったから、もしかしたら本当に必要なことなのではと思って」
「はは、そんなこと言いながら、実は内心楽しんでたんだろ、君」
「楽しいと思う前に死んでるわ!」
 思い出す。寮に備えられていた数々のトラップ。まさか一般の集団住宅にあれほど高度な科学的トラップが備え付けられてるとは思わないだろう。
 っていうか、あれだけの絶対防壁があればもう一つの砦だ。わざわざ俺が護衛に行く意味なかったんじゃないか、と真剣に思った。実際、ハワードがしなければならなかったのは基本的に監視だけで、問題の魔術師は別の人物が捕まえてしまったし。
「だいたい、後をつけろとか部屋の中を物色しろとか言うのはまだ分かる。だけど、盗撮して来いってのはいったいなんなんだ?」
「ああ、それは単純に僕の趣味」
「――――」
 刺した。
 何か投げても避けられると思ったので、刺した。
 自分の持っている力を行使し、その腕を刃物に変え、深々とメタカロスの体を刺した。
「ぐ、……っふ。ハワード、腕を上げたね」
「……マジで頼む。死んでくれ。一生のお願いだ。そして俺の頭からお前に従った記憶を全部消し去りたい」
 本気で泣きが入っていた。
 っていうか、半分くらい泣いていた。
 もう大人と言ってもいい青年が、悔しさやら悲しさやら、怒りやら苦しみやらで涙を浮かべていた。
 本気で死んで欲しかった。
「はっはっは、それは無理な相談だね。なぜなら僕はまだ死にたくないんだよ」
 ハワードの願いは届かず、メタカロスは高らかに笑いながらハワードの手を自分の体から離させた。もちろん血なんか出ていない。――いつも思うが、どうしてこいつは死なないんだろう。どうやったら殺せるんだろう。ってか、本気でこいつは生き物なのか?
 真剣に悩むが、悩むだけ無駄だったことを思い出す。もう諦めるしかないのだ。
 そう結論に至ったところで、メタカロスはまるで何事もなかったかのように机の上のパソコンを見ながら口を開く。
「――ふう。で、結局どうなったんだっけ? えーと、『魔術師ルーゼ・サンザスは、フィーネが捕獲。問題の女子大生に影響はなし』。まあ、一応成功と見ていいね」
「もっとスマートに成功させたかったけどな」
 フィーネの奴も迷惑しただろうし。
 魔術師を捕まえた張本人である彼女の姿を思い浮かべながら、ハワードは苦々しく呟いた。
「何言ってるんだ、人生には楽しみが必要って言うじゃないか」
「あんたの人生には楽しみがあったかもしんねぇけど、俺の人生には地獄しかなかったぞ。今回の仕事」
 こうやって無駄に変な仕事を回されるのは今回に限ったことではないが、今回ほど酷いのは久しぶりだった。
 これから、いったいどれくらいこんな風におもちゃにされるんだろうなぁ、とハワードは遠い目をしながら一人虚しく涙をのんだ。
「まあ、とりあえず今回はお疲れ様。それで、次の仕事なんだけど――」
「ちょっと待て。なんで休み無しなんだ」
 信じられない会話の繋ぎだったので、全力で抗議する。
 そんなハワードの様子に不思議そうにしながら、メタカロスは続ける。
「なぜって、仕事が溜まっているから」
「一週間まともに寝てもいないんだぞ。せめて一日くらい休ませろ」
「それは出来ない相談だ。だって、君という人材を一週間無駄に使ってしまったからね。その間に君を必要とする仕事が軽く三つは入っている」
「一週間何も出来なかったのは誰の所為だと思ってんだ!? つか、無駄に使ったっつったな今! 自分でわかってやってたのかよテメェ! そのしわ寄せを何で俺が」
「でも、仕事があるのは事実だし?」
「そ、それは……」
 たとえこんな状況になったのがメタカロスの所為だとしても、さすがに、仕事をしないですむ言い訳にはならない。
「それで……いったい、どんな仕事なんだ」
 しぶしぶ、ハワードは妥協する。
 ただし、もしどうでもよさ気な仕事だったら、すぐにメタカロスを張り倒せるように構えながら、ではあるが。
「えっとね、まず、科学機関の暴走に関する調査があるけど、これは別に君じゃなくてもいいだろうし、こっちの異能者感染型の寄生虫を退治するのは、もうすでに動いている人間がいるから今すぐに増援はいらないだろう。とすると――」
 ぱたぱたとパソコンのキーボードを叩きながら、メタカロスは次々に情報を出していく。
 ハワードはその様子をプロジェクターで移された映像を介して眺めながら、メタカロスの作業が終わるのを待っている。
 一分ほど経って、メタカロスが一つの仕事を示してきた。
「ほら、これなんかどうだい?」
「…………」
 ハワードの目の前にあるのは、どうやら南の島のようだ。ギラギラと輝いた太陽と気持ちよさそうな青い海。そして、水着を着た人々が走り回っている。パッと見、若い女性が多いのは気のせいだろうか。
 下に、『異能生物&海の家監視』と書いてある。
「題して、『真夏の海で美女お姉さんとうっはうは』――って、わ、何をする!」
