空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
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『火炎鳥の涙』 第二章Aパート


 ホントは雑記の更新にしようと思ったけど、時間が時間なので小説の続きアップで。


 第二章目突入。
 微妙に一章のときより短かったけど、分けないと長いので分割。

 ……しかし、我ながらあっさりしちゃったなこの展開と思わないでもない。

 ぐだぐだ語っても意味がないのでこの辺で。


 ※ちなみに、爆竹とかはつかったことないけどyoutubeで見た動画と検索して得た知識で書きました。うん。いろいろ間違ってたらすみません。









第二章 山賊討伐


◆◇◆


 ハワードは、自分がどうやって死ぬかを知っていた。
 全身を無数の刃物で突き刺され、生きながら炎に焼かれながら死ぬ。それが、決められた避けられぬ彼の未来だった。
 未来視の力でふとした瞬間に見たこの死に様。それをハワード自身は、実はあんまり興味を持っていなかった。未来というのは可変だということを除いても、自分の死に様なんてこんなものだろう、としか思っていなかったからだ。
 まあ、実際どう思うかは、その時になってみないと分からない、と言った感じだが。
「それで、このお守りはいったいどういう効果があるんだ?」
 今、ハワードは山賊のいる山に向かって歩きながら、携帯電話でリープスと話をしていた。
 現地につくと、ルチアという依頼人がハワードを待っていた。さっそく彼から問題の山賊がいる場所を教えてもらい、詳細を聞いた。
 今は、ルチアの止める声も聞かず、そのまますぐに現場に向かっているところである。
 その道中、携帯電話にリープスから連絡が来た。ついでだからと思い、一応フィーネから預かったお守りの効力を聞いておこうと思ったのだが、相手の反応は芳しくなかった。
「……ちょっと待って。それ、フィーネが持ってたお守り?」
「ああ。行く前に丁度いいから預けるって言ってもらった」
「あ、あの子ったら、どうして渡すかな……」
 リープスは呆れたように言うと、仕方がなさそうに説明し始めた。
「そのお守りね、『約束された再会』って名前で、文字通りあるきっかけで特定の二人を会わせることができるの」
「ん? これの効果って、それだけ?」
「『それだけ』、じゃないわよ。相当すごいのよ。もし発動したら、魔法すっとばして神秘級の術が発動するんだから」
「……マジかよそれ」
 にわかには信じられない。この石っころに鎖つけただけのペンダントに、そんな魔術的要素があるなんて。
 魔術には、四つの段階がある。簡単に言うと、一番初歩の教科書的な『魔道』。自分で術式を作り上げる『魔法』。世界の法則の限界に向かう『神秘』。そして、最終段階である、世界に影響を与える『奇蹟』。
 もともと魔術は『奇蹟』を体現するために編み出された技術であり、その奇跡にたどり着くことが魔術師の最終目標とされている。
 その中の、第三段階、『神秘』。これにたどり着ける人間自体が限られているので、並みの術式ではない。
「そのペンダントの中央にはめてある石は、孔雀石。えーと、マラカイトって言って、石言葉が『再会』なの。そして、そのマラカイトの周りに散りばめてあるのが、ちょっと小さいけどダイアモンドで、石言葉は『永遠の絆』。その二つを外枠でつなげたペンダントが、それ」
「……いや、それくらいは俺も見れば分かるよ。結局それでどんな効果が出るんだ?」
「話には順序があるんだからちゃんと聞きなさい。で、『再会』と『永遠の絆』の二つの意味を持っているそのペンダントは、実は結構年代もので、作ったのは200年前の魔術師、コーネリア・マクレイって人。術系統が私と同じ、属性は『概念』、系統が『体現』。つまり、何らかの曰くとか意味とかを実行させる魔術師なの」
「えーと、つまりこのペンダントの場合、『再会』と『永遠の絆』の意味通りのことが起きるってことだろ? 一体何が起こるんだ?」
「例えどんなことがあっても、生存中に再会させる」
 一言でその内容を表した。
 そして、続ける。
「それが、コーネリアが目指した魔術。この『生存中』っていうのは、つまりは死にそうになったとしても、死ぬ前に持ってる二人を無理やり再会させるの。例え、どんなに離れていても、強制的に。例え物理的に不可能でも、魔術的に高度であってもね」
「ってーと、要は死の危険にさらされたときに、片方がもう片方の方へ強制召喚される、ってことでいいのか?」
「理解が早くて助かるわ。そういうこと」
 だとしたら、リープスの言う『神秘』レベルの魔術というのも分からないでもない。
 そっか。だから、危険な任務に行く前にフィーネに渡したのか。いつでも、リープス本人がその場に駆けつけてこれるように。
「……だから、ね」
 リープスはとても低い声で脅すように言ってきた。
「絶っっっ対に、死ぬような危険な目にはあわないでよね! それ、替えがないんだから!」
 本気で怒っているらしい怒鳴り声に、ハワードは思わず電話口から耳を離した。
「わ、分かった。分かったから、そんなに怒鳴るな」
「本当に分かってるの? ほんと、それレプリカじゃなくて本物なんだからね! 価値的には百万ドルつまれても譲れない代物よ!?」
「ひゃくっ……。おーけー。金額聞いたらリアルにやばいことが分かった。全身全霊を持って注意します。――しかし、それじゃどうしてフィーネには渡したんだ?」
「前回あの子が受け持ってた任務は、本当に危険だったのよ。知らないの? 龍との交戦。それに比べたら、あなたの今回の任務なんてどうでもいいじゃないの。少なくとも、無理して闘わなくても大丈夫みたいだし。……まさか、わざわざ闘おうなんてしてないわよね?」
「え? い、いや、それはまぁ……」
 言いよどみながら、ハワードは目の前を見る。
 もうすぐ、敵の姿が見えてくる頃ではなかろうか。
「……まあ、そりゃあ進んで危険な道は行かねぇよ」
「そう、それならいいけど。一応、あなたに渡すものはちゃんと別にあるから。メタカロスに頼まれてたものだけど。今そっちに向かってるところだから、ちゃんと待っててよね」
「へぇ。そりゃあありがてぇ。待ってるぜ」
 メタカロスに頼まれた、というのが少し気になるが、リープスからの届け物ということで素直にそう返事をしておいた。
 そのあと、二、三言話をして、通話を切った。
 どうも、彼女は夕方くらいにはつくらしい。
「ま、そのくらいまでにはいったん戻らないとな」
 ハワードはそう言いながら、指を軽く鳴らした。
 ――彼は、はっきり言ってストレスが溜まっていた。……その主な原因はメタカロスの嫌がらせだが、そのために非常にイライラとしていた。
 そんな彼には、今回の任務に関して、とりあえず潜入してみようという選択肢しかなかった。
「ま、なんとかなるだろ」
 そう呟きながら歩いていると、とうとう山賊の見張りらしき人物が立っているのが見えた。
 三人。それぞれ武器を持っているが、大して強そうではない。
 その三人に近づくと、お決まりのセリフが飛び出してきた。
「お前、何をしている? ここがどこか知っているのか?」
「あー? ま、知っちゃいるけど」
 ゆっくりと顔を上げながら、のらりくらりと答える。
「そうか。だったら、何をされても文句はねぇよな」
 端の一人が答える。その言葉とともに、あとの二人も各々の武器を構えにじり寄ってくる。
 こいつらは山賊。まあ、大方追い剥ぎでもする気なのだろう。
「ああ、何されても文句はねぇよ。――ただ、」
 ハワードは、サングラスを外し、その鋭い目を吊り上げ笑わせながら、山賊たちに告げる。
「こっちも、手加減はできねぇぜ?」
 そして、両腕を振るった。


