空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『火炎鳥の涙』 第二章Bパート
 ……更新するだけで精一杯。

 二章Bパート。しかし、あんまり言うことないな……。


 とりあえず、今日はとっとと寝ます。








◇◆◇


 体が火照っていて、頭がぼおっとする。
 泥の中にいるようなだるさは、まったく消えていなかった。おかげで機敏な動きがまったくできない。本当ならば、あそこまで無防備に殴られることはないのに。
 カールスは、ハワードと名乗った男を黙って見上げる。
「あー、ちょっとさ、とりあえず何か話そうぜ?」
「…………」
 困ったようなハワードの言葉に、カールスはひたすら黙って睨みつける。
 喋りたくなかったというのが一番の気持ちだった。話せばそれだけで疲労感が襲ってくる。だから黙る。必要最小限しか話す気はなかった。
 周りはそんな自分たちを、固唾を呑んで見守っているようだ。戦うために武器を持ってはいるが、誰も進んで戦おうとはしない。
「――はぁ、しゃーねぇな」
「えっ?」
 思わず声が漏れてしまった。
 それほど、ハワードの行動は予想外だった。
「さて、これでまだましだろ? そりゃあ、刃物向けられたままじゃ話しにくいよな」
 そう、ハワードは先ほどまでカールスに突きつけていた右手をひらひらさせつつ言った。
「ど、どういうつもりだ!?」
「どういうつもりもなにも、とりあえず俺はお前と話がしたいんだよ。マーカスはあそこで倒しちまったから、代わりに誰かと話さなきゃなんなかったし。――お前、とりあえず一番強いんだろ?」
「…………」
「まあ、いくら強いって言っても、お前みたいなガキが一番ってのも問題だよな」
 ふん、と皮肉気に鼻を鳴らし、ハワードはしりもちをついているカールスに目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「とりあえず、用件は二つ。お前らがちょっと前に盗んだ魔法剣。それを取り戻して来いというのと、《炎帝》と呼ばれる人物の討伐。そんで、一つ目。魔法剣のことなんだが、どこにあるか知ってるか?」
「……悪いが、そういうことはマーカスの方が詳しいから分からない」
「あー、やっぱそうか。……っち。まずったなぁ。こんなことなら気絶しない程度にボコッとけばよかったな」
 そう、ぶつぶつと呟いている。
「まあ、過ぎたことはいいか。んで、次だが、《炎帝》の討伐。これも、まあ攻略してるしいいか。一応制約は付けてもらうけど――っと、危ない。とりあえず、お前が《炎帝》でいいんだよな?」
「……そう呼ばれているが、その名はあんまり好きじゃない」
「へぇ、じゃあ、ホントはなんていうんだ?」
「……カールス。カールス・イシルド」
 少し口ごもりつつも、カールスは素直に本名を言った。
「ん? イシルド? ――なんか聞いたことあるな。確か、火炎鳥の……」
「たぶん、考えているのであっていると思う」
 正直にカールスが白状すると、ハワードは驚いたように観想を言う。
「へぇ。ってことは、お前、もしかしてその生き残りか。あの事件は一時期結構問題になったからな。そりゃすげぇ」
 二年くらい前だっけか、とハワードは呟くように言った。
「そんで、その火炎鳥の一族の生き残りが、どうしてまた山賊なんかにいるわけ」
「……関係、ないだろう。ボクがどこで何をしようと」
「そうとも言えないんだよな。火炎鳥の一族ってことは、その力のことも分かるし。――あー、悪いな。少し、読ませてもらうぜ」
 何を言っているんだろう?
 そう思ったが、何も言うことができなかった。
 突然、ハワードの右手がカールスの頭に添えられた。
「なっ!?」
「き、貴様! 炎帝に何をっ」
 カールスは思わず息を呑み、周囲は突然いきり立った。
 カールスを守ろうとしてだろう、周囲で固まっていた山賊の数名が、武器を構えてハワードに襲い掛かっていった。
 鍬や鎌が、背後からハワードに振り下ろされる。
 しかし、それに彼は反応しなかった。何もせず、三つの刃物を生身で受け止めたのだ。
 ギンッという金属音が響いた。
 驚きを隠せない山賊。それは、カールスも同じだった。頭に添えられた手を感じながら、カールスは恐る恐る視線をあげ、ハワードの表情を見る。