 メタカロスの悲鳴が上がると同時に、壁に映像を映すプロジェクターが粉々に砕けた。
 そして、ハワードはゆっくりとメタカロスの方を見る。
「まさか、この期に及んで繰り返しギャグという命知らずなマネをしてくれるとは思わなかったよメタカロスさん」
「は、はは。いや、これはちょっとした冗談で」
「冗談にも限度ってもんが存在すんだよこのボケェ!」
 ギリギリとメタカロスの首を締め上げる。もう自分で自分の感情が操作できる範囲を超えてしまっていた。そのために、怒りあまり顔が能面のように表情がないのが自分でも分かった。
「わ、分かった。分かったから。安心しろ。ちゃんと真面目に答えるから」
 ハワードの静かなる表情に恐れをなし、メタカロスは締められたまま慌てて右手でキーボードを押して、パソコンそのものの画面を見せた。
「これだ、これでどうだ、ハワード」
「……部下に仕事の是非を問う上官なんて初めて見た」
 まあ、そうしなければ、また変なことにかり出されるわけだけれども。
 呆れつつ、ハワードは画面を覗き込む。
「ん、山賊のアジトに潜入?」
「そうだ。調査が第一目的ではあるが、これなら、一応普通に戦闘任務だぞ」
「……いや、それはいいんだが、『山賊』っていったいなんだよ。時代錯誤もいいとこだろ?」
「え、知らないのかい? ここ十数年、結構多いんだぞ」
 不思議そうに言いながら、メタカロスは別枠で情報を開く。
 そちらを覗き込むと、近年の情勢などがいろいろ書かれていた。
「山賊って言っても、山道で人を襲う、というよりは、ギャングに近いな。一つの勢力として、身寄りをなくした人間やら単純な暴力に憧れたやつらなんかが集められてるんだよ。ま、こんな都会なら珍しいことかもしれないが、戦場の近くだったりすると結構あったりするんだよ」
「へぇ。最近、ってわけじゃないんだ」
「ああ。だから、もしお前がランジェスターに拾われてなかったら、今頃山賊の一員になってたかもしれないんだよ」
「……否定できないのがなんだか複雑だな」
 苦笑いをしつつ、ハワードは画面を読み進める。
 内容はこういうことである。その問題の山賊というのが、なにやらひどく強力な魔術用具を盗み出したらしく、それを速やかに回収しなければならないということ。それと、その山賊に数年前からいる《炎帝》と呼ばれる人物の討伐。その二点だった。
「この、《炎帝》ってのはいったいなんなんだ?」
「詳細は不明。ただ、強力な炎使いだということしか分かっていない。その炎にしても、魔術、科学、異能のどれに当て嵌まるのかすら分かっていない。とにかく謎だらけの人物だ」
「ん、それはいいんだが、どうしてそいつを倒さなきゃなんないんだ?」
「あまりにも強すぎるんだよ。しかも、見境がない。もしこいつらの領地に、少しでも入り込んだら、すぐに攻撃を仕掛けてくる。その攻撃の仕方も様々で、一瞬で灰にすることもあれば、わざと生かすこともある。まあ、生かされた人間にしても、全身火傷で生き地獄を味わうわけだけれどもね」
 肩をすくめながら、メタカロスは続ける。
「被害届がもう何通も着ていてね。いい加減どうにかしないといけないんだ。とくに、こいつらがいる山は丁度隣の国に行くのに最短のルートだから」
「……やっと、やっとまともな仕事にありつけた」
 ハワードは、今までにない幸せに身を震わせていた。
 随分と安っぽい幸せだった。
 そんな幸せをかみ締めつつ、ハワードは仕事の話を着々と進めた。今回ばかりはさすがにメタカロスも変な冗談を言ってくることはなかった。
 本当に、平和だった。
 ――あまりにも平和なものだったから、メタカロスの計画通りとでも言うような満足そうな表情を見ることは敵わなかった……。


◇◆◇


 夢を見ていた。
 その夢の中では、全てのものが燃えていた。
 轟々と、何もかもを燃やし尽くすように炎が雄たけびをあげていた。
 カールスはその中を、なにやら叫びながら走っていた。
 村が燃えていた。家が燃えていた。仲が良かった子供たちが燃えていた。優しくしてくれた大人たちが燃えていた。
 燃える以前に、みんな、死んでいた。
 焦げ臭い炭素の燃える匂いの中、カールスは必死で生きている人を捜し求めた。
 一人として無事ではなかった。皆、どこかしら傷つけられ、肉体が割れて血を流していた。炎の所為で良く分からなかったが、よく気をつけてみれば周りに血の匂いが充満しているのがよく分かった。村のみんなが、誰かに傷つけられたのだということに気づいたのは、遅いことに自分の家にたどり着いてからだった。
 家の前にたどり着いた。カールスが見たのは、今まさに、父が殺される瞬間だった。
 太い鞭のような長い物体が、カールスの父親を切りつける。ずしゃ、という言いようのない音とともに、彼の体が宙を舞う。
「――――ッ!」
 自分は、何と叫んだだろうか。
 お父さん、だろうか?
 どうして、だろうか?
 この野郎、だろうか?