※※※


 コロッセにとって、突然やってきたサングラスの青年は、ただのかもにしか見えなかった。
 見張りをしているほかの二人にしてもそれは同じだったらしく、三人は各々武器を構えてその青年に向けてにじり寄る。
 自分たちは三人だ。負けるはずがない。
 そう、思っていた。
「こっちも、手加減できねぇぜ?」
 含みのある男の言葉。その言葉とともに、青年の腕が振るわれた。
 何もできなかった。武器で払うことも、または逃げることも。
 それは、手刀を放っただけに過ぎなかったはずだ。見たところ、敵は何も武器を持っていなかった。ポケットに手を入れる素振りも見せなかったし、半袖であるから服の袖から武器を出したようにも見えなかった。
 それなのに、腕で払われた仲間の体が、刃物で斬られたように血を噴出した!
「え?」
「遅いぞ」
 予想外のことに呆然としているところを、もう一人が襲われた。遠心力を利用するかのように大振りされた左腕は、端にいた仲間の胸元を、まるで刀を使ったかのように斬り付ける。
 その瞬間、コロッセは理解した。
 この男は、違う。と。
「で、どうする? お前」
 腕に付着した血を振って払いながら、ゆらり青年は立ち上がると、尋ねてくる。
「まだやるか?」
 その言葉を向けられた瞬間。コロッセは悲鳴を上げて逃げ出していた。
 敵に背中を見せ、恥も外聞も捨て、一目散に集落の方へと逃げていた。
 今まで自分の中にあった威勢はどこかに消えた。そして、ただ恐怖だけが残った。
 自分の中にあったものが虚勢であったことを、彼はそこではじめて知った。ちょっとした実力差を見せ付けられたら簡単に消えてしまうような脆い勢い。《炎帝》が来てからというもの、その力をまるで自分のもののように思ってしまっていた……。
 そのことを知り、それでもどうすることもできず、ただ彼は悲鳴を上げつつ、背後の敵に怯えて走り去ることしかなかった。