 ――彼は、愕然としたような様子でカールスを見ていた。

「……お前」
 ハワードの口から、そんな言葉が漏れた。
 そして次に、イラついたように立ち上がる。
 立ち上がりざま、彼は背中に振り下ろされていた刃物と、それを持っている山賊たちを乱暴に、そして無造作に振り払う。
 彼の腕の一薙ぎで、三人はいともたやすく弾き飛ばされた。
「――くそ。こいつら、気づいてねぇわけがないよな。それとも、気づかないふりしてやがるのか? ……くそっ。言いたくても、他人のコミュニティには干渉しちゃいけねぇんだっけな」
 どうしようもない鬱憤を抱えたように、ハワードは表情をゆがめている。何をそんなに怒っているのだろうかと、ぼおっとした頭のままで思う。――が、すぐに察する。
「お、お前、まさか」
 まさか、隠していたことを彼は知ったのだろうか?
 しかし、どうやって。
 理由として考えられるのは、先ほど頭に添えられた右手。そういえば、人に触れることでその人の過去を知ることができるという能力があるというのを聞いたことがある。まさか、彼もその部類なのか?
「まさか、ボクの……」
「あー、なんなんだよくそ。だいたい、お前もお前だ! イライラするから、その作った言葉遣いを止めろっ」
「……え?」
 怒鳴り散らすハワードの言葉を理解できず、カールスは思わず言葉を漏らす。
 どういう、意味、だ?
 なにを、言って……。
「なに、が……」
 わけが分からず、頭が真っ白になる。呆然とした顔で、カールスはふるふると頭を横に振る。
「こ、言葉、遣い? 何のことだ。ボクは、そんなもの、作ってなんか。ボクは、ボクは……」
「あ、……わ、悪ぃ。つい」
 がたがたと体がひとりでに震える。そんなカールスの様子に、ハワードが慌てて何かを言っているようだが、うまく理解できなかった。
 しりもちをついた状態で後ずさりをしながら、頭の中で様々な事柄が回る。
 作った言葉遣い。
 作られた、人格。
 ふさわしくあるための。
 それらしくあるための。
 誰かの上に立つために、身に着けた。
 何かの役に立つために、身に付けた。

 紛い物の、自分。

「あ、ああ、……」
「お、おい、どうしたんだ? カールス」
 震えが止まらない。寒くはないのに。むしろ、体は熱に浮かされるほど火照っているのに。それなのに、体が震えてたまらなかった。
 ボクは、誰かのためになりたかった。
 山賊の、新しい居場所のためになりたかった。

『――そのために、自分を作った、ですか?』

「っ!?」
 思考を先攻するように、どこからか知らない『声』が響いた。
 しかし、その通りだった。
 頼りになる人物を意識した。それは、昔故郷の集団で教わったもの。故郷の集団で、強要されたもの。
 ――ふふ、そろそろ、頃合いですか。
 え?
 何? なんだ、今のは?
 頭の中で、『声』が聞こえる。それと同時に、ちらりと映像が頭を掠めていった。
 馬鹿にしたような、軽薄な言葉が頭の中で響く。
『――くす、さて、なんでしょうね?』
 声は、クツクツと笑う。
 心底可笑しそうに、軽快に笑う。
 頭を侵すように、嫌らしく笑う。
 クスクスと、
 ゲラゲラと、
 笑う。
 嗤う。
 哂う。
 うる、さい。
 うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい――
「やめろおおおおおおおおっ!」
 ブツン。
 狂いそうな頭を抱えながら、カールスは絶叫した。


