空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『火炎鳥の涙』 第三章Aパート


 ……日付が、変わった。

 まあ、仕方ないので更新だけして終わります。


 第三章Aパートです。
 ハワードの立ち位置が変わるのが一番です。あとはマーカスとマグヌスの関係を少し浮き出るのが分かってもらえればいいな……。








 第三章 それぞれの戦い


◆◇◆


 地獄が広がっていた。
 炎が燃え盛り、高原は焼け野原となる。蹂躙されているのは大地だけでなく、圧倒的な熱気がチリチリと辺りの大気をも侵す。
 戦火はおさまることなく、むしろ苛烈を極めていた。立っているものよりも倒れている者の方が多い。苦しそうな呻き声が辺りに反響し、一種不気味な雰囲気を放っている。
 その中で、ハワードは地面から生えた無数の刃に貫かれていた。
 体中を襲う激痛。鋼の体は、地面から生えた色とりどりの鋭利な刃物によって串刺しにされて縫い付けられている。
 かすれる視線で、ハワードは目の前を見上げる。
 燃える、燃える、燃える、燃える。
 赤く紅い炎が舞う。
 火の粉が踊り狂い、熱風が空気を炙る。
 その燃え盛る炎の中心。そこに、誰かがいる。
 その影は誰か。――見えない。見えるはずなのに、その影は靄がかかったように見えない。一体誰なのか。一つだけ分かることは、それが、ハワードを殺す人物――
「――――」
 ハワードは、何か言葉を放った。
 それに対して返答が来る。必死そうな言葉。だけど、それにハワードは軽く首を振る。
 その時、自分はどんなことを考えているのか。どんな感情を抱いているのか。――分からない。死ぬ間際の自分のことなのに、まったく想像もつかなかった。