◇◆◇


 寝苦しかった。
 夢を見ただろうか? いや、覚えていない。見たような気もするが、それすらも根こそぎ奪われたかのような感覚がある。ただただ、虚脱感だけが体に残っている。
「炎帝? 大丈夫ですか?」
 女性の声。侍女のような役割をしてくれている、セイラの声である。
 心配そうな顔で、彼女はカールスを覗き込んでいた。
「あ、ああ。だい、じょうぶ」
 切れ切れに答えながら、カールスはハンモックから体を起こす。泥の中にいるような重圧感。起き上がる動作一つをとっても、このだるさは容赦なく襲ってくる。
「随分とうなされていたようですが、悪い夢でも見ていたのでしょうか?」
「いや、夢は見ていない。……はずだ。多分」
 カールスは自分に言い聞かせるようにして言う。自分は夢を見ていない。そのはずだ。
 そんな姿に、セイラは不審そうに眉を寄せると、口を開く。
「とりあえず食事でもしますか? 朝食というよりも昼食になりますけど。――マグヌスが先ほどから炎帝のために何か作るといって張り切っておりましたので、そろそろできていると思いますが」
「……またあいつか」
 ついつい憎まれ口が漏れる。どうにもマグヌスは自分に構いたがりすぎだ。まあ、そのようなまっすぐな気持ちを向けられて、悪い気はしないのだが。
 照れ笑いのような苦笑を僅かに浮かべ、カールスはセイラに言う。
「じゃあ、お願い。そんなに食欲はないけど、食べておいたほうがいいから」
「分かりました。すぐにお持ちします」
「あ、炎帝! 起きたんですね!」
 セイラが部屋を出ようとしたところで、マグヌスが手に食器を持って入ってきた。
「はい、昼食です、どうぞ」
「う、うん。ありがと」
 受け取りつつ、セイラのほうを見る。彼女はというと、その無表情から微かに呆れた雰囲気を出しながら、「召し上がってください」と表情だけで伝えてきた。
 ニコニコと幸せそうに笑っているマグヌスの目の前で、カールスは渡されたスープを一口すする。やはり、美味しい。胃の中でつかえていた石が、そのスープを飲むことによって溶かされていくような感じだった。
 食べながら、カールスは自分の体のことを少し確かめてみた。熱っぽいのが少し気になる。微熱でもあるのだろうか? 本来自分の力ならば、こういうことはあまりないのだが、体温を調節しようとしてもうまく行かない。
 体温調節は途中で諦めた。気を張り詰めなければいけないほどきついわけでもない。所詮微熱程度だ。
「あ、炎帝。お替りもありますが、どうしますか?」
 いつの間にか食べきってしまったお椀を見て、マグヌスが尋ねてくる。それに対して、「いや、もういいよ」とカールスは答え、お椀を返した。
「……マーカスはどこにいる?」
「え? マーカスですか? いや、今日は見ていませんね。セイラは、知ってる?」
「そういえば、倉庫にいるのをここに来る前に見ました。呼んできましょうか?」
「うん、お願い」
 かしこまりました、とセイラは部屋を出て行った。
 二人きりになったところで、マグヌスは炎帝に尋ねる。
「ねえ、炎帝。結局、この間はマーカスといったい何の話をしたんですか?」
 二、三日前のことを言っているのだろう。今日まで我慢してきたのは良かったが、まだあきらめ切れないらしい。
「……言えない話だ。詮索はするな」
「えー、そんな言わないで教えてくださいよ。俺、なんだってしますから」
 そんなことを言われても、カールスとしては自分の隠し事であるから言えるわけがない。
 仕方なく、カールスは最後にマーカスに言われた話をする。
「マーカスに、『お前はこの集落のために戦えるか?』と聞かれたんだ」
「え、そんなの当たり前じゃないですか。今までだって、炎帝はこの集落のために戦ってくれていたじゃないですか。もちろん、当たり前だって答えたんですよね?」
 焦ったように言うマグヌスに、カールスは安心させるように言う。
「うん。ここは、ボクにとってはもう一つの居場所だから」
 ――燃えている村。
 ――血を流してそこらに倒れている死体。
 あんな光景は、絶対に見たくない。
「絶対に、みんなが死ぬようなことはさせない」
 昔、カールスがいた村と同じ末路をたどることだけはさせない。
「そ、そうですよね。はは、よかった。なんだか、炎帝がどこかに行くんじゃないかって心配してたんですよ」
 ははは、とマグヌスは安心したように笑っていた。
 その笑顔に、カールスの胸は微かに痛む。
 自分は、この集落にとってなくてはならない存在になっている。それは、みんなの反応を見ていれば分かる。自分という力があるから、彼らは安心してここで過ごしていられるのだ。
 自分は、その期待に応え続けていられるだろうか?
 それだけが、今のカールスが持っている悩みだった。自分の体のことなんてどうでもいい。ただ、彼らのことを守れれば、今の自分は満足なのだ。
「悪い。カールス。遅くなった」
 やがて、マーカスがやってきた。
「ん、マグヌスもいたのか。丁度いい。お前にも話しておかなければならないことが――」
 部屋の中に入り、座りながらそう言いかけたところで、外の方が騒々しくなった。何か、叫ぶような声と、焦ったような声が聞こえてくる。
「た、大変だ、マーカス!」
 どうやら、マーカスを探しているようだ。その声に、マーカスは外を見る。つられてカールスも外を見てみると、入り口のところでコロッセという若者が荒い息をして叫んでいた。
「ん、どうした。コロッセ。そんなに焦って」
「侵入者だ!」
 怪訝そうな顔をしているマーカスに向けて、コロッセは鋭い言葉をたたきつけた。
 不思議と、その声はよく響いた。
 声とともに、集落全体に緊張が走る。
 マーカスは仏頂面を余計に厳しくし、マグヌスの惚けた表情は驚愕にゆがむ。
「敵が、やってきたんだ!」
 その言葉が聞こえた瞬間、弾かれるようにマグヌスは集落を飛び出していた。
 そうして、山賊の集落は戦闘体勢入った。