 分からない。思い出せない。ただ、何かを全力で叫んだのは覚えている。
 その所為で、自分は見つかってしまったのだから。
 カールスの姿に、父親を殺した人物が気づいた。また、その周りにいた数人も、一斉にカールスの方を見た。
 中心にいる、ローブを着た背丈の小さな人物以外、カールスはよく覚えていない。記憶にあるのは、確か全部で六人だったはずだ、程度だった。そして、そのローブを着た人物にしたところで、カールスより少し年上くらいの子供だった、ということくらいしか覚えていない。
 その少年が、カールスに向かって手をかざしてきた。
 それとともに、彼の周りの砂が、彼に従うように動く。まるで彼を守る盾のように。また、彼の敵を打ち倒す矛のように。
 カールスは、ほとんど反射的に動いていた。何が起きたかを理解したのは、体が熱っぽい地面に転がってからだった。先ほどまで自分がいた場所を、砂の鞭が駆け抜ける。
 少年が、何か言うのが聞こえた。
 カールスは、それが自分に向けられた言葉だということが分からなかった。そのため、呆けたような表情でただ少年を見つめることしか出来なかった。
 その様子に気づき、再度、少年が口を開いた。
「――闘うか、死ぬか。どちらか選べ」
 その迫力は、その年代の少年が口にするようなものではなかった。いくつもの死地をくぐり、屍を踏み越えてきたものが帯びる、途方もない凄み。
 初めて向けられた殺意に、カールスは体を縮ませた。その瞬間、恐怖のみがカールスを支配する。他の感情は何もない。単純な恐怖。底深く、仄暗い、まとわりついて離さないような恐怖。恐怖。恐怖。恐怖。
 圧倒的な威圧感に身を固めながら、カールスは自分がどうしようもなく無力だということを知った。
 そんな姿に、少年は蔑むような目を向けてきた。その目は、何もできないでいるカールスのことを軽蔑していた。お前は抵抗すらできないのかと、呆れていた。そのことがよく分かる目だった。
 その見下すような目を向けられ、カールスの中に恐怖以外の感情が生まれた。腹の底から這い上がってくるようなその感情は、悔しさ。自分が何もできないことが、とてつもなく悔しかった。
 しかし、悔しいと思ったところで何かが解決するわけではない。砂を身に纏った少年はカールスに対しての興味を失ったのか、もうカールスを見ようともせずに手を振るった。それとともに、彼の周りにあった砂が一斉に向かってくる。
 砂に飲み込まれる、その時のことだった。

『――強く、なりたいですか?』

 突然、『声』が聞こえた。
 優しく包み込むような、暖かい声だった。
『それなら、求めなさい』
 砂の波がカールスに迫る。
 それを呆然と眺めながら、カールスはただ『声』に聞き入っていた。
『あなたが求めるのであれば、私は与えましょう』
 ぼうっと、目の前が炎に包まれた。炎は一気に広がり、カールスの視界だけでなく、全体を包み込んだ。――炎と言っても、村を焼いているものとは種類が違う。そんな毒々しいものとは程遠い、もっと安らかな、癒しの炎だった。
 ふと、気がつくとカールスの視線の先に、一匹の鳥がいた。
 全身に炎を纏った鳥。その光り輝く姿に、すぐにそれが何であるかを理解する。その鳥は、この村に古くから伝承されている霊鳥。火を司り、火を身に纏った不死の存在。『火の鳥』。
 神々しいその姿に、カールスは殺伐とした現状も忘れて、ただじっと見入った。それとともに、頭の中には様々な情報が入ってきていた。言葉は一言も交わしていないというのに、この鳥が指し示す契約の意味と、その代償が頭の中に叩き込まれてきた。得られる力と、負うべき宿命。それは、決して割りのいいものではないが、その代わり割の悪いものでもなかった。
「×××は、……いや。ボクは――」
 カールスは、口を開く。
 そして、その存在に向けて契約する。
「――その力を、求める」
 鳥が、にっこりと笑ったような気がした。
 そして再度、視界が炎に包まれた。


 自分の体をゆする感触と、自分を呼ぶ声で目を覚ました
「炎帝、炎帝。起きてください。食事ができましたよ」
 目を開くと、マグヌスが笑みを浮かべながらカールスを見下ろしていた。
「どうしました? 夢でも見ていましたか?」
「……昔の夢を、見ていた」
「へえ、炎帝の昔って言うと、子供のころですか?」
「今だって、子供だ」
 平坦な口調でそう言い返す。実際、カールスは大人びてはいるがまだ十三歳である。まあ、故郷の村が全滅してから一人で過ごした期間が長いので、微妙な誤差はあるかもしれないが。
 しかし、子供であることと、山賊の崇める《炎帝》であることは関係なく、マグヌスは相変わらず敬愛のこもった瞳でカールスを見つめている。
 マグヌスは、山賊の中でも一番年少の十六歳だった。その所為か、自分より年下のカールスがとんでもない力を持っていることに、強い憧れを持っているようである。
 カールスは彼が向けてくる思いに少しだけうんざりとしつつ、彼の後ろに視線を移す。
「あ、食事ですね。とりあえず、昼食に良さそうなものを持ってきました」
 差し出されたのは、山菜の煮物と何かの肉。どちらも、まだ温かそうだった。
「わざわざ、作ったの?」
「いえ、ただ朝食の残りを温めただけですよ。でも、別に残飯処理というわけじゃないので安心してください。昼はみんなこれを食べるつもりでしたから」
