空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
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『火炎鳥の涙』 第一章Bパート


 さて、第一章Bパート。

 どうでもいいですけど、一応この第一章の章題は『ハワードとカールス』のはずなのに、後半はほとんど二人の出番がない……。章題考え直すべきか。

 とりあえず第一章は序章のようなもので、二章から本格的に話が動きます。


 では、『続きから』どうぞ~。









◇◆◇

 戦闘において最も重要なものは、精錬された小手先の技術だ。
 マグヌスはいつも、戦いの修行のときマーカス・ケルフィンに対してそう言っていた。圧倒的な力というのは、単純な小細工が通用しないと言われている。確かにそういったものは脅威だ。だが、もしそういった圧倒的な力の差があったとしても、それをカバーできるだけの小細工や技術をもってすれば、追いつけないこともないではないか?
 単純な小細工が通用しないのなら、もっと通用するような策を練ればいい。その策を実行できるだけの技術や手段を持てばいい。それさえあれば、たとえ上位存在である上級魔物にだって、引けは取らないはずだ。
 そんな考えから、マグヌスは魔術を習っているのだった。
 森の中の広場。でこぼことした山道とは違い、広がりのある区間。彼らがいつも戦闘の訓練をしているこの場所に、今五メートル間隔で十本の大小様々な木の枝が刺してある。
「スタート」
 マーカスの声とともに、マグヌスは走り出す。走りながら、通り抜けざまに地面に刺さっている枝に軽く手で触れる。その際、「セット」と呟く。
 セット、セット、セット、セット、セット。
 ほとんど全力疾走で走っているため、触れるのは本当に一瞬である。そして、最後の一本に触れて「セット」と言い終わり、マグヌスは走ってきた道を振り返る。
「――『同調・我が写し身よ』」
 そして、一番離れた位置にある枝に向けて、中指と人差し指を突きつけ、呟く。
「『炸裂せよ』」
 狙った枝の周りの空気が収束し、枝が爆発する。
「『炸裂せよ、――炸裂せよ、――』」
 そのまま順に、的を手前に下げていく。
 五つ目までは順調に行ったが、六つ目で狙いが微かにぶれる。枝の中の魔力の制御が曖昧になった。
「こ、んの!」
 ずれた狙いを無理やり押さえ込み、修正させて六つ目を爆破。
 しかし、その動作の所為で、続く七つ目は狙いが定まらずに誤爆してしまう。
 術を成功させることができなかったための反動が来る。疼痛が全身に走る。体を襲う痛みにマグヌスは顔をしかめつつ、次はしっかりと狙いを定め、八つ目を指差す。
「『――炸裂せよ』」
 そして、十本すべての枝を爆破しきった。
 集中力と魔力をかなり使ったために、思った以上に体力の消耗が激しい。マグヌスは肩で息をしながら、自分が爆破した枝を改めて見直す。
 七本目だけは中途半端な爆発の仕方をしているが、あとはすべて綺麗に吹き飛んでいる。威力としては、意図的に押さえてあるからこの程度が妥当なところだろう。
「随分と、上達したんだな」
 マグヌスがそうして息を落ち着けているところに、マーカスは背後から声をかけた。
 息を整え、涼しい顔を無理に作りながら、彼は振り返ってふてぶてしく言った。
「そりゃあ、毎日練習してっから」
「それにしてもすごい早さだ。正直、魔術法則をまったく理解せずにここまで扱えるようになるとは思わなかった」
「こんなの、ちょっとしたコツと反復練習でしょ。できないことはないよ。それに、今は一本ミスったし」
 悔しそうに七本目を見つめる。本当は一本もミスする気はなかったのだろう。
「一本程度なら、どうってことはない。お前の術の場合、精密性よりも威力の方が重視されるしな。特に一対一の場合、少しでも相手にダメージを与えられればいい」
 マーカスはあごひげをこすりながら、素直にそう評した。
 実際、マグヌスの成長は圧倒的だった。魔術を教えて、まだ半年足らず。だいたい、物理法則ではなく魔術法則を働かせる場において、その法則をまったく理解せずに扱えるというのがマーカスには驚きであった。
 魔術を扱うには、才能がいる。魔術法則に触れることができるだけの才能が。才能がなくとも、マッチの炎くらいは出せるものだが、それ以上となるとやはり才能の問題になってくる。
 その才能といった面において、マグヌスは最高のものを持っていた。
「で、次はいったい何を教えてくれんだ? 爆発の術は大抵もう使えるぞ」
「それ以前に、術式の構成をいい加減理解してくれないか? でないと応用ができない」
 唯一の欠点は、マグヌスが魔術の術式をまったく理解しようとしないところだった。本来、魔術というものは何かしら大きな存在から借りた力を用いて行使するものであるから、その法則や術式を理解しない限り使えるものではない。それなのに、マグヌスはそれをしようとしないで、ただ己の感覚のみで魔術を行使しているのである。
「別に応用なんて出来なくてもいいよ。応用はその場で自分でやるから。それより、できることを増やしたほうがいい。一つでも二つでもいいから、術の種類を増やしたほうが絶対に本番では役に立つ」
 いつもマグヌスはこう言って他の術を習いたがる。そう簡単にできるものではないと言っても、教えればある程度使えるようになってしまうところが、彼の恐ろしいところではあるが。
 彼が求めているのは、何かを極めることではない。行使できる手段を増やすことだ。そうすることで、誰とでも対等に渡り歩けるようになりたいと言っている。
「言っておくがマグヌス。お前は飲み込みが早い。だが、だからと言ってこれといった決め手があるわけではないんだぞ」
「決め手なんて、そんなもん戦闘の過程で作ればいいさ。むしろ、一つのものを極めてしまったら、それが通じなくなったときがやばくなるじゃん。そうしたくないから、俺は手数を増やしたいんだ」
「お前の言いたいことは分からないでもないが……」
 自信を持ってそう言うマグヌスに、マーカスは複雑な表情を返す。
 マグヌスの言い分は、間違っているわけではない。だが、そういった考えにだけ囚われていると、見えない世界があると言うことを彼は理解していなかった。
 そのことにマーカスは不安を覚える。いつか、彼が絶対的な力の前に手を突くときが来れば、いずれ分かることだが、『その時』が『死』に直結していないとは言い切れないのだから。
「――あ、炎帝。どうしました?」
 そんな風にマーカスが悩んでいると、マグヌスは突然彼の後ろの方を見ながら口調を変えて手を振っていた。
 振り返ると、そこには赤い髪の毛を首の根元でくびった人物。この集落のトップがいた。
 炎を操る絶対的な能力者。《炎帝》。
 皆が《炎帝》と呼ぶためにあまり呼ばれないが、名前はカールス・イシルドと言う。(現在、マーカスだけがその名で呼んでいる)
 マグヌスは満面の笑みを浮かべながら、その赤髪をした人物の方へ駆け寄る。
「また、お腹がすきましたか?」
「……そういうわけではない。というか、ボクが動いたらお腹が減ったという考えは止めてくれないか」
「あはは、すみません。でも、食事じゃなかったら、いったいなんなんです?」
「ちょっと外に出ようと思っただけ。最近、あんまり動いていないし。――それに、ついでに体でも洗おうと」