◆◇◆


 カールスの絶叫は高く、そして鋭く辺りに響き渡った。
 しばらくたってそれがおさまると、ゆらり、とカールスはおもむろに立ち上がる。
 その様を、ハワードは呆然としたまなざしで見ていた。
「おい、カールス?」
 突然叫びだしたと思ったら、生気のない表情で立ち上がって、こちらを見ている。そんな姿に、ハワードは思わず声をかける。
 しかし返答はない。ただ黙って、焦点のはっきりしない目で見つめてくるばかりだった。
「――熱い」
 やっとカールスの口から出てきたのは一言。ただ、そう呟いた。
 熱い? 何が。
 そう、聞き返す余裕はなかった。
 カールスが、手のひらをハワードに向けてきた。その手のひらに、炎が灯る。
(――ちょっと待て。この位置は)
 ハワードの後ろには、山賊たちもいるのだ。それなのに、どうして。
「熱いの。……熱いの。ねえ、熱いの」
 まるで酔ったように、カールスはあえぐ。そして、息を切らせながら、にっこりと笑った。
 ――その笑みは、幸せそうだった。嬉しいことがあった少女のように無邪気で、面白いことがあった少年のように邪悪で、追い求めた快楽にたどりついたかのように恍惚としており、苦しみから解放された安心に身を任せているかのような、そんな笑み。
 そんな、正気ではない狂気の笑み。
「ふ、伏せろ、お前ら!」
 とっさに、ハワードは自分の後ろにいる山賊に対して叫んでいた。
 その瞬間、カールスの手から炎が放たれる。
 真っ直ぐに高密度の炎が突き進む。叫んだ後は、他人の心配をする余裕はなかった。ハワードは必死にその炎を避ける。
 紙一重だった。一本に結んだ長髪の先が焼かれたのが分かる。もし直撃を食らっていれば、まともに四肢が残っていたとは思えない。
 そして、通り過ぎる炎の衝撃に、体が僅かに浮く。
「う、く」
 地面に受身を取って倒れる。とりあえず、炎によるダメージはないようだ。
 それを確認すると、すぐに背後を振り返った。案の定、避けたレーザーのような炎が山賊たちを襲うところだった。
 悲鳴。そして、爆発。
 逃げ遅れた人間が真っ黒に炭化して倒れているのが確認できた。それも、ばらばらに砕けてしまっている。
「おい……お前!」
「はあ。はあ、はあ……」
 上を向いて息を切らせているカールス。その小さな体は、小刻みに揺れている。
 ハワードの呼びかけにも反応せず、カールスは熱に浮かされたようによろよろとゆれ、――そして、どさりと突然その場に崩れ落ちた。
「ちょ、って、おい」
 わけが分からず、ハワードはとりあえず倒れたカールスに近づこうとする。
 ――が、その手は阻まれた。
 突然、ハワードの目の前に黒い棒が刺さった。それが、爆発したのだ。
 とっさに体の前で腕を組み、衝撃を緩和させる。
「な、なんだ?」
「炎帝に――」
 目の前に、誰かが跳躍してくる。
 その人影は、着地する前にハワードに向けて何かを投げてきた。黒色の、長い棒のようなもの。地面に突き刺さったものと、同じものだろうか。
 反射的に左腕で払う。――と、払った瞬間、それも軽く爆発した。
「ぐぅっ」
「――近づくな!」
 怒鳴り声。
 それとともに、爆風の合間から拳が飛んできた。
 さっき食らった爆発のため、左腕は痺れて動かない。上半身をよじり、無理やり右腕で対応する。ぐっと受け止め、相手の顔を確認する。
 襲い掛かってきたのは一番初めに相対した少年だった。
「お前……炎帝に、何をしやがったっ!」
 怒りに顔をゆがませながら、少年はハワードに向かってほえる。その怒りにただならぬものを感じ、ハワードは思わず身構える。
 どうやら、最後に打ち込んだ気功の影響からは抜けたらしい。
 彼は両手の指の間に黒い棒を挟み、鋭くハワードを睨みつけている。
「……はっ、誰かと思ったら、一度負けたやつが、一体何の用だ?」
 苦笑いをしながら、ハワードは言う。
 左腕の動きを確かめてみる。――どうも、まだ痺れている。血が出ているわけではないが、なんだか力が入らないのだ。
 厄介なものを、と心の中で嘆息する。
「炎帝を傷つけただけで、お前は重罪だ」
「あー、待て待て。今のそいつがそうなってるのは俺の所為じゃ……って、話を聞けって!」
 目の前に黒棒が投げつけられる。それを避けながら、ハワードは叫ぶ。
 どうも、話を聞く気はまったくないようだ。
 カールスを相手にしたときとまったく同じ状況に、ハワードは苦笑する。しかし、悠長にしている暇はない。
 先ほどのカールスの様子。あれは、明らかにおかしかった。