「――ありがとう」
 答えると、マグヌスはニッと笑った。少年のその笑顔に押されるように、カールスはスプーンを手に取り、一口食べる。そして、口の中に広がった味に少しだけ驚く。
「どうですか?」
「おいしい」
「本当ですかっ!」
 飛び上がらんばかりの喜びようだった。
 何がそんなに嬉しいんだろう。
「そりゃあ、自分が作った料理がおいしいって言われたら、誰だって喜びますよ。ましてや炎帝に褒められるなんて……俺、最高に幸せです」
「……そんなもの?」
 その喜びを理解できず、カールスは首をかしげた。
 なんだか自分の対応で喜んでもらえたようだから、別にいいか。
 そう結論付け、カールスはもう一口スープを口に含む。口当たりのよい塩味に、丁度よい温かさ。それに、食欲をそそる匂い。先ほどまでまったくと言っていいほど食欲がなかったというのに、今はどんどん食べたいという気分になった。
 久しぶりの食事であったために、がっつくように食べていると、マグヌスが満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。
「それで、いったい何の夢を見ていたんです?」
「……お前らに《炎帝》なんて呼ばれるようになる前の夢」
「へえ、炎帝が炎帝じゃなかった頃ですか。興味があります。その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「詳しくったって、そんな言うほどのことは……」
 ある。
 あの村の、一晩の悪夢についてなら、いくらでも話せる。
「ん、どうしたんですか?」
「なんでもない。ただ、あんまり思い出したくない記憶なだけだ」
 感情というものが薄れてきたとはいえ、思い出してなんとも思わないほどに淡白にはなりきれていない。それに、あのときはまだ幼かった。ショック自体がかなり大きい。
「語りなくない、記憶ですか」
「誰だって、自分の両親や友人が殺されていく様を思い出すのは嫌だろ」
「殺された、んですか?」
「全滅だよ。ボクも、命からがら逃げ延びた、って感じだ」
 あの時、『声』が持ちかけてきた契約。それを結ぶとともに、止まっていた時間が動き出し、目の前には砂の鞭が迫っていた。
 それに対してカールスは、炎を振るっていた。
「そういえば、あの時だ。ココロと出会ったのも」
『そう、だね』
「わっ!?」
 突然聞こえてきた声に、マグヌスは驚いて飛び上がった。
 それに対して、カールスの後ろに現れた半透明の赤い鳥は、表情などないのに、にっこりと微笑みかけてきたように見える。
「な、なんだ、ココロか。びっくりさせないでくださいよ」
『ふふ、そんなびっくりさせようと思って現れたわけじゃないから』
「ココロ。いきなり現れて、どうかした?」
 いつもは消えて控えているのに、突然現れたことを疑問に思い、カールスは尋ねる。
『いいえ。ただ、カールスが久しぶりに、人と楽しそうにお話をしているから、ちょっと加わってみたくなっただけ』
「……楽しそう、だった?」
「え、楽しかったですか!?」
 ココロの言葉に、カールスは怪訝そうな反応をし、マグヌスは喜びのあまりに飛び上がった。
 本当に嬉しそうな彼に、カールスは呆れながら言う。
「ボクが楽しくかったら、そんなに嬉しい?」
「そりゃあもちろん。だって、炎帝は俺の憧れですから!」
「憧れ、ね」
 ふん、と鼻を鳴らすようにして、カールスは吐き捨てる。こんな、生きている理由も持っていない自分に憧れて、いったい何になるというのだろうか。それこそ、世の中を斜めに見ることしかできなくなるのが関の山である。
 でも、……と、カールスは考える。もし、自分が年相応に子供らしい態度をとっていたら、マグヌスはここまで自分を尊敬してくれただろうか?
「ん、どうしたんですか、炎帝」
「……いや、なんでもない」
 ぷい、とそっぽを向くようにしてカールスはマグヌスの問いかけを打ち切った。
 何を考えているのだろうか。そんなこと、考えるだけ無駄だというのに。
 そもそも、自分は自分だ。今の自分じゃない自分なんて、想像すらできない。年相応に? これがカールスという名前の人間の年相応だ。そう言ってしまって、何が悪い。
 こうあることが、自分にとっても――そして、みんなにとっても正しいんだ。
「――熱い、な」
 ふと漏らした言葉に、マグヌスが「へ?」と変な顔をする。それに構わず、カールスはただ体に熱っぽさを感じながら、虚空を見つめる。
 熱い。
 ふつふつと、何かが沸いてくるような感覚がする。
 炎はくすぶっている。元々は、轟々と燃え滾っている炎。そして、今にも燃え上がることのできる炎。
 その気持ちを、カールスは理解できない。どうしてそんな感情を覚えてしまうのかがまったく分からない。ただ、突然表れ始めたその感情に、戸惑うことしか出来ない。
 そんなカールスの姿を、緋色の霊鳥は、悲しげな瞳で見つめていた。


◆◇◆


 ハワードが所属している組織は、『ギリシャ文字』と呼ばれている。この組織は、簡単に言ってしまえば、世界の秩序を守るために集められたエージェントたちで構成された組織。裏世界をまたに掛けた万屋のようなものである。
 ギリシャ文字には、世界中に数百人の構成員がいる。その中でも、生粋の実力者たちには、特別にΑ(アルファ)からΩ(オメガ)までの文字が称号として与えられる。