「あ、だったら一緒に行きませんか? 俺も丁度訓練したばかりで体洗いたいんで」
「ば、馬鹿。ついてくるな」
「え? どうしてです?」
「そ、それは、――ひ、一人でゆっくり入りたいから。……あまり、誰かと一緒にってのは慣れていないから」
「そう、ですか。それなら仕方ないですね。……ちぇ。せっかく《炎帝》と一緒に入れると思ったのに」
 不満そうにしながらも諦めてくれたマグヌスの様子に、ほっと一息ついたようにする《炎帝》。そして「じゃあ、これで」と、すぐにでもこの場から立ち去ろうとする。
「あ、待ってくれ。カールス」
 それに対して、マーカスは反射的に静止を求めた。
「ん、何?」
 振り返る《炎帝》。硬くはあるが、まだ子供っぽさの抜けていない表情。その姿に、マーカスは元から硬い表情を僅かに緩めながら、一つ提案する。
「途中まで一緒に行かないか。湯はないが、水浴びにいい場所を案内するから。大丈夫。水に入るところまで一緒にする気はないから」
 断られるかもしれない、と思ったが、気づいたら提案していた。《炎帝》の様子はというと、微妙なところだ。
 しかし結局、《炎帝》は悩んだような表情をした後、言いづらそうにしながらも、「……途中までなら、いいけど」と了承をしてくれた。
 すると、それはそれで、今度は別の問題が浮上してくる。
「え!? そんなのずるい! マーカス、だったら俺もついていっていいだろ?」
 マーカスが予想したとおり、マグヌスが文句を言ってきた。無理もない。《炎帝》に対して並々ならぬ敬愛の念を抱いている彼が、自分を仲間はずれにされて納得いくはずがない。
 しかし、ついてこさせるわけにも行かない。
「ダメだ。お前はついてくるな。――ちょっと、カールスと二人で話したいことがあるんだ」
 余計な言い訳をしてもマグヌスはついてくるだろう。だったら、誤魔化さずに堂々としたほうが、彼のような人間には効果的である。そう思い、マーカスは強面の顔を真剣な表情に染め、譲らないという意思とともに話す。
 その答え方が効いたのか、マグヌスは「う、」と戸惑ったように体を僅かに引く。そして、最後の頼みとでも言うように、《炎帝》の方に顔を向ける。
「え、炎、帝……?」
「ごめん。そういうわけだから」
 顔を伏せ、申し訳なさそうにしながらも首は横に振られた。
 納得いっているわけはないだろうが、少なくとも了承はしてくれたらしい。拗ねたような表情で、「分かりましたよ」と言うと、ぶつくさ言いながらマグヌスは素直に《炎帝》の言葉に従って、去っていった。
 残された二人は、マグヌスの姿を見送る。
「――で」
 少し間を空けて、《炎帝》の方から話を振ってくる。
「話って、何? マーカス」
「……とりあえず、歩きながら話そう」
 もし立ち話をしているところを誰かに見られたら、マグヌスを立ち去らせた意味がなくなる。
 マーカスは先に歩き出す。後からついてくるのを信じて振り返らないでいると、慌てたように突いてくるのが分かった。彼よりも頭二つくらい低い《炎帝》が、隣に並ぶ。
「ま、待ってよ」
「なあ、カールス」
 横目でその子供らしい体格を見ながら、話しかける。
「ここでの生活は、どうだ?」
「どうって……別に、楽だよ」
「楽、か」
 これはまた、捉えづらい答えが返ってきたものである。
 思わず苦笑が漏れる。そうか、『楽』なのか。
「ん、何で笑う。ボクが何か変なことを言ったか?」
「いや、お前らしいと思ってな。――楽ということは、まあ、居心地が悪いってわけじゃないんだな」
 少し心配していたのだ。《炎帝》がここに来てすでに八ヶ月ほど経つが、まだ慣れていないのではないかという危惧はずっと持っていた。
「一人でいるよりもずっと楽だよ。何でもかんでもあいつらがやってくれるのもちょっと困るけど、少なくとも衣食住に困ることはないから」
 そう、年に似合わず苦労のにじんだ言葉を漏らす《炎帝》。確か、年齢は十三、四といったところだったと思うが、それにしては随分と言葉の端々から垣間見える影が濃い。
 戦争孤児の多いこの近辺では、やはりそれ相応の苦労があるために、子供でも大人びた者が多いものである。しかし、マーカスには《炎帝》が、そういった孤児たちとは微妙に違う気配が漂っているような気がするのだ。それは、強制されて作られたような言葉遣いがそうさせるのか、または規格外すぎる能力を持つがためにそうなってしまったのか。
 まあ、その原因がどうであれ、その独特の雰囲気の所為で、今のような山賊のトップという位置にいるのも事実であるが。
「で、マーカス。そんなことを言うために一緒についてきたの?」
「いや、そういうわけじゃない。今のは、ちょっと気になったから聞いたに過ぎない。別に、お前に不満がないんならそれでいいさ」
「だったら、本題をさっさと言ってくれ」
「そう急かすな。それとも、何か早くしないと困ることでもあるのか?」
「……そういうわけでは」
 マーカスの言葉に《炎帝》は僅かに視線をそらす。動揺しているようで、どうもいつもに比べて挙動が安定しない。そんな姿を冷静に観察しながら、マーカスは一番聞くべきことを単刀直入に聞く。
「本当に、体を洗いたいだけなのか?」
「……っ!?」
 その言葉に弾かれるように、《炎帝》は立ち止まり身構える。それに合わせるように、マーカスも立ち止まった。
 真正面から二人は相対する。《炎帝》の目は、大きく見開いてマーカスを見つめる。その瞳にあるのは、驚きと若干の敵意。どうしてよいのか考えあぐねている様でもある。
 やがて、押し殺すような低い声で《炎帝》が口を開く。
「どういう、意味だ?」
「どうも。ただ、言葉通りの疑問だ。本当に、体を洗いに行くだけか? それとも、何か他にやりたい事があるんじゃないか?」
「……もしあるとして、それがマーカスに何か関係あるか?」
 威嚇するように、唸るような声で言う。余程知られたくないことなのだろうか。その様子には鬼気迫るものがある。
 その迫力に、多少気圧されつつも、マーカスはかろうじて視線を逸らさずに答える。
「いいや。関係ないさ」
「だったら」
「だが、お前のその隠し事。まだ誰にもばれていないと思っているか?」
「っ!? 何、だと」
 驚愕に言葉が切れる。動揺しているのが手に取るように分かった。――ここまで感情をあらわにする《炎帝》も珍しい。
 鋭い感情が直に自分に向けられているのを耐えながら、マーカスは、今度は安心させるような声色を持って言う。
「そんなに焦るな。大丈夫だ。感づいている者も多少いるが、確信まで持っているのは今のところ私と、あと侍女数人くらいだ。私にしたところで、初めてお前と会ったあのときでなければ気づかなかっただろうしな」
「……ということは、マーカスはずっと気づいていたって、こと?」
「ああ。黙認してたのも、別にお前がそのことを隠したいというのなら別にいいか、と思って黙っていただけだ」
 だが、とマーカスは忠告するように続ける。
「いい加減限界だろう。さすがにそろそろばれると思うぞ。特に、女どもは勘がいいからな。さすがに何か隠しているのではと思い始めているようだ」
「やっぱり、不自然だった、のかな……?」
 不安そうに《炎帝》は目を伏せる。そこまで自分の隠し事が自信を持っていたのだろうか。マーカスから言わせれば、随分と杜撰な隠し事であるが。――そんな様子を見ると、やっぱりこいつも子供なのだと分かる。