◆◇◆


 ハワードは随分あっさりと門番を倒してしまったことに拍子抜けしていた。
 もう少し鋭い反応をしてくれるかと思ったら、あの様である。せめて一太刀くらい反撃すればいいものを、最後の一人はとっとと背を向けて逃げてしまった。
「ま、逃げてくれてありがたいけど」
 ハワードは呟きながら山道を駆け上がる。と言っても、道とも言えぬような獣道である。さっき逃がした一人はすでに見失っているが、その後を追っている形ではある。
 想像したとおり、単純な結界くらいは使われているようである。さすがに何の防御対策もとらずに隠れているわけではないらしい。――まあ、その結界にしても、一番レベルの低い意識結界で、人が一人通れば簡単に揺らぐようなものであったが。
「ん?」
 逃げた一人の後を追い、少し走っていると、目の前に人影が見えた。
 先ほど逃げていった若者とは違う。どちらかといえばまだ少年と言えるだろう。ぼさぼさの短髪はくすんだ茶色をしている。動き易そうな服装で、腕を構えてすぐにでも戦える体勢で待っている。
 その姿を視認し、ハワードはいったん立ち止まろうとした。
 と、止まろうとしたところで、その少年が一気に距離を縮めてきた。
 とっさのことに反応できず、ハワードは相手にやすやすと懐に入り込まれてしまう。
 舌打ちをする間もなく、少年の拳がハワードの眼前に迫る。それをのけぞりながら避けると、今度は狙っていたかのようにすばやく足払いをかけてきた。
「舐めるなっ」
 のけぞった姿勢のまま、足を振り上げ相手を蹴り上げる。無理な姿勢からの攻撃だったために威力はそれほどないが、反撃が来ないと思い込んでいた相手には効果的だったらしい。ひるんだように少年は一瞬動作を止める。
 その隙にハワードは立ち上がり、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。
 振り下ろされたハワードの腕を、少年は首だけを動かし避ける。そして休む間のなく、すかさずズボンのホルスターからナイフを取り出し、思いっきり突きつけて来た。
 避けることはできない一撃。しかしそれを、ハワードは無防備な腕でガードした。
 本来ならば、腕が貫かれるだけの話である。
 しかし、ナイフと腕が触れ合った瞬間、ギンッという、金属音が響いた。
「なっ!?」
「どうした、びっくりしたか?」
 意地悪くハワードはそう嘯くと、そのまま腕を押し出すようにしてナイフを振り払う。
 直接ナイフを受けたというのに、ハワードの腕に傷はない。ただ、半袖から伸びる素肌が見えるだけである。しかし、その腕はただの腕ではない。おそらく、少年の方は鉄でも叩きつけたような気分になっただろう。
 ――これがハワードのもう一つの力、竜神ニックと契約したことによって手に入れた、触れたものを鋼鉄に変える能力。その力で、自身の皮膚を鉄に変化させたのである。
 始めに見張りの二人を切りつけたのも、この力で腕を刃物に変えたからである。
 少年は慌てて間合いを取ると、得体の知れないものを見るようにハワードを観察してくる。それに対してハワードは挑発するように言う。
「どうした? 怖気づいたのか?」
「……っ! まさか!」
 安い挑発に乗って、彼はナイフを投擲してくる。それをハワードは鉄と成った腕でやすやすと振り払う。
 少年が走ってくる。その間。何かを呟いているようだ。おそらく、呪文の詠唱であろう。山賊の中に魔術師がいることは分かっているので、たぶん彼もその一人なのだろう。
 しかし、とハワードは頭の隅で考える。こんな子供が魔術師だとすれば、たかが知れる。魔術というのは、修行の時間がものを言うものである。こんな少年では、魔法どころか、魔道をいくつか使える程度だろう。それも、たいした威力ではないはずだ。
 そう、ハワードは甘く見ていた。
「『炸裂せよっ!』」
 だから、少年のその呪文とともに起きた爆発に、とっさに反応できなかった。
 ハワードの一歩手前に、少年は何かを投げつけ、それが突然爆発。正に爆発、というように、地面が吹き飛ばされた。
「んなっ」
 予想外の威力に混乱する。まさか、これほどの威力を持っているとは思わなかったのだ。そのために対応が取れず、爆風のなすがままに上空へ吹っ飛ばされた。
「な、なんなんだ、くそ」
 空に浮いたまま、戸惑いからくる愚痴をこぼす。
 幸い爆風で飛ばされただけで、怪我はさほどないようだ。そのことを確認すると、空に浮いた状態のまま、今度は砂埃で隠されている地面の方に向き直る。
 と、その直後、砂埃の間から何かが突撃してきた。
 反射的に腕で弾く。金属音とともに弾かれたそれは、どうやらナイフのようだ。
 ただし、ただのナイフではなかった。
 弾くとともに、そのナイフを中心に爆発が起きたのだ。
「いっ!?」
 耳を突き抜ける破裂音とともに、腕が爆発に巻き込まれる。幸い威力はそれほどなく、また腕を鉄にしていたおかげでたいしたことはなかったが、また反応が遅れる。
 その瞬間を、少年は見逃さなかった。
 爆発したナイフに気を取られている間に、少年が横にある木の枝を伝い、ハワードの元へ跳んでくる。そして、回し蹴りの要領で蹴りつけてきた。
 なすすべもなく蹴り飛ばされるハワード。しかし、攻撃はそこでは終わらなかった。
「――食らえ」
 少年が飛びのきざま、何かを投げてきたのだ。
 今度は投げつけるというよりも、放り投げるといった様子。何か、小さな筒状のものが大量に連なっているものである。
 なんだろうと思ったのも束の間、その正体に気づいて耳を塞ごうとしたが、僅かに間に合わなかった。
 鼓膜が破れるほどの破裂音が、周りに響いた。


◇◆◇


 爆音が収まったのを確認して、マグヌスは耳から手を離した。
 地面に着地する際、受身を取る努力はしたのだが、爆竹の音が思ったよりも大きかったために驚いて失敗してしまった。耳を塞いでいたにもかかわらず、少し頭の中がぐらぐらしている。
 ここまでやれば、さすがに相手もただでは済まないだろう。たとえ動けたとしても、近距離であの爆音を聞けば、三半規管がまともに働かないはずである。
 そう思いつつも、念のためにすぐ対応できるように三本目のナイフを構える。そして、砂のカーテンが晴れるのを待つ。
 しかし、悠長に待っている暇はないことをすぐに理解させられた。
 突然、視界が反転した。
「がっ!」
 遅れて、頭を激痛が襲う。
 上から頭を殴られたのだ、ということを把握するのに少し時間がかかった。その間に、マグヌスの体は地面に組み伏せられていた。
「――ったく、随分と面倒くさいまねをしてくれんな。まさか爆竹持ってくるとは。あー、まだ頭がくらくらしやがる」
 ぶつぶつと文句を言いながら、男はマグヌスの腕を締め上げる。
「ぐ、ああ」
「ん、お前やっぱ若いな。にしては、魔術の威力が強い」
「『同調・我が――っ』」
「こら、勝手に詠唱すんな」
 反撃をしようと呪文を唱えるが、それもすぐに妨害される。首を叩かれ、声にならない息を吐きながら、マグヌスは苦しそうにあえぐ。
 見たところ、男にはまったくダメージはなさそうだった。先ほどの爆竹のダメージもないのだろうか? 頭がぐらぐらするとは言っているが、あんな近距離で食らえば耳を塞いでいようが何をしようが、ただで済むはずがないのに。
「どう、して?」
「ん?」
「どうして、無傷、なんだ」
 賢明に絞り出した声に、相手は「ああ」となんでもないことのように言う。
「あの距離は正直やべぇかな、とは思ったんだが、物理的なダメージは少なかったんだよ。――それに、三半規管ってのは、訓練すりゃある程度丈夫になるんだ。ま、それでもこのざまなんだが」
 そう、苦々しそうに言う。十分に化物染みた行為だが、彼の中ではこれでも悪いほうらしい。
 その言葉を聞いて、マグヌスは相手への認識が甘すぎたことを悟った。
「――ん、援軍か?」
「……?」
 呟いた後の男の行動はすばやかった。すぐにマグヌスの拘束を解き、マグヌスの方は見向きもせず、援軍のほうに向かっていった。
 締められた腕の痛みに耐えながら、マグヌスは後ろを振り返る。確かに、数人が向かってきている。マグヌスは敵が来たという情報がきてすぐ、何も考えずに飛び出してきていたので、今どういう状況になっているか分かっていなかった。
 ――まずい。あの人数では、この相手には敵わない。
 先ほどの交戦で、マグヌスはそのことをはっきりと理解していた。力の差が違いすぎる。こいつを倒すには、数十人がかりで反撃する暇も与えず攻めるか、マーカスや炎帝レベルの人間が相手をするしか方法はない。
「っち、この」
 マグヌスは痛む体を鞭打ち、立ち上がった。
 相手は、もうマグヌスは敵でないと判断したのだろう。まったく対策を採らず、まっすぐに向かってくる山賊の方へ走っている。
 自分は、相手の眼中にもないのか……。
 トータルでの力の差を理解してしまったからこそ、いっそう悔しい。
 だったらせめて、今自分を放置したことを後悔させてやる。
 マグヌスはそう思い急いで歩き出そうとして――
「え?」
 体が崩れ落ちた。
「え、あれ? なんで?」
 体に、力が入らなかった。
 まるで自分の体が自分のものでないかのように力が入らない。体が動かなくなっていた。
「ちょ、ちょっと待てよ! おい、こら! テメェ何しやがった!」
 マグヌスは一人寂しく叫びながら、必死で悪あがきをした。
 ……体が動くようになったのは、その十分後だった。