 もしかしたら、自分の考えているよりも少しばかり今の状況は込み入っているのかもしれない。それを確認するためにも、早くカールスの状態を確認しなければ。
 そう思うのだが、すぐに少年からの妨害が入る。
「『水よ踊れ炎よ舞え。狂い騒げ我が許す』!」
 黒い棒を投げつけながら、少年が呪文を詠唱してくる。瞬間、その黒棒が炎を伴って爆発。その衝撃が、すべてハワードの方へ向かってくる。
 耐えることができなかった。爆風に身を任せ、地面に叩きつけられる。
「が、あ」
 衝撃が全身を襲う。
 舐めていた。始めに相対した時に、魔術の実力があるとは確かに思ったが、それでもここまでの威力ではなかった。どうやら、全力ではなかったらしい。
 舌打ちをしながら急いで立ち上がる。すると、すぐに彼が向かってくるところだった。
 少年が右手を突き出してくる。それを横に避け、すかさずカウンターで右ストレートを返す。
 殴られ一瞬少年の動きが止まる。そこにすかさず追撃をするが、すんでのところで、バックステップで少年は逃げる。
「お前ら! 何ボケッとしてるんだ!」
 そして、少年は叫ぶ。どうやら、周りで固まっている山賊に向かって言っているらしい。
 その声にハッとなり、周りが一気にハワードに向かって襲い掛かってきた。
 まずい、と思わず小さく漏らす。さすがに人数が多い。
 全身を鉄に変え、ハワードはいち早く向かってきた敵を殴り倒す。しかし、すぐに反対側からも攻撃が来る。
 大抵の攻撃は、文字通り鋼鉄であるハワードの体には通用しない。降ろされた桑は弾かれるし、横薙ぎの鎌は欠ける。刃物による危険は少ない。しかし、すべてが大丈夫というわけではない。衝撃自体は中の方に伝わってくるので、緩和されるとはいえ鈍器などの打撃攻撃は効果があるのだ。
 次から次に向かってくる敵の対応に追われるうちに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「『散り集う者は招待客。舞台で舞うは祭りの主人――』」
 詠唱。その声の主を探す。
 少し離れた場所を走りながら、あの少年が呪文を詠唱していた。
 何をする気だ?
 どうやら、長い詠唱のようである。呪文の詠唱は、単純に考えて長ければ長いほど強力な術式である。彼のように術の威力そのものが大きい人間ならばなおさらだ。
「『――お客は手を打ち共に騒げ。主人はそれを囃し立てろ――』」
 殴りかかってくる山賊を弾き飛ばしながら、ハワードは少年の動向を必死で追う。
 呪文の詠唱をしながら、彼は地面に何かを突き刺していた。あれは、なんだろう?
「『――お客は歓喜し大気と舞う。主人は熱持ち浮かされる――』」
 少年はまた地面に何かを突き刺しつつ、そこまで呪文を唱えると、今度はハワードのほうへ向かってきた。
「大丈夫だ! みんな、逃げろ!」
 向かってきながら、少年はハワードに襲い掛かっている山賊へ向けて怒鳴った。
 その声に従い、全員が一斉に退避した。
「な、なに!?」
 今までがむしゃらに攻撃してきていた山賊たちが、たった一声で一斉に引いたことに驚きを隠せない。
 そして、目の前にはあの少年一人。
「『炸裂せよ』!」
 黒い棒を投げながら、少年は叫ぶ。
 先ほどの長い呪文の締めだろうか。そう思い、ハワードはとっさに横跳びに黒棒を避ける。
 が、思った以上に爆発は小さい。牽制程度の威力しかなかった。
 どういうことだ?
 そう疑問に思った瞬間、ハワードはあることに気づいた。
 先ほど少年が地面に突き刺していたものは、彼が投げている黒い棒であるということを。
 それに気づくと、急いで周りを確認する。ハワードを中心に、半径五メートル四方に、黒い棒が五本ほど突き刺してあったのだ。
「『お客の名前は無邪気な水。主人の名前は腕白な炎――』」
 詠唱の続きが、行われた。
 一度切られたはずの詠唱が、再開された。
 ――分割詠唱。
 少年が行った高度な詠唱技術に、ハワードは目を見張った。魔術には疎いハワードでも、それがどれほど驚異的なことなのかは分かっている。――しかし、それよりももっと注目すべきものが別にあった。
 足元に、いつの間にか五芒星が描かれていたのだ。
 それは、ハワードの周りを囲うようにして突き立てられた五本の黒棒を繋ぐようにして作られたもの。簡易ではあるが、『陣』として魔術を執り行うときに使われる儀式場。『内』と『外』を分ける境界線――
「まずっ」
 そう気づいて外に逃げようとしたときには、すでに遅かった。
 少年が、飛び退きながら、最後の一言を述べる。