 マーカスはじっと《炎帝》の挙動を観察するように見つつ、ずっと持っていた疑問を投げかける。
「だが、別にばれても困るものじゃないと思うんだが、どうしてそこまでひた隠しにしようとする? それとも、ばれたら何か困るのか?」
「……それこそ、マーカスには関係ない。これは、ボクの問題だ」
 あくまで頑なに、《炎帝》は理由を隠す。強い意思表示。たった数回の会話であるが、言葉の端から《炎帝》がその事柄をどうしても隠して痛いということが伝わってきた。
 こういったとき、人はなかなか口を割るものではない。極端な話、例え拷問を受けたとしても簡単には話さないだろう。
「――分かった。それ以上、何も聞かない。だから安心しろ」
 そのことを長年の経験から理解していたマーカスは、そこでこの話は打ち切ることにした。
 どちらにしろ、遅かれ早かれ秘密にしていることはばれてしまうだろう。このことは、すべてがばれる時までに、《炎帝》自身が折り合いをつけておくべきことなのである。無理にマーカスが関わってもいいことは何もないだろう。
 そんな考えから彼は潔く引いたのだが、それが《炎帝》には意外であったらしい。驚いた様子でマーカスに尋ねてくる。
「なんで、そんなに諦めが早いんだ?」
「別に。ただ、どんなに聞いてもお前は答えないと思ったから引いただけだ。なんだ? 不満か?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
 納得いかないという表情で、言葉にならない言葉をゴモゴモと言っている。そう言った所も、見つけてしまえば本当に子供っぽかった。
 こういった、とっさの瞬間。《炎帝》の仮面ははがれる。普段はいつも仏頂面で、ツンと突き放すような冷たい瞳をしているというのに、今のように戸惑っている時は感情がそのまま顔に表れる。さすがに天真爛漫な子供と比べるのは無謀であるが、それでもだいぶ年相応であると思う。
 そういった何気ない一瞬に、《炎帝》の態度が作られたものであるということが垣間見える。
 マーカスはこの八ヶ月の間、《炎帝》のことをずっと観察してきたが、それが最近やっと気づいたことだった。彼には、この事実がいったい何を示すのか分からない。無責任ではあるが、彼にしたところで、この事実にどう対応していいのか戸惑っているのだ。
「こっちだ。約束の場所は」
「ん、そっちは、行き止まりじゃ?」
「隠れた場所にあるんだ。今のところ、その場所は山賊の誰も近づかないから、見つかる心配もない」
 隠したいんだろ? とマーカスは確認を取るような視線を送る。
 そして、目的の場所に着く。山中を流れる二つの川が滝となって収束して、一時的に湖と化している場所。その湖は、とても澄んでいて美しい。行き止まりのように見える崖の隙間から入らなければならないので、確かに見つかりにくい場所にある。
「どうだ? ここなら、安心だろう。知っているのは私くらいだ。一人になりたいときでも利用しろ」
「……うん。ありがと」
 驚いたように、惚けた表情で眼を見開いている。
 興奮したようにその美しい光景を見つめながら、《炎帝》は感謝の言葉をマーカスに告げた。
「――なあ、とりあえず、最後に聞いておきたいんだが」
「ん、何を?」
 マーカスに気を許し始めたのか、始めよりも若干柔らかい表情で《炎帝》は振り返ってきた。
「お前は、私たちのことを――この集落のことをどう思ってる?」
「どう思ってる、って……」
 困ったように視線が伏せられる。どう答えてよいか困っているのだろう。
「さっきお前は、私たちといるのは『楽』だと言った。『楽』だというのなら、嫌じゃないはずだ。だったら、お前は山賊たちに対してどこまで肩入れできる? 私たちは同じような境遇のものが近くで集まりあってできた集団だが、その中で、お前は一応部外者だ。たとえ山賊たちの方がお前を崇拝しようと、お前がその期待に答える必要はまったくないんだぞ」
「……どうして、そんなことを聞くんだ?」
「確認しておきたいからだ」マーカスは間髪入れずに返答する。「正直な話、今あの集落は危険にさらされている。ここ八ヶ月、お前が来てから少々追っ手の追い払い方が強烈過ぎたからな。外の連中も、並みの戦力ではダメだと思い始めているようだ」
 それに、決定的なのは一週間ほど前の収穫だ。
 山賊の一人がとある骨董屋から奪い取った魔法剣。殺傷能力よりも装飾を重視したあの剣は、魔術師であるマーカスには、術具としてかなりの年代物であると一目見て分かった。そして、その危険性も。
 おそらく、この術具の価値を知っている者は、全力を挙げて取り戻しに来るだろう。
 随分と面倒なものを奪ってきたものだとは辟易したものだが、しかし済んでしまったことは仕方がない。諦めて、対応するしかないのだ。
「次辺りにはかなりの実力者か、または強力な戦力が討伐にやってくるだろう。今までのような生半可な、牽制的なものじゃない。完全に、『討伐』目的のはずだ」
 その時に、《炎帝》が味方になってくれるかどうか。
 それを、マーカスは確かめたかった。
「私たちはここ以外に行く場所がないから、戦うしかない。しかし、お前は違う。ここに来たときのように、ぶらりとどこかに行くことができる。あの集落の人間がお前の力に崇拝しているのなんて関係ないさ。問題は、お前の気持ちだ。――なあ、お前は、この集落のために、私たち山賊のために、戦うことができるか?」
 これまでの八ヶ月、《炎帝》が戦ったのは、一重に自分の身を守るという意味合いが大きいはずだ。向かってくる敵を薙ぎ払ったに過ぎない。その時見せた強大な力に、山賊が勝手に惚れただけなのだ。
 なんだかんだで《炎帝》はこの集落に長い間いる。その長い期間の所為で、いることが当たり前になってしまったが、もしものときにもいるとは限らない。そのときに、手を貸してくれるかどうかも分からない。
 だから、ここではっきりさせておきたかった。敵の力が強力になるのが目に見えて分かっているのだから、こちら側の最強の戦力も、確固たるものにしておきたかった。
 真剣な表情で見つめていると、《炎帝》は、真摯な瞳で見つめ返すようにしながら、はっきりと答えた。
「ボクも、別に行く場所があるわけじゃない。それに、ボクの『隠し事』を知っているんなら、わかるだろ。ボクは、出来るならもう二度と目の前で知り合いが虐殺されるのは嫌なんだ。それに――ボクは、ここが『楽』だ。だから、できるだけのことなら、するつもりだ」
 その答えに、マーカスは安心した。
「よかった。それが聞けて。悪かったな」
 表情を緩めながら、笑みを送る。上手く笑みを作れたかどうか分からないが、それに対応して《炎帝》の方もぎこちない笑みを返してきたから、少なくとも意味合いは伝わったようだ。
「……大丈夫」
「ん、どうした、《炎帝》」
「今度は、守りきるから」
 ゆっくり、自分に言い聞かせるように、《炎帝》は、呟く。
「二度と、ボクの大切なものを征服させるような真似はさせない」
 ここは、ボクの居場所だ――
 ぞくりと、マーカスの背筋に一瞬、冷たいものが走った。
 まるで抜き身の真剣のような鋭さを、《炎帝》は放っていた。並大抵の凄みではない。
 その力強さに、マーカスは若干の怯えを抱きつつも、一回りも二回りも年下の子供に対して、頼もしさを感じた。