◆◇◆


 爆竹を大量に投げられたと分かった瞬間に、ヤバイと思ったのは確かだった。
 しかし、思った以上にダメージはなかった。それはおそらく、投げられた爆竹の物理的な殺傷能力が低かったからだろう。
 爆竹というのは、音と破裂した破片の二つが危険なものである。そのうち、音は申し分なかった。だが、肝心の飛び散る破片の方は、そこまでたいした威力を持っていなかった。おそらく、材料が思わしくなかったのだろう。
 破裂音を間近で聞いたことに対する対応も、少年に対して話した分で大差ない。ただ、そこに付け加えるとしたら、ハワードは今までも人体のどこかが狂った状態での戦闘を何度も経験してきた。たとえ三半規管が軽く狂ったとしても、その誤差を踏まえたうえで動くことは、少しならできるのだった。
 ――取り押さえた少年には、最後に置き土産としてしこたま慣れない気功を叩き込んでみたが、とりあえず一度も受けたことがなければ当分動けないだろう。
 ハワードは、山を駆け上がりながら、向かってくる敵をすれ違いざまに切り捨てていた。
 わざわざ立ち止まって全員と戦う必要はない。一々立ち止まったりなどしていたら、すぐに囲まれてしまう。一対多数の戦闘の場合、できる限り一対一に持ち込むのがベストなのだ。
 四人ほどとすれ違っただろうか。とうとう集落の入り口らしい、木で作られた門の近くにたどり着いた。山の一角を区切るように木で作られた壁の、一つだけ開いている場所。
 その場所に、男が一人立っていた。
 魔術師が好む服装であるローブ姿。フードは被っておらず、髪の毛は黒い。夜のように透き通った黒目に、厳しく引き締まった表情。
 ハワードはその立ち姿に、思わず感嘆の言葉を漏らす。どうにも、彼だけは一味違う雰囲気がにじみ出ていた。
「あんた、マーカス・ケルフィンか?」
 立ち止まり、彼の目の前に立ちながらハワードは確認を取ってみる。
「そうだが。なぜ私を知っている?」
「あんたほどの有名人が山賊なんかにいたら、そりゃあ知られるさ。元マラの魔術師で、オフィカナを潰した張本人。爆破の魔術師、《崩壊の世界(エンド・ディストラクション)》。今までも、名前だけなら聞いたことがあったしな」
「……随分と懐かしいあだ名を。――しかし、それにしたところでマラにいたときにつけられた名で、抜けたときには捨ててしまったものだ。もう関係はない」
「そうかい。ま、別にどうだっていいけどな。とりあえず、俺はハワード・カロル。ギリシャ文字の……っと。所属は別にいいか」
 そう言いつつ右腕を前に出す形でハワードは構えると、一言告げる。
「一応、用件を言っておくぜ。お前らが一週間前に奪った魔法剣を蒐集に来た。ついでに、《炎帝》と呼ばれている人間を討伐しろということも言われているが、とりあえずは魔法剣が先だ。魔法剣はどこにある?」
「倉庫、といえばいいかな。そうか。やはりあれが目的か」
「なんだ。分かってはいたんだな。もし返してくれるんなら、あんまり手荒なまねはしないと誓うが、どうする?」
「あの剣は危険なものだから、そうしたいのは山々だが……」
 ちらり、とマーカスは背後を振り返った。
 ハワードもその視線の先を追う。その先では、山賊たちが集落の中で武器を構えて待っている。その目は、マーカスに期待のこもった視線を向けている。
「……一応、私はここの長のようなものだ。何もせずに引くわけにも行くまい。それに、お前の言った二つ目の目的の事もある。ここは、とりあえず通さない」
「そうかい。だったら、交渉決裂だな」
 そう告げるや否や、ハワードは笑いながら地を蹴って駆け出す。
 相手も、すぐに動き出す。
 二つの影が交差した。
 ハワードは自らの手を手刀の形にし、向かってくるマーカスに向けて穿つ。狙うのは胴体でなく喉元。ローブを羽織った魔術師に対して、胴体を狙うような迂闊なまねはできない。
 しかし、喉元という細い的を狙ったことで、命中率も落ちた。当たると思ったすばやい突きは、紙一重で避けられ、体が前のめりになる。
 すぐに踏ん張ろうとするが、そこでマーカスはローブの下から何かを取り出してきた。長方形の紙で、何かが書かれている。術符だろうか。
 ゆらゆらと青白い光を発するその術符を放りながら、マーカスは呪文を詠唱する。
「『集まれ炎の礎となれ。爆ぜる音聞き宴を上げよ』」
 投げられた術布は空中で停止し、纏っていた青白い光を一気に集束させる。それとともに、周りの空気がそこに集められていくように、風が流れる。
 ハワードはそれを横目で見ながら、いったんマーカスから距離をとろうとする。――しかし、それをさせないとばかりに、マーカスはハワードの腕を掴み、グッと逆に引き寄せてきた。
「って、この」
 悪態をつこうとするが、それを意に介さず、マーカスはすばやくハワードの後ろに回りこむ。そして、術符のほうへハワードを身代わりにするように押し出した。
 がっしりとマーカスの腕で組まれた状態で、ハワードは身動きが取れない。
 次の瞬間、爆音が響く。
 純粋な、炎による爆発。とっさに全身を鉄に変化させたが、それも熱によりすぐに高温になり熱くなる。鉄になった体は、幸い融点に届かなかったのか原型は保っている。しかし、それでも正直危ないところだった。
「ぐ、う」
 ハワードがほっと安心したところで、今度はマーカスがうめき声を上げる。ハワードは無事だったが、その体を掴んでいたマーカスは、体温の上がったハワードの体をじかに触っているために、伝わる熱で火傷を負ったのだ。
 全身を襲う熱さを耐えながら、ハワードはマーカスを振り払う。そして、熱の抜け切らない鋼鉄の体のまま、マーカスに対して蹴りを振るった。
 狙いも定めぬまま繰り出された蹴りは、マーカスの胴体に丁度良くヒットした。
 灼熱の温度を持った蹴り。ガードする間もなく、マーカスの体は熱に焼かれ吹っ飛ぶ。
「……っ。『大気よ場に散れ。炎よ点を衝け』」
 飛ばされながら、半ば反射的に彼は詠唱をする。
 その言葉とともに、ハワードの脇で空気の温度が上がるのを感じた。
 とっさに避けることはできないと判断し、できる限りダメージを軽減させるために身構える。
 そして、爆発。
 衝撃が、両側から全身を襲う。今度は熱よりもその衝撃の方が酷かった。かろうじて受身の体勢は取れたが、身近な木に体を殴打される。
「ぐ、おぉ」
 体を襲う鈍痛に思わずうめく。
 木に手をかけながら、ハワードは立ち上がる。見ると、マーカスのほうもふらふらとしながら立ち上がっていた。
 距離は十メートルほど。縮められない距離ではない。