「『――狂い乱れろ、魔宴の開始だ』!」

 その一言と共に、周囲に魔力が集中し始めた。
 とんでもない、膨大な魔力量に、ハワードは戦慄する。先ほどの呪文の長さと、この魔力量。これは、ほぼ間違いなく『魔法』だ。
 まずい。これは、死ぬ。
 迷いなく、ハワードは直感でそう感じた。
 逃げようにもそんな暇はない。対応するにしても、何をすればいいのか全く分からなかった。
 一つだけ、何かが頭の中を掠めた。何か、生き残る術があったような気がするが――
 それを思い出す前に、爆発は始まった。


◇◆◇


 その魔術は、『爆轟の魔宴』と名づけられていた。
 マーカス・ケルフィンがマラにいた歳、十五年の歳月をかけて作り上げた『魔法』。その内容は、『陣』として形成した場の中のみで、同時にいくつもの爆発を起こすというもの。それは、衝撃波を伴い、反響しあい、敵に逃げ場のない攻撃を与える。
 その魔法を修得するまでのマーカスの十五年は、決して短いものではなかった。むしろ、術の効果を考えたら、時間をかけすぎているという印象もある。ただ、この魔法はマーカスにとってその先にある『神秘』への足がかりであったからこそ、それほどの時間を要したのだが。
 ――この魔法を、マグヌスは二ヶ月で修得した。
 もちろん、マーカスの使うものほど完全ではない。教えるという段階を経て、マグヌスのそれは、『魔法』から『魔道』へとランクダウンしている。――しかし、それでも威力そのものは他の魔術と比較になるものではない。生身の人間が受けて、まともに生きていられるものではないのだ。
 轟音が辺りに響く。空気の膨張温度が音速を超えたために起こる衝撃波が、区切られた空間である『陣』の中で無数に弾かれあう。
 爆炎に包まれたその様子を眺めながら、マグヌスは肩で息をしていた。
 奪われた魔力が半端ではない量だった。体が痙攣したように小刻みに震える。全力疾走したあとのような息切れと疲労感が体を襲っていた。
 ほとんど無我夢中で術を放っていた。今現在マグヌスが持っている最大の魔術。そのことを山賊のみんなは知っていた。だから、率先して陽動を行ってくれていた。
「はぁ、はぁ。さ、さすがに、大丈夫だろ」
 これだけのものを食らって、まともな人間が生きているはずがない。
 そう、まともな人間なら……。
 煙が晴れる。
 そこには、爆撃に砕かれて原形をとどめない、焼け焦げた肉片があるはずだった。
 しかし、現実にある者は、そんなものではなかった。
「――え?」
 戦慄した。
 しかし、体は動かない。すぐにでも反撃をしなければ、と思うのに、体は重たいおもりでも体中につけているように、まったく動かない。
 煙が晴れた先には、敵の男が立っていた。見たところ、外傷はそんなにない。服にすらそれがないところを見ると、本当に無傷そうだ。
 そして、もう一つ見逃せない点がある。
 ――彼の傍らに、もう一つ人影があったのだ。
 その人物は、軽く手に持っているものを振るう。それと共に、周りの煙が一気に弾けとんだ。
 女性、のようである。見惚れるような大人の体つき。髪の毛は長い。グラマーなその四肢を妖艶に動かしながら、彼女は手に持った扇のようなものを優雅に閉じる。
 その姿に、マグヌスは唖然とする。どうして、なんで、という疑問がぐるぐると頭の中を回っているが、何一つとして答えは出ない。
「――ねぇ、ハワード」
 その女性が、なにやら口を開いた。
 誰に話しかけているのだろう、と思ったが、その女性から話しかけられた瞬間、後ろに立っている男がぴくりと体を反応させたので、おそらくそちらのほうに話しかけたのだろう。
 男は、「あー。な、なんだ?」とおっかなびっくり聞き返す。
 次の瞬間、女性が切れた。