 まあ、そんなことはいいとして。
 彼は今、待ち合わせをしている場所に向けて歩いていた。
 少し約束の時間をオーバーしている。寄り道をしたのがいけなかったか。そう思いながら、ハワードは少しだけ歩みを早める。
 彼はそのまましばらく歩いて目的地に着く。少しおしゃれで、男のハワードとしては多少気恥ずかしさを覚えるような喫茶店。しかし、それも彼女と待ち合わせするときはいつもここなので、いい加減に慣れてしまっていた。
 何のためらいもなく店に入り、慣れた様子で周りを見渡す。すると、先に相手側から声をかけてきた。
「あ、ハワード。こっちこっち」
 探していた人物はこちらに気づき、子供のようにぶんぶんと手を振ってきた。
 流れるような銀髪に、子供っぽいあどけない笑顔。ハワードはその無垢な笑顔を浮かべている彼女に苦笑しつつ、そちらの方へ近づく。
「もう、遅いよ。約束の時間から二十分の遅刻」
 その可愛らしい顔を少し厳しげに引き締めつつ、彼女は唇を尖らせて言った。
「悪い。ちょっと寄ってきたところがあったから遅れた。ここは奢るから、それで勘弁してくれ。フィーネ」
「本当? だったら甘えさせてもらおうかな」
 甘えるように言いながら、少女はにっこりと笑った。
 フィーネ・ロサンゼルス。それが彼女の名前である。年齢は十六歳で、ハワードより三つ下。しかし、ギリシャ文字の中では、一応彼女は上官である。
『ギリシャ文字・Σ《終わりの天使》フィーネ・ロサンゼルス』
 ギリシャ文字のうちの一文字、『Σ』の文字を与えられた少女。一年と半年前に先代が彼女にその文字を譲り、若干十四歳の最年少文字持ちが生まれることになった。もちろん、その時には様々な人間が驚愕あるいは狂喜、または狂乱、そして驚嘆したわけだが、それもフィーネの実力が示されることによって、すぐにおさまることになった。
 まあ、そんな恐ろしいまでの強さを持つ少女は、裏の人間としての覚悟を持っていながらも、年相応の少女らしさを失わない希少な存在である。
 注文を聞きにきた店員に、ハワードはコーヒーを、フィーネは紅茶とケーキを頼む。そして一息ついてから、彼女は同情のこもった言葉で彼に話しかけた。
「とりあえず、先週は災難だったね」
「……いや、それはいいんだが。それより、悪いな。お前にも迷惑掛けてしまって」
「別に私はいいよ。というより、私がハワードを利用するような形になっちゃったし。こっちこそごめん」
 先週の仕事。問題の魔術師は、ハワードがいろいろと女子寮の人間と問題を起こして、現場が混乱している間に、フィーネの手によって捕獲された。
 その魔術師はかなりの危険人物だったため、捕縛が優先だということはハワードも分かる。というより、始めからそのことを知らされていれば、全面的にバックアップしただろう。しかし、メタカロスの嫌がらせのおかげで事態は混沌を極め、魔術師を捕縛する、というだけの事に一週間もかかってしまった。
 少なくとも、あの女子寮のある街にはしばらく行けないな、と真剣に危機感を覚えて思うハワードである。
「まあ、それはいいとして、だ。今日は別の用件なんだろ」
「うん。ハワード、次の任務で例の山賊のところに行くんでしょ? それについての資料を渡そうと思って」
 言いながら彼女はファイルを渡してくる。中には八枚ほどの書類がしっかりとクリップで留めてあった。それをぱらぱらとハワードは流し読みする。そして、一ページ目を軽く読みながら、感想をいった。
「へえ、盗まれた魔術具ってのは、魔法剣なのか?」
「うん。古代からのものらしいから、かなり強力な術的要因を含んでいるみたい。しかも、前の持ち主がその中に独自の魔術術式を保存しちゃったものだから、手に持った人間が魔術師じゃなくても、勝手に触れた人間の生命力を媒介にして暴発してしまう可能性があるの。そんなだから、依頼人は焦っているのよ」
「つーことは俺も気をつけないとな。回収しようとして触れた瞬間に暴発されでもしたら、洒落にならねぇし」
 渡された資料を見ながらハワードは答える。渡されたのは全部で八枚。中には、山賊の中で判明しているメンバーの詳細が書かれている。一人ひとり眺めながら、ふと気になって全部を確かめてみる。しかし、求めていた資料がなかった。
「なあ、《炎帝》ってのの資料がないが、入れ忘れじゃないよな?」
「さすがにそんなことはないよ。本気で調べがおっつかなかったみたいなの。まあ、調べる時間もあんまりなかったからだけど、それ以前にまず《炎帝》を間近で見た人間、というのがほとんどいないらしいの。《炎帝》と相対して生き残った人間は、想像していたよりも多かったようだけど、その誰もが錯乱してたり記憶をなくしていたりしているのね。中にはしっかりと自我を保っている人もいたらしいけど、その人にしたところで、恐怖のあまり絶対に口を割ろうとはしなかったそうだし」
「分かっているのは、炎を使う、ってだけか?」
「うん。炎使い。かろうじて得た情報によると、呪文の詠唱は行っていなかったみたいだからたぶん『異能』だと思う。ただ、無詠唱魔術という可能性も捨てきれないけどね」
「そこは別にいいさ。その枠分けをしたところで、何か解決するってわけじゃないし。――それよりも、炎使い、ってのがちょっとあれだな」