 しかし、相手の魔術を見ると下手に近づけない。さすがに名を轟かせてある魔術師だけある。術符なしでも十分高威力の魔術を出せる。
 それに、まだ彼は全力を出していないはずだ。聞いた話だと、マーカスは『神秘』まで踏み込んだ魔術師だという。だとしたら、この程度の実力ではないだろう。
 さて、どうするか。
「おいおい、マーカスさん。あんた、もうボロボロじゃねぇか。まだ俺は、あんたに蹴りを一発食らわせただけだぜ?」
「……蹴るついでに随分と荒い気功を叩き込んできたくせに良く抜け抜けと言う。そういうお前だって、随分とダメージが大きいようだが?」
「はん。この程度の傷、戦場にいりゃ日常的なもんだろ。別に大したことじゃねぇよ」
 手をかけた木の枝を無造作に手で折りつつ、ハワードは軽口をたたく。
 マーカスのほうも、「そうだな」と僅かにその表情を緩めながら答える。そして、懐から数本の黒い棒を取り出し、両手に握り持つ。
「そこからの距離、肉弾戦しかできないお前が近づく前に、私は術を形成できるぞ? さて、どうする、ギリシャ文字の刺客よ」
「はっ、舐めんな。そんな簡単にいくようで、戦場を渡り歩いていけるか」
 ぐっと手の中の枝を握りこみつつ、ハワードは答える。
 実際、遠距離用の手段をほとんど持たないハワードは、膠着した状態でのこの距離はかなり不利である。ちなみに、投擲用のナイフなども一切持っていない。
 枝を持ったハワードに対して、マーカスは平坦な口調で言う。
「その枝でも投げるつもりか? しかし、それでは重量がまったく足りない。この距離を届くとも思えないが?」
「ああ、こんな細い枝がそこまで届いたら、俺だって奇跡だと思うぜ。まして、お前を妨害するなんてもってのほかだ」
 嘯きながらも、ハワードはそれを投げるために構える。
 言動と動作が一致しない行動に、マーカスは怪訝そうに眉をひそめる。
 しかし、最終的には気にしないことにしたらしい。彼は両手の指の間に挟んだ黒い棒を構え、そして呪文を詠唱しようとする。
 と、それを見ると、ハワードは口の中で小さく呟いた。
「ニック、行くぜ」
『へへっ。ま、頑張れ』
 ハワードの言葉に、契約主である竜神が答える。
 その言葉とともに、僅かにハワードの体が黒味を帯びる。
「いっけぇ!」
 そして、ハワードは手に握った枝を、思いっきりマーカスに向けて投げつけた。
 何の変哲もない枝。重量も耐久性もない。しかしその枝は、予想に反して鋭く、一直線にマーカスの方へ飛んでいった。それは、まるで寸鉄を投げたかのように空を裂く。
 この離れた距離から攻撃が来るはずがないという僅かな油断のために、マーカスはこの一撃を無防備のまま受けた。肩口にずぶりと刺さった枝を、うめきながら反射的に抜こうとする。
 抜いた枝は、ただの枝ではない。
「ほら、休んでる暇はねぇぜ!」
 マーカスが枝を確認しようとしているところで、ハワードは距離を縮め、拳を振るう。
 すかさず対応しようとするが、反撃はできない。後手に回っているために、守るので精一杯のようだった。そのことを理解し、ハワードはいっそう攻撃の手を増やす。
 そこからは、ほとんど殴り合いだった。
 途中、何度もマーカスは呪文を唱えようとするが、その度にハワードの攻撃が邪魔をして失敗する。呪文を詠唱するタイミングが掴めないでいた。
 対してハワードの方も、これといった決め手を繰り出せないでいた。マーカスは肉弾戦の方も、防御のみではあるがある程度できるようだった。そのため、決して手加減はしていないが、どの攻撃も決定打とはなっていない。
 ――だが、その膠着状態もすぐに終わりを告げる。
 マーカスの息が荒くなっていく。無理もない。彼は魔術師であり、肉弾戦が専門と言うわけではないのだ。対して、ハワードは接近戦が一番得意なのである。
 疲労が溜まり始めたマーカスの動きは、次第に鈍くなっていく。
 そして、何回目かの拳の応酬のあと。――マーカスの防御の手が、空を切った。
「――え?」
「残念。こっちだよ」
 ハワードは呟きながら、マーカスが守ろうとしていた方と反対側から、回り込ませるようなフックを浴びせた。
 ゴンッ、という鈍い音。それとともに、マーカスは地に伏せた。
 随分と、あっけない決着だった。
「――はぁ、なんとか片付いた」
『随分と危なかったじゃないか。ハワード』
 ハワードの言葉に、ニックが憎まれ口を叩く。
 いつの間にか、ハワードの皮膚は黒色から元の色に戻っていた。
「悪かったな。なかなかタイミングが掴めなかったんだよ」
 拗ねたようにハワードは答える。そして、倒れているマーカスの様子を見る。
 気絶しているようだった。狸寝入りでないことは、ハワードにはすぐ分かる。そして、それを確認するとすぐ、今度は立ち上がり周りを見渡す。
 場所はそこまで離れていなかった。門は目の前にある。それを確かめ、今度は敵の姿を探す。
 ここに来るまでの間に切り伏せた山賊たちは、それほど深手でなかったために、さすがに復活していてそれぞれ離れた位置でハワードを見ている。しかし、攻めあぐねているのか、立ち止まったまま動かない。
「ん? どうした? 来ないのか?」
 それに対して、挑発するようにハワードは軽く言う。
 しかし、それでも動こうとしない彼らを見て、ハワードは興味をなくし、「ふん」と鼻を鳴らすと、門の中へ入った。
 中の方も同じ状態だった。みんながみんな、前線に立っている人間は武器を持って立っているが、一人として動こうとはしていない。
 無理もない。おそらく、マーカスは彼らにとってそれだけ強大な存在だったのだろう。そんな彼ですら敵わない相手に、迂闊に攻撃を仕掛けられるはずがない。
 と、思っていたのだが、どうもそう簡単にはいかないらしかった。
 殺気。それも、本当に刹那的なもので、神経を尖らせていなければ感じ取れないほどのもの。
 それを感じ、ハワードはとっさに体を横に動かす。
 すると、さっきまでハワードが立っていた位置に、閃光が走る。目にも止まらぬ速さで何かが跳んできたのだ。そしてそれが着弾すると同時に、地面に炎が舞う。
「……、へぇ」
 顔を引きつらせながら、ハワードはその跡を見る。
 炎の玉だったと思う。しかし、しっかりと視認することは出来なかった。
 向かってきたほうを見ると、建物があった。その屋根のところに、人影があるのが分かる。
 まず目に入ってきたのは、赤い髪。灼熱の炎のように赤く長い髪の毛は、根元のところで一本に結ばれているようだ。
 体つきは小柄だった。せいぜい十代前半だろう。まだ子供と言っていい風体だった。
「誰、だ?」
 その赤髪の子供は、抑揚のない言葉で一言そう聞いてきた。