「あれっっっほど、絶対に発動条件揃えるなって言ったのに! なんであんたはそろえちゃってるのよこの大馬鹿!」
「悪かったって! マジで対応できなかったんだよ!」
「だったらとっとと逃げなさいよ! なんでこんな戦わなくても済むようなどうでもいいことで命がけになってるわけ!? 百万よ百万!? どうしちゃってくれるのよ!」
 勝手に二人で言い合いを始めてしまった。
 そんな明らかに場の雰囲気を無視した二人に、マグヌスは始め呆然と眺めるしかなかった。――が、すぐにやらなければいけないことを思い出す。
「んの、舐めやがって……」
 震える足に活を入れ、おぼつかない足取りで立ち上がる。
 軽く後ろの炎帝の様子を確認する。気絶したままだ。表情までは見えないが、依然息が荒く肩が上下しているので、辛そうなのはよくわかる。
(よくも、炎帝を……)
 マグヌスは、自分の中に渦巻いている怒りをまとめて目の前の二人に向ける。炎帝をこんなにしたあの男だけは、絶対に許せない。
 そもそもここ数日、炎帝の体調が悪いのは分かっていた。だからこそ、炎帝の負担にならないようにマグヌスは真っ先に飛び出して侵入者の相手をしたのだ。――ただ、その結果がこんな状況を生んでいるのだが。
 全部、自分が悪いのだ。判断が甘すぎた。だからこそ、この怒りは自責の念でもある。その思いを、半ば八つ当たり気味に敵に向けている。
「うおおおおおおおおお!」
 マグヌスは、叫びながら残り数本となった黒棒を全部投げつける。
 口論を続けている二人。不意打ちの形になり、それらに二人は対応できないはずだった。
「『炸裂、せよ』!」
 ほとんど残っていない魔力を搾り取り、マグヌスは決死の思いで呪文を叫ぶ。
 が、黒棒が炸裂する瞬間。女性の方がマグヌスの方に顔を向け、目をスッと細め直視した。
「――――」
 女性が、何かを呟いた。
 彼女は手に持った扇を軽く一振りする。その一振りで、その扇は彼女の身の丈ほどの大きさとなる。さらに続けてもう一振り。それだけで、マグヌスが投げた黒棒はすべて風圧により地面に叩き落された。
「あ、……な、んで」
 渾身の力で叩き込んだ術。それが、発動すらせずに叩き落された。そのことに、マグヌスは愕然とする。
「――『芭蕉扇』」
 そんなマグヌスに対して、女性は囁くように告げる。
「名前くらいは聞いたことがないかしら? こっちじゃあんまり有名じゃないかしらね。一振りで火事山の炎を鎮火させ、二振りで風が舞い、三振りで雨を降らす。今のは、『爆発する』ときに必要な炎の要素を消したの。――といっても、分かる?」
 くすくす、と妖艶に笑いながら、女性はマグヌスに語りかける。
「ま、レプリカだから本物ほどの力はないけどね。それでも、『燃える』という概念要素を消すくらいの術式は込められているわ」
 ちなみに、これも消耗品だからあとでちゃんと払うもん払ってもらうわよ、と女性は後ろの男に向けて突き放すように言った。その言葉に後ろの男は頬を引きつらせている。
 あまりにも簡単に払われたので、マグヌスはショックを隠せなかった。
 だが、それで諦めようとはしなかった。ショックにひざを突きながらも、次の手を必死に考える。魔術がダメなら、接近戦に持ち込めば。――しかし、男の方の接近戦の技術はたいしたものだ。先ほど、あれだけの集団相手に上手く立ち回っていた。女性の方にしても、素人ではないだろう。――それに、あの手にある『芭蕉扇』という武器。あれの威力を考えたら、たちまち周りが吹き飛ばされない。
 ――打つ手が、ない。
 圧倒的な力の差。それを埋める要素が見当たらない。そのことに軽い絶望感を覚えるが、無理やり目を瞑って僅かな可能性を探し続ける。山賊の人員を使って、どうにか対応を――