◇◆◇


 マグヌスの機嫌はなかなか戻らなかった。
 マーカスに言われたことに対しては、別になんとも思わなかった。しかし、一番堪えたのは《炎帝》に言われたということだ。拒絶の言葉でないことくらいは分かっていたが、それでも自分は話に参加する資格がないと言われたようで気分が悪かった。
 彼らと別れてからも、マグヌスは少しの間ぶつくさ一人で文句を言いつづけ、集落へと帰ってきた。
「お、マグヌス。今日の修行は済んだのか?」
 戻ると、すぐに彼の姿に気づいたコロッセという若者がやってきた。
「ああ。そうだよ。そっちは、ちゃんとなんか食べ物獲れてきた?」
「おう。しっかりと盗ってきたぜ。一番豪勢な家から奪ってきた。ついでにいくつか貴金属も奪ってきたし」
「……いや、お前懲りてないだろ」
 呆れたようにマグヌスは彼の得意そうな顔を見る。
 先日、彼はある魔法剣を奪ってきたのだ。その剣は随分と危険なものらしく、マーカスが見た瞬間に激怒したほどだった。
 ちなみに、その魔法剣は今、マーカスの命令で倉庫の中に厳重に保管されている。決して誰も障るんじゃないぞ、と口がすっぱくなるほどあのマーカスが注意したくらいだから、相当危険なものなのだろう。
「だが、そうでもしないと生活できないだろ? はは、別に貧乏人から奪っているわけじゃないからいいじゃねぇかよ」
 けらけらと笑いながら、コロッセはいとも簡単に述べた。
 そんな彼の姿に、マグヌスは微妙な表情を返す。確かにここの人間は、盗みをやらないと生きていけない。しかし、それは必要最小限にしようと始めに誓ったはずなのだ。
 それを、コロッセオのような一部の人間が楽しみ始めて随分になる。その気持ちがいつか痛い目を見ると散々忠告されているのに、まったく聞く耳を持とうとしないのだ。
「……頼むからほどほどにしてくれよ」
「分かってるって。――それより、マーカスさんは一緒じゃないのか?」
「あー、マーカスは炎帝に話があるって言って、二人でどっか行ったよ。っちぇ。俺だけ仲間はずれだよ」
「はあん。それでぶつくさ言ってたのか」
 納得したようにニヤニヤとしてくるコロッセ。それに対して軽く唇を尖らせつつ、マグヌスは聞く。
「で、マーカスがどうしたの」
「あー、いや。なんか客が来ててさ」
「客?」
 大変珍しいことである。
 マーカスに、というより、この集落に客が来ること自体が珍しいのだ。この集落は、身寄りを無くした人々が寄り合ってできたもの。山賊ということをやっているから敵こそ来るが、客が尋ねてくることは限りなくゼロに近い。そもそも、来た人間は大抵襲われるのだ。それが教われずに済んでいるのは、一重にマーカスの客だからだろうか。
「どんなやつなんだ?」
 軽い興味で聞いてみる。すると、コロッセは待っていましたとばかりに、いたずらを働く子供のような笑みを浮かべる。
「何でも、マーカスさんが昔所属していた組織の人間だってさ。マラって言う魔術組織らしい。男だって話だけど、女みたいに綺麗な人だぜ」
「ふうん、どこにいるの?」
「――ここにいますけど、何か?」
 マグヌスの問いに答えたのは、コロッセではなかった。
 彼とは違う声色。少し高い、言うならばメゾソプラノの声が響いた。
 驚いて声の方を見ると、コロッセのすぐ背後にローブを纏った一人の男が立っていた。
「初めまして、ローアン・クルセイドといいます。私をお呼びですか?」
 そう、恭しく男は頭を下げてきた。
 年齢は三十代くらいだろうか。顔立ちが若いので年齢の判別がつきにくい。柔らかくも安定した物腰に、どことなく女性らしい品格を感じる。
「あ、ど、どうも」
 別に際立って後ろ暗いことがあるわけではないが、隠れ話をしていたところで見つかったような気がして気まずい思いをする。
 隣のコロッセはどうかと思ってみると、彼は愛想笑いを浮かべながらあいさつを返すと、「そ、それじゃ」とマグヌスに言って逃げやがった。
 後には、マグヌスとローアンだけが残され、妙な空気が流れた。
「ん? なんだか避けられてしまいましたね。何か悪いことをしたのでしょうか?」
「あー、別にそういうことじゃないと思うっすけど」
 あまりにも飄々と言うものだからどう答えていいか分からず、歯切れの悪い言葉で答える。言葉遣いは、あまり距離感がつかめていないので自然と丁寧なものになる。
「まあいいです。それより、あなたがマーカスの居場所を知っていると聞いたのですが」
「いや、俺も知っているわけじゃ。……ちょっと用事があるから、しばらく戻らないと思いますよ」
 話というのがどれくらい長く続くかわからないので、曖昧に言っておく。
 すると、ローアンは困ったように呟く。
「せっかくはるばるマラから訪ねてきたというのに、なかなか思うように物事って運びませんね。ねえ、そう思いませんか? マグヌスさん」
「あー、そうですね。……ホント、自分のやりたいことってなかなか上手くいきませんよ」
 さっきのことを思い出しながら同調する。意外と根に持つタイプなのだ。
「それより、ローアンさん、でしたっけ。ローアンさんはマーカスとどういう関係なんです?」
「関係というと、もと同僚ですね。十年くらい前になりますけど、二人で競い合った仲です」
「へえ、十年」
 マーカスはそこそこ年齢がいっていると思っていたので、十年も前の話が出てきても当然だろうなと思える。魔術の扱い方一つ見ても、熟練した感じが見えるし。
「私としては彼がこんなところにいると聞いた時はびっくりしたのですけどね。ホントはもう少し早く尋ねたかったのですが、如何せんいろいろとやることがあったので」
「ん、ちなみに、マーカスに会う理由ってなんなんですか?」
「ちょっと知らせておきたい事があるんですよ。ま、その辺は彼に直接伝えますから」
 にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべて流される。
 どうも、詳しい話を聞かせてくれる気はないようだ。
「それより、あなた、もしかしてマーカスの弟子か何かですか?」
「え?」
「いや、どうも見たことのある魔力を感じるものですから。しかし、随分と荒い学び方ですね。やはり、系統は爆発ですか。しかし、マーカスが教えているにしては詰めが甘い。どうも、基礎だけ習って、修得を放置しているような感じが受けます」
 目を細め舐めるようにマグヌスの体を観察するローアン。そんな彼の様子に、マグヌスは驚きを隠せなかった。
 まさか、見ただけでそんなことが分かるのだろうか。
「あなた、魔術を習い始めたのはいつからですか?」
「半年、くらい、ですけど」
「は、半年っ?」
 驚愕したような表情で、ローアンはまじまじとマグヌスの顔を見つめて来た。
「あなた、マーカスから習う前に魔術の基礎を知っていたとか……いや、それにしては体の魔術影響が薄すぎる。では、本当に魔術に触れたのはこの半年だけなんですか?」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
「……驚いた。すごい才能だ」
 まさにどう言っていいか分からないといったように、感嘆の言葉が上がる。
 本当に心底驚いている様子のローアンに、マグヌスはどう反応していいか分からず、「ああ、どうも」と苦笑いを浮かべながら答えた。
 自分としてはまったく特別と思っていないことを褒められても、戸惑うだけである。マグヌスとしては、魔術がそんなに難しいことだと思っていないのだ。必要なのはコツだと本気で思っているのである。
「しばらく前からこの集落には注意を払っていたというのに、君のような存在を見逃していた自分が恥ずかしいですね。これじゃあ、マーカスも育て甲斐がないでしょう」
「あー、よく言われます。お前の成長は異常だって」
「異常どころじゃない。もし真面目に打ち込んだら、十年以内に神秘レベルの術を修得できるくらいのものを持っていると思います。下手したら、マラの十五魔鏡さえ凌駕できるほどの逸材です。――もしあなたがよかったら、マラに連れ帰りたいくらいですよ」
 最後には、半ば本気でそんなことを言い出す始末である。
 まったく予想だにしなかった提案にマグヌスはうろたえる。ホント、どう対応していいのか全然分からない。
 あー、うーなどと言葉にならない声を上げながら、マグヌスは視線を泳がせる。何か、助けとなるものを求めてふと森の方を見る。
 見慣れた人影が見えた。
「あ、マーカス」
 言葉が自然と漏れる。その言葉を聞き、ローアンもそちらを振り向いた。
 堀が深く、目が細い顔。キッと強く結ばれた口元も合わせて、無愛想な印象を受けるその姿で、マーカスは歩いてきていた。
 その仏頂面が、こちらを見た瞬間に崩れた。
 いや、実際は、ローアンを見て、だろう。
 とにかく、その厳しい表情が一瞬驚きにゆがみ、そしてなんともいえない奇妙な表情を浮かべた。それは怒りの様でもあり、また恐れでもあるような。そんな、言い表しにくい表情を。
「こんにちは。マーカス」
 にっこりと、その優雅な物腰のままローアンはあいさつをする。
「久しぶりですね。十年くらいでしょうか。元気でしたか?」
「……ああ。元気だったさ」
 それに対するマーカスの返答は、苦虫を噛んだかのように渋い表情で発せられた。