◆◇◆


 四方から向けられる殺気立った視線よりも、屋根の上から向けられてくる冷たい視線の方がハワードには強烈に感じた。
 敵意丸出しの、鋭い視線。これほどの視線を向けられたのは、久しぶりだった。
 その視線に僅かに身を固めつつ、ハワードは口を開く。
「俺か? 名前は、ハワード・カロル。一応、仕事でここに来た」
 答えながらゆっくりと立ち上がる。そして、正面を見上げながら聞く。
「お前が、《炎帝》か」
「……お前までその名で呼ぶのか」
 なんだか、不服そうな声が返ってきた。
 あれ? なんか間違えたかな、とハワードは一瞬思ったが、考えてみれば否定の言葉ではない。嫌そうに顔を引きつらせてはいるが、あの子供が《炎帝》で間違いはないだろう。
 ――しかし、この威力。
 ハワードは横目でちらりと始めに炎の玉が着弾した地点を見る。未だに消えず燃えている炎。そして、その抉れた地面。
 はっきり言って、局地的な威力ではマーカスの魔術をはるかに上回るのではないかと思う。必要な力を必要な点に集められた攻撃。炎の温度も、先ほどマーカスから何度か食らった爆発なんかとは比べ物にならないだろう。
 あー、まずいな。と心の中でハワードは嘆息する。これほどの技量なら、おそらくフィーネが行った目測は正しい。さて、彼女が四割と言った勝率、自分だったら何割くらいになるだろうか――
「一応、用件はお前らが手に入れたって言う魔法剣なんだが、……って!?」
 言おうとしたところで、いきなり《炎帝》が手をかざし、炎の玉を飛ばしてきた。
 紙一重で避けることができたが、僅かに火傷はしたようだ。通り過ぎていった右側の腕の皮膚が僅かにひりひりとする。
「んの、突然攻撃すんな!」
「知るか」
 まあ、その通りであるのだが、《炎帝》の話をまったく聞く気がない攻撃に、ハワードはカチンと来る。
「そうかい。だったら、やっぱ力ずくで――っ!」
 答える間もなく、続けて、連続で炎の玉が飛んでくる。
 喋る余裕すらもない。それをハワードは必死で避ける。
 一つ一つが、視認するのも困難なほどのスピードを持っている。目で追わずに感覚でそれを避ける。途中、危ういところがあったが、どうにかかすり傷ですんでいるようだ。
 しかし、それもこのままでは長くは続かない。《炎帝》は攻撃の手を緩める気はないらしく、次々に手のひらから炎の玉を打ち出している。
 ――炎使い。それも、並大抵のものではない。
 予備知識としてフィーネに言われていたので、ある程度は想像していたが、しかしこれほどとは思わなかった。これだけの威力を出せる使い手は、ギリシャ文字やその系列の組織の中にも何人いるだろうか。――いや、それ以上に予想外なのは、
(まだガキじゃねぇかよ)
 少なくとも、始めに出会った少年よりも年下だろう。そんな子供が、どうしてここまでの力を。いや、それはいいとしても、どうして。
「おい、こら! 少しはこっちの話を聞け!」
「その必要は、ないっ!」
 言いながら、《炎帝》は両手で炎を投げつけるように振るってくる。――その火球は、始めは今までと同じ球状だったが、ハワードの目の前で突然炎が広がった。
「わっ!?」
 炎のカーテンが迫ってきたとでも言おうか。反射的に伏せたおかげで大事はなかったが、もし今までのように横に避けようとしたら、直撃を食らっていた。
 どうやら、ワンパターンで攻めるほど馬鹿ではないらしい。
「くっそ。めんどくせぇ」
 ハワードは避け続けることを諦める。そのまま相手の疲労を待とうと思ったが、その可能性は限りなく低いだろう。だったら、こちらから攻めるまでだ。
 前に向かって走る。先には、山賊たちが武器を構えて立っているが、突然向かってきたハワードを見て驚いて動けないでいる。
「どけっ!」
 止まることなく走り続ける。すると、ギリギリで山賊たちは悲鳴を上げつつ避けた。その様子は、まるでハワードのために道を明けたようであった。
 ――と、そこで炎の攻撃が止まる。味方に誤爆することを恐れてだろう。そこに、いったん隙が生まれた。
 それを好機と見て、ハワードは地面に手をやる。パッと見て、地面には落ち葉があるくらいで、何も武器となるようなものはない。
 ハワードは仕方なく落ち葉を、黒く変色した腕で拾う。そして、手裏剣を投げるように思いっきり《炎帝》に向けて投げつけた。
「ほらよっ!」
「ぐっ」
 落ち葉はまるで鉄片でも投げたかのように鋭く飛ぶ。それを紙一重で避けた《炎帝》の頬には、僅かに切り傷が生まれた。
「まだまだ!」
 続けて三枚、落ち葉を投擲する。そのどれもが、《炎帝》に向けて鉄片の如くその牙をむく。
 そのうちの一枚が、《炎帝》の足元に刺さる。それを避けようとして、ただでさえ屋根の上という足場の悪い場所にいる《炎帝》のバランスが崩れた。
「こ、のぉ!」
 たまらず、《炎帝》は体制を立て直す前に屋根から飛び降りる。そして、上空から手のひらをハワードへと向けて、周りに被害が出ないように一直線の炎を放ってくる。
 が、攻撃面積が狭いので、避けること自体はたやすい。