◇◆◇


 敵の少年が放った『魔法』が発動する寸前、ハワードがフィーネに渡されたお守りが効果を発し、『約束された再会』が発動した。
 これはリープスが説明しなかった点だが、この術式は、長い年月の間にさまざまな世界で起きた数々の『いわく』を元に作製されている。ただ石言葉にこめられた意味を体現させるだけというわけではないのだ。そのため、彼女の言う通りの価値を持っている。
 その効果は、魔術の三段階目、『神秘』というだけあって空恐ろしい。まず、召喚される者は、発動の瞬間『輪廻の外』という空間に放りこまれる。時間の概念のないその場で、被術者は適切なタイミングで、現世に――再会相手の下に送り込まれるのだ。
 そのために、リープスはハワードを助けるための準備をする時間があった。『芭蕉扇』がその一つである。西遊記で有名なこの宝具は、原典はすでに神域に達しており、今現世にあるのはレプリカのみと言われている。その中でも、これは『魔法』レベルの術式を孕んでいるものである。
「ふふ、占めて百五十万七千八百ドルってところかしら。とんでもない値段だけど、ちゃんと払ってよね。分割でもいいから。分かってる? ハワード」
「……おーけー。腹はくくってやるよ」
 ハワードは『芭蕉扇』を振り回すリープスに対して、顔を引きつらせながら答えた。
 その一振り一振りが魔法級の術式であるその扇を、なんともなしに振り回しているリープス。術に必要な魔力は術者から吸収されるものなので、そう簡単に扱えるものではないはずなのだが……。そこから見るに、リープスの魔術師としての技量はやはり半端ない。
 っていうか、彼女の登場によってすべて持ってかれてしまっていた。
「さて、それでどうすればいいの? とりあえず全員ぶっ飛ばす? 戦闘不能程度なら、二振りでできるけど」
「……誰だよ。進んで戦闘しなくていいって言ったのは」
「私だけど、それがどうかした? ……ふふ。でも、今の状況なら、むしろ攻撃した方がいいんじゃない? そのほうが手っ取り早いし」
 登場していきなり物騒なことを言い出すリープス。
 実際、今のところ一番脅威と思われた少年は、今や力尽きて膝をついている。他の山賊たちにしてもほとんど戦意はない。これならば、簡単にねじ伏せられるだろう。
 しかし、それをしていいものかというのもある。
 ハワードの考えとしては、ある程度力の差を見せ付けたら、向こうもおとなしく魔法剣を出してくれるだろうというものだった。それならば、今の状況でも十分だと思う。あまり余計な被害を出すのは好ましくない。
(それに、カールスの事がある)
 あの、《炎帝》と呼ばれていた赤髪の子供。とりあえず、ハワードの中で一番重要なのはカールスのことであった。
 だからハワードは、とりあえず少年という障害がなくなったので、カールスの様子を見ようと一歩前に進んだ。
 しかし、一歩進んだところでリープスが片手で静止を促してくる。何事かと思って振り返ると、彼女は今までにないほど真剣な表情で、少し上を睨んでいた。
「ん、どうしたんだ」
「……逃げるわよ。ハワード」
「え?」
 先ほどまで威勢の良かった彼女が、突然そんなことを言い出したので軽く戸惑う。詳しい話を聞こうとするが、それはある声によって阻まれた。