※※※


 マーカスとローアンは集落の中の一つの建物の中で向かい合っていた。
 憮然とした面持ちのまま、マーカスは彼の前に座る。それに対して、ローアンはいまだに飄々と笑みを浮かべている。その笑顔は、彼が一番苦手とするものだった。
「――それで」
 始めに痺れを切らして切り込んだのはマーカスだった。
「お前は、どうしてこんなところに来たんだ?」
「その言い方では、私がここにいるのが悪いと暗に言ってるようですね」
 ニヤニヤと笑いながらローアンは言う。
「久しぶりに会ったのですから、少しは昔話に花を咲かせてもいいではないですか。それなのに、あなたといったら昔とまったく変わってない」
「面白みも何もない男で悪かったな。これでもまだ柔らかくなったほうだ」
「ええ、それは分かりますよ。この山賊の中でのあなたの立場を見ていればね」
 立場……いったい、この男は何を見たんだろう。
 追求しようと思ったがやめた。そんなことを始めたら一向に話は進まない。
「それより、お前のことだ。ローアン。わざわざこんなところまで訪ねてきたからには、それ相応の理由があるんだろう? 私が回りくどいのが嫌いなのは分かってるはずだ。早く用件を言ってくれ」
「はいはい、分かっていますよ。ま、もう少しくだらない話を続けたい気もしますが、この辺で本題に入りましょう」
 そう言って彼は一呼吸置くと、まるで観察するかのような細い目でマーカスを見つめてくる。
「マーカス。最近の世の中の情勢はご存知ですか?」
「……それはどのことを指している? この近隣の紛争についてならある程度知っているが」
「そうじゃありません。もっと大きく、世界全体の話です。――あなたがマラを抜けてもう十年近くになりますが、それからマラの動向なんかは聞いたりしてますか?」
「いや。もう私には関係ないことだから聞いていない」
 正確には、数年前オフィカナという魔術組織に追われ、返り討ちにしたときに状況だけは調べた。生憎、彼がいたことと変わりなく『戦闘集団』でありつづけていたが。
「では、ここ最近、特に『魔術』と『科学』の間で摩擦が酷くなっているのも知らないですか」
「いや、それだったら薄々感じ取ってはいた。あくまで想像だったが、やっぱりそうなのか?」
「ええ。今じゃもう破裂するぎりぎりのところまで来ています。もしどこかの組織がきっかけを作れば、なし崩しに戦争が起こるくらいには。――そして、その一番手はどうもマラのようですよ」
 にたり、といやらしい笑みを彼は浮かべる。
「……まさか、マラガどこかの組織に攻撃を仕掛けるのか?」
「はい。まあ、まだ計画段階ですけどね。それも、まだ十五魔鏡の上位五名にしかまだ明かされていない計画です。それを私が知っている理由は、単純に盗み聞きしただけですが」
 私の力は知っているでしょう? と確認を取るようにローアンは言う。
 そう言われてマーカスは思い出す。そう、そういえば、この魔術師はそういう諜報に長けていたのだった。別に魔術系統と直結しているわけでもないのに、彼は情報を集めるのが早い。そして尚且つ、マラの中にずっとこもっているわけでなく、自由に外界を散策しているためかなり中立的な情報が集まるのだ。
「でも、私が盗み聞きしたのはさすがにすぐばれましたけどね。ま、十五魔鏡ほどの実力もない私が、そんな秘密を一ヶ月隠し通しただけでも十分だとは思いますが」
「それで、見つかってどうなったんだ?」
「別に、どうもありませんよ」さらりと軽く流すように言うローアン。「ただ、知ったからには事前の情報集めということで、かなりの自由と制限を受けましたけどね」
 まったく正反対のことを言っているが、確かにその通りなのだろう。
 外を動き回れる自由と、秘密を守り通すための制約。
 それは、裏切ることを前提としていない。そもそも、裏切られたら抹殺すればいいだけなのだ。それが嫌ならば、与えられた自由を制約に触れないように満喫すればよいだけの話。
「それで、お前は今ずっと外で動き回っているというわけか」
「詳しいことはあまり言えませんけどね。ただ、そのついでに好きなことをしてもいいと許可してもらったので、存分に活用させていただいていますが」
「その好きなことというのは、この集落に来た理由になるのか?」
「うーん、そこは秘密ということで。さすがに、他人に自分の魔術研究の途中過程を話すわけにはいけませんから。それと、あなたを訪ねてきたのにはちゃんと他に理由があります」
 食えない奴。昔からそうだった。マーカスに用事があるということは確かに言ったが、この集落に用があるのではないかという質問には答えていないのだ。
 ――警戒はしなければならないか。
 軽口に惑わされぬよう、マーカスは気を引き締めなおす。
「それで、私に用というのはなんだ?」
『単刀直入に言いますよ。ちゃんと、しっかり考えてくださいよ? いいですね」
「ああ、分かったから早く言え。引き伸ばしても何にもならんだろ」
「では。――マーカス。あなたは、マラの戻る気はありませんか?」
「ない」
 コンマ一秒も、間はなかった。
 ローアンが聞き終えるとほぼ同時に、マーカスは答えを言ったのだ。
「……え?」
 あまりにもきっぱりと言われたために、戸惑った様子のローアン。
 それに対して、マーカスは再度、言い聞かせるように言う。
「聞こえなかったか? 私は、戻る気はさらさらないと言ったのだが」
「ま、真面目に考えて下さいと言いましたけど」
「ああ。だから真面目に考えたさ。そもそも、そんなことは数年前から何度も考えている。その上で戻る気はないと答えているんだ。意地やプライドで言っているわけじゃない」
 マラの体制は自分がいたことから変わっていないことはよく分かっている。そんなところに戻っても、また十年前と同じ思いをするだけだ。――そう、あの時と。同じ。
「そんな提案をしたのは誰の意思かは知らないが、私は断る。話がそれだけならここで終わりだ。私は絶対にマラに戻らない。そう伝えておいてくれ」
「……はぁ。分かりましたよ。ま、それもそうですよね。戻るにしても、どの面下げて帰るんだ、って話ですしね。でも、これは一応ミュリエルさんの考えなんですよ」
 ぶつぶつと不満を垂らすかのように愚痴が漏れる。
 そうか。その提案はミュリエルがしたのか。
 そう、マーカスは一人の女性を思い浮かべながら思う。マラの上位である十五魔鏡の、さらにトップに位置する魔術師、ミュリエル・アカルデルト。