 ――死ぬ瞬間、残念そうな、それでいて穏やかな表情をする理由が想像できなかった。



「あー」
 嫌な夢を見た。
 未だ抜けきれない嫌な感覚を感じながら、ハワードは頭をかきつつ顔を上げた。
 たまにあるのだ。疲れて余裕がなくなると、能力が暴走してしまう。知りたくもない未来を勝手に見てしまう。
 リープス曰く、あの山賊の集落から逃げ出す際の術式で、足りない魔力をハワードの生気で補ったそうなのだ。その所為か、なかなかダメージが抜けきれない。
 寝ていた訳ではなく、一瞬意識が飛んだだけのことなので、現実逃避にもならない。ハワードは僅かに嘆息し、解いたままにしている長髪を振り払いながら、目の前に広げてある報告書に向き直った。
「……なあ、ルチア。これ、マジで書かなきゃなんねぇの?」
「当たり前だ。話を聞くや否やいきなり飛び出して、物事を余計にややこしくしてくれたんだから当然だろう? まったく、もう少し考えて行動してほしいよ」
 ハワードが弱音を吐くと、それを受け付けないとばかりに、正面で作業をしているルチアは憮然とした表情で言い返してきた。やっぱり、怒っているようだ。
 この国に到着して、ルチアから話を聞くや否や、ハワードは彼の制止も聞かずに勝手に飛び出していたのだ。
「そんなにややこしくはなってないと思うけど」
「へぇ。勝手に山賊の頭角二人をぶっ倒して、戦況を火に油状態にしてきたというのに、まだそんなこと言うのか。しかも調子に乗ってやられそうになったというのに」
「そうよそうよ。あれほど使うなって言ったのに。ちゃんと借金覚えておいてよね」
「……だから悪かったって。リープス」
 リープスが会話の間に入って文句を言ってくる。どうも、本当に根に持っているようだ。
 そういう彼女は今、ハワードを尻目にソファーに寝そべってテレビを見ている。なんでも逃げ帰るときに使用した魔力が回復するまで一番楽な姿勢でいるらしい。しかし、いい年齢の女性がはしたない格好を……。
 でも、そんな彼女がいなければ、あの場は絶対に助からなかった。
 あの時――
 リープスのとっさに判断により、二人は半ば逃げ帰るようにして山賊の集落を後にしていた。
 突然飛んできた光球。リープスの話によると、あの攻撃はもし直接食らっていれば一発防げればいい方なのだという。
 逃げる瞬間、リープスが唱えたのは『逆転』を基にした魔術で、『約束された再会』の術式を反転させて、彼女が元いた場所に強制転移させたらしい。
 ――旅客機の中。ドイツから中東地区にあるこの地方まで来る間の飛行機の中で、リープスは召喚されたのだという。
 つまり、そこにリープスとハワードは逆召喚されたのである。――ちなみに、いきなり上空六千メートルを飛行中の飛行機の中に不審者が現れたことなどで、かなり問題に発展した。
 結局、最後にはルチアに迎えに来てもらい、ギリシャ文字の権力など全てを総動員して助けてもらったのが、昨日の出来事である。
「まったく、あんなに面倒なことは二度とやらないでくれよ。一応、おおっぴらに魔術やらは使っていいものじゃないんだから」
「それだって、暗黙の了解じゃないか。未だに規制が厳しいのなんて、平和ボケして国家的な戦力放棄している日本ぐらいなもんだぜ。少なくとも軍事国家は大抵使ってるし」
「それでも、だよ。公になったら絶対に問題になるだろうが。君は世界大戦をしたいのか? 言っておくが、私は戦争が嫌いだ」
「俺だって嫌いだよ」
「だったら少しは注意しろ」
 ぴしゃりと、ルチアは言い放つ。
「はぁ。やってしまったことは仕方がないから、とっとと報告書を書いてくれ。それを必要としているところがあるから」
「ん、だが、まだ何も終わってないぞ。最後の正体不明の砲撃もあるし、それに、問題の魔法剣だって結局取り返すことできなかったんだぞ」
 そうなのだ。
 結局、目的の第一条件である魔法剣の回収はできなかったのだ。それについては、ハワード自身もう少し冷静に対処してれば、と反省しているところである。
「ああ、それなんだが……。とりあえず、山賊の現状が判明したから、お前には第一線を退いてもらう。というのが今のところの決定だ」
「は? どういう意味だ?」
「だから、お前はもうこの件には関わらないでいい。あとは他の組織がやってくれるから」
「いや、他の組織って……ちょっと待て。いくら独断専行してたっていっても、こんなところで任務を他の組織に丸投げすることなんて普通ないだろ」
「ああ、普通、ならな」
 そう、ルチアはタバコに火をつけながら苦々しそうに言った。
「この国の軍隊に目をつけられた。あとは彼らがやってくれるってさ」
「……軍隊って、どういうことだよ」
 まったく状況が理解できない。
 そんなハワードに対して、はあ、と深く煙と共に息を吐きながら、ルチアは諭すように言う。
「要するに、自国のことは自国で決着をつけると言いたいんだ、彼らは。山賊なんていつまでも野放しにしているわけにはいかないからな。だったらはじめから自分たちが担当すればいいだろうという話なんだが、正体不明の存在があったからしり込みしてたんだ。それを、お前が先に潜入して内情を報告してくれたから、対応しやすくなったんだよ」
「は? ちょっと待て。俺はそんなことのために潜入したつもりはないぞ」
「私だってそんなつもりでお前を派遣するように頼んだつもりはないさ。しかし、権力の差は大きい。私もこの国ではそこそこ影響力を持っているつもりだけど、さすがにお国に出てこられると何もできない」
 イライラした彼の様子を表すように、タバコの燃え殻が乱暴に落とされる。
 それを見ながら、ハワードはなんともいえない気分になる。
「……じゃあ、この報告書は軍の方に行くのか?」
「そうなる。もう少しで指揮官が来るから、それまでに仕上げてくれ。――と、もうほとんど終わっているじゃないか」
 グッと身を乗り出してルチアはハワードの手元を見る。ハワードの目の前の報告書は、彼の視点から見た山賊の内情と、《炎帝》についての情報が書かれていた。
 と言っても、山賊の方はほとんど問題にならなかった。腕の立つ能力者が三人いるか、もしくはある程度の軍事力を持つ隊で攻めればそんなに困ることもないだろう。
 報告書を書くのにそれほど時間がかかるものでもなかった。
「あと、魔法剣のありかだけが問題だ。結局聞き出せなかったからな。なんか、マーカスが倉庫にあるとかはぼやいてたけど、その倉庫ってのがどこなのかも分からなかったし」
「でも、集落の全体図はある程度分かっているじゃないか。リープスの話を聞く限りだと、そんな確認する余裕もなかったみたいだけど」
「慣れてんだよ、こういうの。空間把握というか、現在位置と全体を捉えるのが」
 主に自分の能力が関係してくるので、具体的に理由を説明するのは難しいのだが。