 苦々しくハワードは呟く。正直言って、あんまり相性のいい相手とは言い難かった。
 炎使い。炎は、全てを焼き払い、無に返すことができる。
「やっぱりそうでしょ。炎、って言ったら、私やあなたじゃ相性最悪どころか、天敵に近いからね。だから私はさっさとその任務は降りたのに……。ハワードがやるって聞いた時はホントにびっくりしたよ」
「これ以外だとまともな仕事がなかったんだよ。あのメタカロスが回してくる仕事を真に受けたら、また先週みたいなことになる」
 結構切実な問題なので、こればっかりは譲れなかった。
「でも、とりあえずは調査が始めの目的だからいいけどね。分かってる? 別に無理に戦闘しなくてもいいんだよ。あくまで今回の仕事の目的は、山賊の調査。討伐自体は後日でも十分間に合うんだから、まずはちゃんと調べてきてね」
「分かっちゃいるよ。だけど、戦闘しちゃいけないってわけじゃないはずだ。だったら、別に倒してしまっても問題ないんだろ?」
「……まあ、別にいいけど、挑んで負けて死んじゃいました、って言うのだけは止めてよね。報告待ちにしている人全員が困るんだから」
 半分呆れたように、フィーネは苦笑しながら言った。
 それに対してハワードは軽い調子で流しつつ、「ちなみに」と彼女に尋ねる。
「お前は、炎使いとの戦闘経験はどんくらいある?」
「うーん、ギリシャ文字の『Β』と昔手合わせしたことがあるくらいかな。あと、集団戦のとき、敵方に数人炎使いが居たことがあったけど、敵っていえるレベルじゃなかったからあてにならないよ。瞬殺できたから」
 なんでもないことのように簡単に言い切るフィーネ。さすがはギリシャ文字の文字持ちである。実力は、そのへんの一般兵など気にならないくらいにあるのだ。
 そんな彼女に、ハワードは続けてもう一つ質問をする。
「お前がこの《炎帝》と戦うとして、勝率はどれくらいだ?」
「相打ちいれて四割。もし相打ちじゃなかったとしても、かなりのレベルの死線を潜り抜けることになると思う」
 間髪いれずに答えが返ってくる。その言葉に嘘や誇張はなさそうだ。ただ、彼女は自分の戦力と、相性の悪い相手の評判などを総合的に見てその予想を立てたのだろう。
「そっか。お前でもそんなところか。――まあ、お前は戦闘の主体が能力だから、ってのもあるかもな」
「その点、あなたは私よりは勝率があがると思う。基本体術だし、能力はその補助とすれば」
 そういうフィーネの意見は、ハワードも考えていた。前面に押し出すよりも、ここは隠しておいたほうが、意表をつけるという意味でいいかもしれない。――まあ、その辺の戦略は途中で考えよう。そう思い直して、ハワードはもう一度資料を開き直す。
 丁度店員が頼んだ品を持ってきたので、そこでいったん話は切られた。フィーネは出されたケーキに顔を輝かせながらフォークを突き刺す。
 ハワードはコーヒーを飲みながら、資料全部に目を通す。
「って、おいフィーネ。こいつの名前、聞いたことがあるんだが」
「ああ、マーカス・ケルフィンね。確か、二年前にオフィカナっていう魔術組織に狙われたところを、逆に潰し返したって人でしょ」
「へえ、そんなやつなのか。――ん、確か、もともとはマラにいたんだっけ?」
「そう。でも、所属していたのは十年くらい前の話しなんだけどね。それなのに、過去にマラに所属したことがあるってことがばれただけで、その時所属していた魔術組織から追われるはめになっているんだから馬鹿にならないけど」
「へぇ。……しかし、狙われたところを逆に潰し返すところなんか、マラらしい魔術師だな」
 ハワードは素直な感想を述べた。
 マラというのは、魔術組織の一つである。主に戦闘を行うことを目的に魔術研究を行う、魔術師の集まりとしてはかなり異端に当たる組織。そんな組織であるから、いろいろと問題があったり、様々な組織から敵対されているのだ。マーカスがいたという組織も、その一つだったのだろう。
 資料を見ていると、どうもこの男は一筋縄では行きそうにない。その術系統もあわせて、用注意しておかなければ。
「しかし、《炎帝》やこのマーカス以外はどいつもこいつも普通の人間ばかりだな。他に注意するのは、魔術師が一人と異能者が二人か。異能者にしても治癒要因って感じか。もっと異能者や魔術師がいるものだと思っていたのに」
 口から出る感想は、自然と手厳しい言葉が飛び出た。
 それに対して、フィーネがフォローするように言う。
「そりゃあ、山賊って言ったって、要するに行き場所をなくした人たちの寄せ集めだからね。特にここの場合、近くの紛争で武器の暴発があって、地域そのものが壊滅的になったとか」
「ふぅん。――しっかし、また戦争か。前からあるところではあったけど、以前にも増してなんかここ最近多くないか?」
「今話してる紛争自体は結構昔から続いていたものだけど、でも確かに世界全体でここ一年、三つも紛争が始まってるから、かなり多くはあるわね」
「……八十年前の世界大戦、もう忘れ去られてんな。戦争がなければ、いろいろともう少しましになるって事に、どうしていろんな国は気づかないのかね」
「いろいろと単純に行かないことばかりなのよ。――それに、困ったことはまだある。世界大戦のときは『科学』同士のぶつかり合いだったけど、ここ最近は紛争が増えるとともに、形態自体が変化してきているから」
「魔術と異能の参入、か」