 彼女は、手段を選ばない人間だ。常に、マラという組織にとって最善であろう手段をとろうとする。そんな彼女が、自分を呼び戻そうとしたのは分からないでもない。
 だが、今更である。もし数年前、オフィカナに追われていたときに誘いがきたならば、当時すべての物事に辟易していた自分はうなずいたかもしれない。しかし、今は守らなければならない場所がある。マラに対する悪い心象を差し置いても、その選択はしないだろう。
「話がそれだけなら、そろそろ帰ってもらおうか」
「……どうしても私を帰らせたいようですね。そんなにマラにいたことのことを思い出したくありませんか?」
「当たり前だ。憎んでこそいないが、恨んではいるからな。だいたい、そんなことお前らなら分かりきっているだろ」
「はは、そりゃあそうですね。まったく、ミュリエルさんも何を考えているんだか分かりませんよ。――しかし、あなたがダメとすると、ちょっと困りましたね」
 そう、顔をしかめつつ、ローアンは立ち上がる。
 そこで彼が帰ることが分かって、僅かにほっとする。正直、彼と話していること自体が、マーカスにとっては言いようのない疲れを覚えるのだ。
「それはそうと、マーカス。最後に一つ聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「……なんだ?」
「マグヌスという少年のことです」
「っ!?」
 マグヌスの名が出てきたので、思わず息を呑む。
 もちろん、出てこないわけがないと思っていた。マーカスが集落に返ってきたとき、ローアンは彼と話していたのだから。
 観察するのが得意なこの魔術師が、彼の魔術的才能に気づかないわけがないのだから。
「あの子は、いったいなんですか?」
「……何、と言うと?」
「とぼけないでくださいよ。あの子の魔術センスです。正直、ありえない。彼は魔術を習い始めて半年といいましたが、それにしては吸収が早すぎます。あの子を見ていると、人が術式を操るじゃなくて、術式の方が進んで力を与えているように見えてなりません」
「それは私も感じていた。まあ、気づくのには、指導をし始めて一ヶ月くらいかかったがな」
 そもそも、術の修得が早すぎるのだ。
 魔術法則や術式を理解しなくても魔術を使えないわけではない。その辺は、科学と一緒だ。ある一定の手順を踏めば、それは弾を装填した銃と同じようなもの。後は引き金を引けばいいだけの状態である。だが、決定的に違うのは、才能の有無。
 もちろん、術式を理解することに越したことがない。科学にしても、その法則をしっかりと理解していればより大きな力を生み出すことができる。それと同じように、術式を知っていたほうが術は扱いやすいし、魔術法則を知っていたほうが術は効果を増す。
 それなのに、マグヌスはその理解を遠くへ放りやった中で、やすやすと魔術を扱っている。その姿は、どちらかといえば術式が彼を求めているかのようである。
「あの子の才能に対して、五大元素が進んで力を差し出しているかのようです。正直、あの存在は惜しい。どうして、あなたは彼に魔術の何たるかを教えないんですか?」
「……教えようとはしたさ」
 しかし、本人が必要としていないのだ。
 マグヌスの目的は、魔術というものを修得することではなく、戦闘の手段の一つにすることなのだ。どちらかといえばマラの思想に近いが、それでもかなり極端な形である。
 そもそも、魔術というものは、いまだ誰も再現し得ない『奇蹟』を体現するためにある。
 その魔術を、戦闘のためだけに修得するというのは、目的と手段を完全に取り違えている。ある意味で、世界への冒涜に等しい行為なのだ。それを、マラの魔術師は承知で行っている。――しかし、マグヌスはその覚悟をしていない。いや、覚悟をする必要がないのだ。
 何せ、世界の方が彼に味方してくれるのだから。
「そんな状態なら、なおさら彼が欲しいですね。ふふ、どうです? あなたがマラに戻らないと言うのなら、代わりに彼を連れて帰ってはいけませんか?」
「だったら誘ってみてはどうだ? おそらく断られるだろうがな」
「はは。正解です。もうすでに誘いましたが、困ったような顔で無理と言われました」
 手が早いものである。
 その行動の早さに半ば呆れてものも言えないマーカスに、ローアンはふと表情を引き締めて真面目な口調で言った。
「一つだけ忠告しておきます。――マグヌスは、危ないですよ」
「ん、どういう意味だ」
「早いうちに、彼に身の丈にあった力の使い方を教えないと、必ず暴走するということです」
「そりゃあ、あいつの魔術の才能は危険だが」
「いえ、魔術だけの話ではありません。私が危険だといっているのは、彼の考え方そのものです。――持てる技術を最大限に生かして闘う。その考え方は、かなりいい。ですが、彼のようなタイプは、使えるものであればなんでも使おうとします。例えそれが自分の力量以上のものだと分かっていても。――もしそうなったとき、彼自身だけでなく、周りにも被害が出ます」
「……そういうことか」
 マグヌスが自分の力に過信して間違いを犯すことなら想像したことがあるが、自分の力を理解した上でもそういうことをする可能性があることは考えたこともなかった。しかし、それは過信しているときよりもずっとたちが悪い。
「私からはそれだけです」
「……しかし、お前からそんなことを言われるとなんだか不安になるな」
「はは。いつもならこんなことは言いませんが、昔のよしみって奴ですよ。気にしないでください」
 そう、嫌らしそうに笑いながら、ローアンはマーカスに背中を向ける。
「――それに、私は必ずしもあなたの味方と言うわけではありませんから」
 その言い方に、マーカスは怪訝な顔をする。そんなことは分かりきっているはずなのに、どうしてこの男は今更こんなことを言うのだろう。
 マグヌスのことで忠告を受けた程度で、信用できる男でないことは分かっている。だからマーカスは、冷たい声で返答する。
「もちろん、お前の言葉は参考にこそしても、一度も信用はしない」
「ふふ、それでいいですよ。その方が、私もやりやすい」
 では、とローアンは最後にマーカスをちらりと見て、そのまま部屋を出て去っていった。
 ――このとき、マーカスはもう少しローアンの行動に注意すべきであった。
 この判断の誤りが、山賊と《炎帝》にとって、最後の最後で最悪の事態を招く。