「まあ、魔法剣があるとしたら多分、ここか、ここだな。片方は食糧庫ってこともあるだろうけど。……しかし、ありゃ山賊の集落って言うより、小さな村って感じだったぞ。男ばっかりならまだしも、女子供も結構いたし」
「そりゃあそうだろう。あの辺一帯で起きている紛争で、居場所をなくした人間が集まって出来たようなものだからな。助けを求めるものは、来るもの拒まずらしい。ただその反面、敵意のあるものや、明らかに裕福そうな人間には容赦がないんだが」
「はあん、それで山賊みたいになったわけか。そりゃ扱いづらいわ」
 んー、と背伸びをしながら、ハワードはルチアに向き直った。
「んでさ、俺は第一線を退くって話だけど、そうしたらもうこの件には絶対に関わっちゃいけないわけか?」
「その通りだが。――まさか、また勝手にやるつもりじゃないだろうな?」
 ジロリ、とルチアの瞳がハワードを見る。
 その様子に、ハワードは苦々しげに舌打ちする。
「ったく。分かったよ。じゃあ俺はとっととドイツに帰りゃいいんだろ。まあ、今回は先走った俺も悪いし、おとなしく退くよ」
 納得いかない様子ながらも、ハワードはそう言って不機嫌そうに背もたれに背をかけた。
 報告書が書き終わったので、ルチアがそれを自分の机に持っていっていくつか必要事項を記入している。
「なぁ、ルチア」
「なんだ?」
「やっぱさ、《炎帝》は、殺されるかな」
「どうだろうな。実際、被害は結構出ているから、おそらく処刑される可能性の方が高いと思うが。……ん、なんだ。気になるのか」
「あぁ。ちょっとな」
 カールスの顔を思い出しながら、ハワードはぼやくように言った。
 あの時、カールスの過去を見て――一番初めに、憤りしか覚えなかった。
 どうして――どうしてこんな、まだ十代の前半の子供が、ここまで重いプレッシャーをかけられながら隠し事をしていなければならないんだ。
 世界中にはいろいろな事情がある。とくに、この国のように紛争続きの国や貧しい国は、辛いなどと言うのもおこがましいほど、悲惨な経験をしている子供たちがたくさんいる。実際、ハワードだってその一人だ。……しかし、カールスのそれは少し毛色が違う。
 それに、気になっているのはそれだけではない。何故か、ハワードの底の根源のようなものが、しきりにカールスを意識しているような気がした。
「あいつはさ……」
 気まぐれで、ハワードはカールスのことを話そうとした。
 と、そこで部屋の扉が開いた。
 それによって、ハワードの話は打ち切られる。そちらに視線を向けると、軍服を着た中年男性が立っていた。
 ルチアがすぐに対応する。どうも、問題の軍の指揮官らしい。
 二、三言話をして、彼は次にハワードの元へ向かってきた。
「ふむ」
 男は舐めるようにハワードの姿を観察すると、「ふん」と鼻を鳴らして口を開く。
「君が、ギリシャ文字のハワード・カロル、か」
「……ああ。そうだが。そういうアンタは?」
 ハワードは顔を上げて男の顔を見ながら答える。自然と、口調には棘が混ざっていた。
 それに対して、男の方も不遜な態度のまま答える。
「マルク・シュナイダー。階級は少佐だ。今回は、協力感謝する」
「はん。何偉そうに言ってるんだよ。一国の、それもこんな端っこの少佐如きが」
「ん? 君はもしかして、身分を大切にする人間だったかな。そうじゃないと思って素直な対応をさせてもらったが、間違いだったら謝ろう。すまなかった。『ギリシャ文字』の文字持ちでもない男に、礼儀を払うのも億劫だったのでな」
 謝っている割には、まったく悪びれた様子がなかった。
 マルクと名乗った男は小太りの体型をしていた。全身から滲み出る、貴族然としたその風体や態度が、余計にハワードの神経を逆撫でる。
「……そんで、アンタが今回の尻拭いやってくれるって? そりゃありがたいね。出てくるのが少しばかり遅すぎるような気もするけどな。ふん。ま、せいぜい頑張りな」
「こら、ハワード」
 喧嘩を売るような言い方をするハワードを、ルチアがたしなめる。が、それに対しても、ハワードはつまらなそうに鼻を鳴らしてそっぽを向くだけだった。
 そんなハワードを見て、マルクは馬鹿にするようにくつくつと笑った。
「始めから期待はしていなかったが、『ギリシャ文字』という組織は、部下の教育もまともに出来ていないようだ。ふん、まあ、私には関係ないことだが」
「あん? なんだって?」
「おい、お前は少し黙ってろ、ハワード」
「けっ。さっきから聞いてれば偉そうなことばかり。自分の国の問題も自分たちで解決できないようなやつらにだけは言われたくねぇよ。偉そうな口たたくな」
「偉そうなのはどっちかな。ハワード・カロル。まったく、これだから野良の集団は困る」
 ぶちり、と頭の血管が切れたような気分になる。
 いろいろと溜め込んでいる所為でイライラしていたところである。余計に気分を悪くされたために、今にも飛び掛りたい気持ちが溢れそうになる。が、ハワードは必死で耐えた。
 そしてその代わりに、一つ、捨てゼリフを吐く。
「あんたらが思っているほど、あの山は簡単じゃねぇぞ」
「ん、それはどういう意味かな?」
「少なくともレベルAの警戒が必要。それが俺の判断だ。それ以上なかったら、《炎帝》にむざむざ焼かれるだけだ」
「だが、その《炎帝》は今戦闘不能状態にあるという。聞けば、君と戦うときもどこか様子がおかしかったそうではないか。そんな状態ならば、通常兵器でも別に大丈夫だろう」
「ばーか。そうやって舐めてると痛い目を見るんだよ。オーバーテクノロジーってまでは言わねぇが、せめて近代技術くらい投入しやがれ」
「役に立たない助言、感謝するよ」
 そう無礼な態度をわざととったまま、マルクはきびすを返した。
 部屋を出る前に、ルチアに「では、これはもらっていく」と報告書を軽く見せると、扉に手をかけた。
 と、そこで、今まで黙っていたリープスが、ソファーに寝そべった状態で口を開いた。
「一番警戒すべきは、《炎帝》よりもむしろ魔法剣の方ね」
 ポツリと英語でただ一言そう言うと、あとは関係がないとでも言うように彼女は目を閉じた。
 ここでは外国語である彼女の言葉を理解できたかどうかは分からないが、そんな彼女をつまらなそうに見て、マルクは興味をなくしたようにそっぽを向くとそのまま外に出た。
 後に、気分の悪い静寂が訪れる。
 その沈黙に耐え切れず、ハワードはおもむろに立ち上がる。
 何か、衝動のようなものが湧き上がってくる。これでハワードのやるべきことは全て終わったというのに、それを認めたくない気持ちが彼の中に確かにあった。
 その、どこに向けていいか分からない衝動を持て余したまま、ハワードはルチアに問う。
「なあ、ちょっと電話貸してくれ」
「ん、いいが、何処にかけるつもりだ?」
 その問いに答えず、ハワードは電話のところまで行き、少し考えた後国際電話をかける。
 意外にも、すぐに繋がった。