 二人とも、ため息をつきながら現在の状勢を嘆いた。
 世界大戦。
 19世紀の半ばから急速に発展してきた『科学』を主軸とした、世界中の国家同士の世界的な大戦争。その被害については、誰でもある程度の知識は持っているであろう。
 あの時はまだ、『科学』だけのぶつかり合いだったから、痛み分けのような状態で終戦することができたのだ。急速に発達してきたとはいえ、『科学』はまだ発展途上の技術なのだ。しかし、もしこれに『魔術』と『異能』が関わっていたら、結果はどうなっていたか分からない。
 『科学』、『魔術』、『異能』。
 世界の勢力を大雑把に分けるとするとこの三つに分かれる。最古から存在する、神の従者としての力とでも言うべき『異能』。異能のような力やその先にある《神の奇蹟》を体現するために始った『魔術』。魔術とは少し違い《神の奇蹟》を解明するために始まった『科学』。
 その中でも『科学』は、19世紀になるまで存在こそしていたものの、そこまで急速な発達を遂げてはいなかった。それが、技術革命を向かえて突然発達してしまったものだから、世界のバランスが崩れ、『科学』の中だけで大戦を起こしてしまったのだ。
 しかし、ここ最近はその状況が少しずつ変わってきていた。世界の国々は一応、平和を提唱している。しかし、その半面で各地での紛争自体は絶えないという、ちぐはぐな状況が続いているものだから、今度は三つの勢力の間で摩擦が起きはじめているのだ。
「正直なところ、ここで大きな出来事が一つ起きたら、なし崩しにまた世界大戦が起きそうな気がするの。もちろん、実際はもうちょっと込み入っているだろうけど。ただ、無理に平和精神を世界中で推し進めていた所為で、かえって摩擦が酷くなっているのは事実だよ」
「……頭が痛くなるな。何のために俺たちが奔走しているのかも分かんなくなりそうだ」
 そもそも、そういった危険度の高い事件が起こらないようにするためにギリシャ文字という組織は存在するのだ。もし起こったとしても、できる限り最小限に食い止めるように。しかし、実際はそう簡単に行かない。彼らが守っているものは、いくら奔走したところで、ちょっとしたきっかけで崩れてしまうような、恐ろしく脆い秩序なのだ。
「んで、そのしわ寄せの一部がこの山賊たちってことだな。……まさか、こいつらが世界大戦勃発のトリガーになったりしねぇよな」
「今のように単独で集落を作っている形なら大丈夫だと思うよ。ただ、その集落が集まって協力し始めたりしたら、危険ではあるけど」
 つまりは、危険性としては無視していいものでもないということだ。
「……まさかハワード、山賊を一人で一掃するつもり?」
「え、いや、そういうわけじゃないけど」
「一応言っておくけど、いくら山賊とはいえ虐殺はいけないからね、虐殺は。特にあなたは『夢幻刃傷』っていう集団殺戮向けの技を持ってるんだから、間違っても相手を全滅させようだなんてこと考えないでよね」
「いや、それは分かってるが。……俺はあの技に対してそんな名前付けた覚えないぞ」
「ん? 気に入らない? 一生懸命考えたのに」
 名付け親はお前かよ。
 それに、なんてセンスだ。一応フランス人であるのに、なんで日本語の名前をつける。まあ、ハワードも日本語は理解できるので通じないわけではないが。
「ちなみに、英語で言うんなら『ファントム・ガッシュ』でどう? 実を言うとこれ、とある人の技なんだけど、名前の響きが気に入ってるんだ。ハワードとも似たようなものだし」
「気に入ってんだ……。まあ、別に悪いわけじゃないけど」
「ホント!? じゃあ採用してくれるのね。ありがとう!」
 すごく嬉しそうにフィーネは手を合わせて喜ぶ。その表情を見てダメといえる奴はいないだろ、と密かに思う。何も悪いことをしていないのに、罪悪感が生まれてしまうのだから。
『夢幻刃傷(ファントム・ガッシュ)』
 しかし、こうしてみるとなかなか強そうな名前ではある。悪くない、というのは本心からの気持ちだった。――名前があるかないかだけでも、気分は全然違ってくる。元が誰の技かは知らないけれど、自分の使う技にも確かに合う。
「よし。んじゃ、俺はそろそろ行くわ。資料サンキューな」
 言いながら、ハワードは伝票を取って立ち上がる。
「あ、ごめんね。ホントにご馳走になっちゃって」
「別にいいさ。それに、俺にも一応甲斐性ってのがあるんだよ」
「あはは、じゃあ、素直に甘えておくね。――あ、そうだ。ついでだし、これを渡しておくわ」
「ん、何だそれ」
 フィーネがポケットの中からペンダントのようなものを取り出す。
「これ、リープスさんからのお守り。ちょっと前に危険な任務があって、その時にお守りとして渡されたの」
「ふぅん、リープスから、か。そりゃまた、随分とご利益がありそうだな」
「まあ、私は幸い何ともなかったから、彼女に返そうと思ってたんだけど、ついでだしハワードに渡しておくことにする。あなたの任務の無事を祈る意味も込めてね」
「ああ、ありがたく貰っとくよ」
 リープスから渡されたものなら、それ相応の意味があるんだろう、と思い、ハワードは素直に手を伸ばした。
 フィーネの手に握られたペンダントを受け取るために、手を開く。
 と、その時。
 二人の手が、僅かに触れた。

 ふわり。

 ハワードの意識が、とんだ。
 深い深い『夢』の中に、ハワードの意識が一瞬だけ沈み込んだ。