「『    』」

 聞こえなかった。
 いや、誰かの声が聞こえはしたのだ。しかし、その内容を理解できなかった。まるで、音が右から左に突き抜けたかのように――
 ただ、その声を聞いた瞬間、背筋を舐められたような寒気が全身に走った。
「くっ」
 リープスがあわてて芭蕉扇を二回振る。とたん、二人の上空に暴風が生まれた。
 その暴風は、何かを阻んだようだった。ジュボッと言う音が聞こえ、落ちてきた何かが風にかき消される。
 そうかと思うと、暴風で阻まれなかった周り一帯に、光球が無数に振り落ちてきた。
 それらは落ちる瞬間激しい光を放ち、まるで雄たけびをあげるかのように炎を噴出させる。
 炎が、舞った。
「ハワード! こっち!」
 あわてて周りを確認していると、急に手が引っ張られた。リープスに無理やり連れられて、ハワードは走る。
 逃げながら、ハワードは必死で赤い髪の毛を探す。
(あいつは……あいつは、どこだ!?)
 妙な気分だった。《炎帝》と呼ばれるあの子供は、自分の敵のはずだ。少なくとも、相手から見れば自分は確実に敵だろう。それなのに、なぜだか心配している。
 しかし、ほっとけないという気持ちは重なっていく。その原因について、本当のところは分からないが、一つだけはっきりしている。――それは、カールスの過去。
(く、っそ)
 周りは火の海になってしまった。
 悲鳴が聞こえる。叫び声が聞こえる。そんな中、カールスを探す視界には、逃げ惑う人々が入り込む。安定しない視線を方々へ向け、必死でカールスの姿を探す。
 すると、ちらりと赤い髪が目に入った。急いでそちらを向くと、あの少年がカールスを背負っているところだった。
(――あ。これで、大丈夫、か)
 おかしなことであるが、ハワードはこの瞬間安心した。あの少年は、カールスに対してかなり親愛を寄せているようだということは、先ほどの戦いで分かっていた。
 そもそも、敵である自分が心配していること自体がおかしいのだ。
「ハワード、これから『跳ぶ』けど、いい?」
 いい? と言われたら、うなずくしかない。ハワードは迷わず首を縦に振った。
 すると、リープスはすぐに懐から何かを取り出した。それは、ペンダント。ハワードがフィーネから渡されたものと似たもので、先ほどリープスを呼び出したときに使われたものだ。
「『逆行逆行逆行。反転反転反転。我が名は魔女の名天帝の仮名』」
 そして次に、『芭蕉扇』を後ろに向けて、今度は三回振り下ろした。
 次の瞬間、上空から盛大に水が振ってくる。
 雲は、ない。雨雲などないにもかかわらず、雨が降ってきた。
「『恵みの雨に供物の杯。生け贄授けし天帝よ、時間を逆行・事象を反転』」
 ふわり、と構えていた『芭蕉扇』を閉じる。
 次にリープスは高くその手に持ったペンダントを空へ投げた。
 そして、二人の周りが光に包まれた。


※※※


 山賊の集落から少し登った場所の、とある一本の木の上。
「ふぅ、良かった。ちゃんと逃げてくれた。これで大局はどうにか修正できる」
 そこで、ローアンは双眼鏡片手におっとりと笑いながらそんなことを言った。
 携帯電話を手に持ち、ローアンは電話越しの相手に礼を言う。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「……頼むから、あまり乱発させるな。一、二発ならまだしも、あれだけの数となるととくにな。長距離放射ってのは、ただでさえ疲れるんだから」
「そうみたいですね。見ていて、どうもいつもより威力が足りないように思えましたし」
「悪かったな。どうせ俺は未熟者だ」
 ふんっ、と不機嫌そうに電話越しの相手は鼻を鳴らした。
「すみませんね。本当はあなたに頼むまでのことではないんですが」
「分かってる。《宝庫の担い手》が参戦しているのならば、仕方がない。あの女の恐ろしさは俺も分かっている」
「はは、そう言ってもらえるとありがたいです」
「それで、問題の人間は大丈夫なのか?」
「ええ。計画も順調に進んでいますよ。そうですね。あと一声、何かがあったら――それにしても、たぶんそう遠くないと思いますよ」
 ローアンは双眼鏡ごしに集落を見て、にやり、と笑う。
 状況自体は整っている。後必要なのは、タイミングだけ。
「しかし、本当にお前の考えどおりに物事が進むのか? 正直、ギリシャ文字の連中がそう簡単に見逃してくれるとは思えないんだが」
「ふふ、大丈夫ですよ。その辺は対抗策を取ってます。そのために、軍を動かしているんですから」
「ふん、まあ、俺の知ったことではないからいいが。そろそろいいか? 正直寝たりないんだ」
「ああ、はい。構いませんよ。それでは、おやすみなさい。ドローレス」
 電話が切れた。
 ツーツーという電子音を聞きながら、ローアンは頭の中で計画を確認していく。
「……待っていてください。カールス」
 その声は、まるで慈愛に満ちたように優しかった。

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西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

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『空っぽの知識(読書日記)』
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自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
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