◆◇◆


 ギリシャ文字の支部は世界各地にある。それは規模や大きさも様々で、そこに割り振られている人員も様々である。
 しかし、ギリシャ文字の本部というと知っているものは少ない。というよりも、ほとんど知らされていないのだ。その理由は単純に秘匿事項であるからだが、それ以上に、知ることができない理由がある。
 ドイツのミュンヘン、メタカロスやハワードがいるこの小さな事務所が、ギリシャ文字の本部なのである。
 本部といえば世界中に存在する支部をまとめるための規模が必要なのが普通だが、ギリシャ文字はそれに当て嵌まらない。理由は、支部がそれぞれ独立しているため、重大な物事でない限り本部まで到達することがないからだ。かといって本部が名前だけの建物というわけでもなく、しっかりと司令塔としての役割を持っている。――主に、ギリシャ文字最高権力者の『Ω』、メタカロス・メイシェンによって。
 直射日光の入り込まない、薄暗い事務室。ハワードに荒らされたその部屋は、少し掃除でもしたのか、ある程度整理されていた。
 その中でメタカロスは今、今回ハワードを送った任務の依頼人である、知り合いのルチア・ティリーと電話をしていた。
「ああ、そちらの依頼通り、そっちにはハワード・カロルを送った。明日一度、例の山賊の元に潜入はすると思う」
『そうか。で、そいつは使えるのか?』
「安心しろ。実力については僕が保証する。いろんな意味で『特別』なやつだから、少々の危険程度なら弾き飛ばすくらいの実力は持ってるよ」
 自信を持って言うメタカロスに対して、電話越しに苦笑が漏れる。
『お前が言うんならそうなんだろうな。――しかし、それならもっと必要とする場面があるんじゃないのか? 送ってもらった私が言っていいことじゃないが、これよりも面倒なことはいっぱいあるだろうし』
「ああ。実を言うと、三つぐらいたまってはいるんだよね。ちょっと僕が一週間あいつを遊ばせてしまったから」
 事実はメタカロスが遊んだだけだが、その辺は言葉のあやである。
『だったら、どうしてこっちに?』
「個人的にちょっとした理由があるからってのもあるんだけど、それとは別に少し気になる名前があったからだよ。ほら、マーカス・ケルフィン。あの《崩壊の世界(エンド・ディストラクション)》がまさかこんなところにいるとは思わなかったけど、こいつだけは無視するわけにはいかないからね」
『マーカスがいるから、今まで積極的な制圧を行えなかったんだけどな。正直、そのことを念頭に置いた上で人選してくれたのなら助かる』
「そりゃあね。さすがに『神秘』に足を踏み込んだ相手に対して、生半可な人間は対応できるものじゃないから」
 マーカス・ケルフィン。
 マラを半ば逃亡する形で抜けた彼は、魔術師として一流の実力を持っている。破壊を主軸においた彼の魔術は、属性は火と水、系統が爆発。現在の実力は、その魔術を用いて一つの街を地図から無くすことができるくらいの力を持っていると予想されている。
 そんな彼がどうして山賊などの仲間になっているかというと、やはりマラの影響から逃れることができなかったのだろう。
「とりあえずハワードなら、倒せるかどうかはともかく、相対しても無事に戻ってこれるだけの実力は持っているはずだよ。運もあるし」
 ――それに、一度くらいなら死なない対策を取ったしね。
 そう、軽い調子でメタカロスは口には出さず心の中で付け加えた。
「それより、そっちのほうに問題はないのかい? 近隣では最近紛争が激しくなってるんだろう? 確か結構前から争ってる民族紛争だったと思うけど」
『始めはただの民族紛争だったんだけどな。――困ったことに、片方の勢力が異能者を雇ったことから一気に状況が急転した。今じゃ、実質的な戦闘はほとんどなくて、冷戦みたいな緊迫した空気が続いている。ま、これはこれで、一時的な平和みたいなものだけど』
「……随分と捻じ曲がった平和だな」
『こんな状況すら平和といえるくらい、この国は長い間戦闘をやってたんだよ。その戦闘が行われなくなっただけありがたいさ。――あ、そういや、困った問題が一つあった』
「ん、なんだ?」
『そういう戦闘が行われなくなったおかげで、軍の方が暇してしまってるんだ。おかげで物資だけは随分と充実し始めてるし。たぶん今じゃ、かなりの科学力を持っているはすだ。――そして、一番の問題が、その軍が戦いを求めて山賊の方に目を向けてるってこと』
「……おいおい。ちょっとまずくないか? タイミング的に下手したら三つ巴じゃないか」
 呆れたように言うメタカロスに、ルチアは歯切れの悪い言葉で『まあな』と言った。
『僕の地位を全面的に利用してなんとか食い止めてはいたけど、どうもそろそろ動き出しそうだ。たぶん、そっちが送ってくれたやつが調査終了して戻ってきたら、その調査を元に突入するかもしれない』
「さすがのハワードでも、一回目の潜入で戦闘をやろうとはしないだろうし、うーん。うまく利用されちゃいそうだな」
 ちょっとややこしいことになってきて頭を抱えたくなるメタカロス。
『当人たちの弁では、地元の問題は地元で片付ける、とのことだよ』
「だったらまず紛争をどうにかしろと言いたいけどね。――まあいい。何とかなるだろう」
 計画していたことの中で、変更しなければならない点を頭の中で確認しつつ、メタカロスは納得するようにうなずく。
「それじゃあ、すぐに着くと思うから、ハワードに会ったら必要な説明はしてくれ」
『ああ、分かった。それじゃあ、この辺で』
 そうして、メタカロスとルチアの通話は終了した。