 ハワードは僅かな動きでその攻撃を避けると、落ちてくる《炎帝》を構えて待つ。
「お、おおおおお!」
 雄たけびをあげながら、《炎帝》は落ちてくる。
 次に、二人とも手を突き出していた。
 方や鋼の抜き手、方や炎を纏った拳。二つは、上空で交差する。
 圧倒的に不利だったのは、上空から攻撃するしかなかった《炎帝》の方だった。
 迫りくるハワードの手刀を避けようとするが、上手く身動きが取れないために肩口を切られる。また、リーチの違いから《炎帝》の拳はハワードに届かず、空を切った。
 なすすべもなく《炎帝》は地面に落ちる。小柄な体でかろうじて受身は取ったようだが、ダメージは残っているようだ。
 倒れていたのも束の間、弾かれるように《炎帝》は起き上がり、炎を投げつけてくる。
 単調な攻撃。痛みでまともな狙いが定まらないのか、さっきまでとは比べ物にならないほど攻撃の手が緩い。
 投げられた三つの炎を、ハワードはやすやすと避けて《炎帝》に迫る。
 ――接近戦なら、こちらのほうが分は大きい。
「くそ、くそっ」
 焦りだす《炎帝》。しかし焦れば焦るほど、その狙いは余計に定まらなくなっていく。
 先ほどから見ていると、《炎帝》はどうやら遠くからの炎の攻撃は強いが、接近戦ではその小柄な体のためにそこまで驚異的ではないようだ。リーチが違う。腕力が違う。
 だからハワードは、炎を飛ばしてくるその姿を冷静に観察しながら、タイミングよく地を蹴り跳ぶと、《炎帝》に向けて蹴りを食らわせる。
 蹴りは胴体に入り、小柄な体が吹っ飛んだ。
 思ったとおり、無防備なまま、ろくな防御対策も取れていない。肉弾戦が不慣れというのは思った通りのようだ。
 倒れた《炎帝》がよろよろと起き上がる。そして、怒気のこもった視線をハワードに向けた。
 激しい殺気。びりびりと肌を刺激させるそれは、しかし何か違和感がある。
 なんだ? これは。
「おい、お前……」
「――はあっ!」
 話しかけようと手を伸ばすが、相手にされない。気合とともに、《炎帝》目が見開かれた。
 瞬間、ハワードの目の前の地面から、禍々しい炎が勢いよく噴出してきた。
(って、やばくないですかこれは)
 高密度の炎が、目の前をさえぎる壁のように迫ってくる。先ほど食らった攻撃は、上空からの攻撃だったために、伏せれば避けられるだけの隙があったが、今回はそれすらもない。
 熱気が空気を伝い先に感じられた。まるで皮膚を裂かれるような鋭い熱に襲われる。
「ちぃっ」
 覚悟を決めるしかない。
 避けるのを諦めて、ハワードは気合を上げながら逆に自ら前進した。
 その際、腕がまた黒く変色していく。それだけではおさまらず、腕にはまるで鱗のように切れ目が入る。また、腕のみではなく全身も浅黒く変色していった。
「ぐ、っ」
 熱い。
 左腕が炎の中に入り込む。思った以上に、炎の壁は分厚いようだった。
 この状態は長くは持たない。生身よりもましというだけだ。
 全身が炎に焼かれる。内側の炎は、外側の炎に比べて少し温度が低いという話だが、全身を焼かれた状態ではそんなことまったく関係なかった。とにかく、貫かれるような感覚が体中をくまなく襲ってくる。
 熱気を振り払うように、ハワードは声を上げる。それは、ほとんど咆哮だった。
 そして、一気に地を蹴り炎の壁を突き抜けた。
 抜けた先に、《炎帝》の驚いた顔が見える。
「まさかっ――」
「終わりだっ」
 ハワードは小さく呟きながら、《炎帝》の目の前に着地する。
 すでにその皮膚は黒くなかった。その代わり、炎の中を通過したためか、ところどころ真っ赤になっている。しかし、それでも思ったほどダメージの大きくない腕を、ハワードは《炎帝》に向けて突き出した。
 振るわれた右腕に、《炎帝》はなす術もなくしりもちをつく。
 倒れても、すぐに立ち上がろうと足掻いたが、そこに刃物に変えられたハワードの右腕が突きつけられた。
「とりあえず、勝負ありだ」
「…………っ!」
 小柄な《炎帝》の肩が、びくりと震えた。


 ――山賊の集落をハワードが訪れて僅か二十数分。
 その間に、ハワードは集落の中でも中心となる実力者であるマーカス・ケルフィンと《炎帝》を打ち破り、表面的には制圧しきった。
 その二人が敗れた以上、山賊側に打つ手はなかった。


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西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
http://emptyreader.blog81.fc2.com/

自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
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同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


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