 ――雨が降る森の中
 ――マラの魔術師。
 ――ギリシャ文字『Σ』
 ――戦争

 次々に、彼の頭の中に、断片的な映像と共に、直接情報が叩き込まれていく。
 その感覚は本当に一瞬だけで、すぐにハワードの意識は現世に戻る。しかし、『夢』の中で『観た』出来事は、彼の頭の中にしっかりと焼き付けられていた。
「――なあ、フィーネ」
「え? なに」
 ハワードの異変に気づいた様子もなく、一気に真剣みを帯びた彼の声に対して、フィーネは不思議そうに首をかしげる。
 そんな彼女に対して、ハワードは今しがた『観て』来た出来事をもとに、質問する。
「お前、マラに知り合いいるか?」
「どういうこと?」
 怪訝そうな表情。無理もない。いきなりこんなことを聞かれたら、誰だって怪訝な顔をするはずだ。しかも、マラという固有名詞が余計に場を重くしていた。
 ハワードがそんな名前を出してきたことに警戒した様子を見せつつ、フィーネは答える。
「えっと、確かにいるけど。一年位前かな。ちょっとした偶然でおんなじ敵を追ってて、そこで知り合ったんだけど。魔術師にしては目的意識がはっきりしている人だったから交換もてたのよね。――でも、それがどうしたの?」
「ああ、だったらそいつだ。そいつと、近いうちに合うことになると思う」
 冗談でも軽口でもなく、ハワードは真剣な口調のまま告げた。
 その様子に事情を察したのか、フィーネも真面目な顔になる。
「また、見えたの?」
「ああ。一瞬のことだったから、そんなに遠くない未来だと思う。雨の降っている森で、お前と、あとマラの魔術師との対談だ。内容は――」
「待って。言わないでいいわ。多分、想像できる」
 そう呟きながら、フィーネは考え込む。
「うん、大丈夫。いつもありがとね」
「別に、これも俺の仕事の一つだから構わねぇよ。んじゃ、これで」
「分かった。それじゃあね」
 伝えるべきことは伝えたので、ハワードは別れを告げて店を出た。
 先ほどの言葉。――ハワードには、二つの力があるのだが、そのうちの一つから得た情報を伝えたものだった。
 過去、現在、未来。
 ハワードは、その全てを、条件付でだが見ることができた。
 これは彼が子供の頃から持っていた能力である。過去ならば、何かに触れたうえで集中すれば大抵読める。現在、というよりも、相手の思考についても、表面的なら相手に触れた上で読むことができる。未来については、先ほどのように必要なときに突然見えるのだ。
 この力は、発現当初はコントロールが効かずに暴走したりもして、ハワードを苦しめもした。しかし、十数年もこの力と付き合っていると慣れたもので、過去視や読心に関しては、今では手足と同じような感覚である。
 ただ、未来視に限ってはコントロールする以前に発動がランダムなので、今でも慣れることはできていない。だから未だに、さっきのように突然発動して驚くことが多々あるのである。
『っは。やっぱりなかなか使い勝手が悪そうだな、未来視は』
「ああ。でも、一番役に立つんだから文句も言ってらんねぇよ」
 突然聞こえてきた声に、ハワードは当たり前のように答える。
 そのすぐ後に、ハワードのすぐそばに半透明の竜が現れる。夜の空の色のような黒色の鱗。気品あふれる表皮に、蝙蝠のような気高き翼。皮肉気にゆがんだ口元が、可笑しそうな声を発する。
 竜神ニック。ハワードと契約を執り行った竜神。
 彼は心底楽しそうに笑いながら、ハワードに話しかけてくる。
『で、お前的に、あの予知はどう捉える? 確か、マラって言ったら魔術集団だったよな?』
「ああ。何度か相対したことあるだろ? 戦闘専門の異端の魔術集団」
 魔術組織マラ。
 それは、戦闘を目的とした魔術の研究を行っている人物たちの所属する組織。
「マラのこと知ってるんだから、お前だって、結果くらい分かるだろ?」
『戦争、か』
 感慨深そうに、ニックは呟く。
 それに対して、ハワードは肯定も否定もせず、ただ会話を打ち切るように言う。
「ま、例えどうであれ、フィーネが話を聞く以上、それはあいつの物語だ。俺たちが関わることじゃない」
 そして、付け加えるように呟いた。
「俺は、俺のやるべきことをやってやるよ」
『ま、そうだな』
 ひひひ、とニックは心底可笑しそうに笑う。口元を歪めて、笑みを浮かべるようにしながら。
 ハワードの方もそれに対してにやりと表情を崩し、そして目的地に向けて歩き出した。


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西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
http://emptyreader.blog81.fc2.com/

自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
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同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


何か連絡があれば、こちらにお願いします。
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