 三つ巴の状況――というのは、実を言うと始めから想定されたことだ。
 でも、少しばかり早すぎる。もう少しタイミングがずれてくれないと困る。
 そんなことを思いながら、メタカロスは別の場所に電話をかける。
「もしもし、リープスか? 僕だけど」
『ああ、メタカロス。どうしたの?』
「今、どこにいる? 任務はあとどれくらいで終わりそうだ?」
『うーん、とりあえず現場検証に付き合うだけだから、そんなにかからないと思う。もし心配しているんなら大丈夫だよ。ハワードにちゃんとあれは届けるから』
「それなんだが、できる限り早くしてほしい。もしかしたら手遅れになるかもしれない」
『ん? そんなに危険な相手なの?』
「というより、危険な状況、だな。山賊とハワードの駆け引きなら、調査だけを考えたら死ぬほどの危険はないだろうが、どうも現地の軍がこの初期から介入しようとしているらしい。かなり過激なやつらだから、ちょっと危険かもしれない。さすがのハワードも銃弾カーテンを回避するだけのスキルはまだ持ち合わせていないしな」
 彼の能力を持ってすれば、耐えることはできないこともないかもしれないが、『科学』の力を舐めてはいけない。機関銃なんかを持ってこられたら、さすがに全弾受けて無事で済むとは思えない。
 もしものときのことは考えておかなければならない。そうメタカロスは心の中で呟く。特に、『今』だからこそ、ハワードに危険なまねをさせるのはできるだけ避けたいのだ。
『ふぅん。分かった。たぶん十時くらいの便には間に合うと思うから、そこから行くよ。ハワードは確か、昨日の夜の便で行ってるんだっけ?』
「ああ。だからそろそろルチアのところについているはずだ。できるだけ早く頼む」
『おっけー』
 そんな軽い言葉とともに、リープスとの通話を切る。
 とりあえず一つ終了。あと二、三連絡を入れなければならないところがある。どこからかけよう。
 そう僅かに順番を悩んでいたときに、今度は電話が鳴り出した。
「もしもし。――ん、どうした? フィーネ」
 電話の相手は、フィーネだった。
 しかし、彼女はいつもの無邪気な口調ではなく、仕事のときの口調で話し出した。
『ギリシャ文字『Σ』より、『Ω』に向けてお話があります。これは重要な話です』
「……分かった。言え」
『昨日、《輪廻の外》よりなされた予言が当たりました。内容は、私がマラの魔術師と密会を行うというもの。その予言どおり、マラの魔術師よりコンタクトがありました』
「その内容は?」
『マラが、戦争をする用意をしているそうです』
 ピリッと、緊張が電話を通じて走った。
 真剣な口調を崩そうとせず、フィーネはその緊張感の中続ける。
『まだ詳しい話は聞いていません。三日後、その者はマラを脱出するそうなので、そこで話を聞く予定です。『Ω』。彼女たちの、保護の許可を』
「ちなみに、その信憑性は?」
『十分だと私が保証します』
 断定するフィーネ。その言葉に安心したメタカロスは、「わかった」と答える。
「では、ちゃんとその辺の対応は私が取ろう。ちなみに、一緒に連れて行く人員はどれくらい必要だ?」
『私一人で十分です。大人数で行くと、向こうも警戒するでしょう。それに、もしこれががせネタだった場合、一人の方が動きやすいですから』
「分かった。では任せよう。――気をつけろよフィーネ」
『うん。分かってる』
 そう、最後に口調を崩して軽い調子で言い合うと、フィーネは通話を切った。
 ツー、ツー、という電子音を耳に残しながら、メタカロスは変更点が増えたことを確認した。
「しかし、マラか。……前から予兆はあったけど、今来るか」
 もしこの話が本当なら、これから世の中は荒れていく。
 今まではきっかけがなかった状態だったので、危ういバランスながらも世界は平和ではあった。しかし、こうして一つの組織が戦争を行う意思を見せたからには、追随する組織が出てくるだろう。
「ったく、次から次に面倒ごとが」
 やっぱり一週間ハワードを馬鹿に使ったのは痛かったなぁと、今更後悔をし始めるメタカロス。今ハワードはあっちの方に専念してもらわなければならない。全てが終わってもしばらくは使い物にならないだろうし。……ひとり分の空きはさすがに大きい。
 ――仕方がない。二つほどは、自分が直々に対応するか。
 そう思い、資料を確認する。別にすぐにどうこうなる問題ではなかったが、こうした面倒な事態になったからには、早めに解決しておいたほうがいい。
 時間を見る。もう少しで昼になる。夜まではまだまだ長い。
「……とりあえず、他の面倒ごとを処理するか」
 苦笑いを浮かべながら、メタカロスは机に向かった。

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西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
http://emptyreader.blog81.fc2.com/

自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
http://emptynovel.blog83.fc2.com/

同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


何か連絡があれば、こちらにお願いします。
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