※※※


 メタカロスが出かける準備をしているところで、その電話は鳴った。
『おい、メタカロスか?』
 相手は、今出張中のハワードだった。
「ああ、そうだけど。どうした?」
 確か、ハワードから電話がかかってくる用事はなかったはずだった。突然の用事だろうか。
『どうした、じゃねえよ。なんでこんなことになっちまってんだ。中途半端で投げ出すために俺はこんなところまで来たわけじゃねぇぞ』
「ん?」
 なんだか少しイライラした様子のハワードに、メタカロスはしばし悩んだように黙り込む。
 しばらく考えて、やっと彼が怒っている理由を思い出した。
「あ、そっか。忘れてた。悪いな、ハワード」
『わすっ、……って、悪いなじゃねぇよ!』
「どんまい☆」
『うるせぇっ!』
「まあまあ、そう怒らない怒らない」
『……その様子じゃ、テメェ、分かっていやがったな』
 地から這いずるような恨みのこもった声に、メタカロスは少し虚をつかれる。彼がメタカロスに対して怒ることはかなり多いが、その『怒り』と今回の『怒り』は少し毛色が違う。
 そうか。やっぱり、あのことに『怒った』か。
 さて、どう答えようか。と考えたところで、答えは一つだった。
「ああ。知っていたさ」
 正々堂々、誤魔化さずはっきりと言った。
「そっちのほうの軍が動いていることは、ルチアに言われていた。それを伝えられたのはお前を送ってからだったが、その時にでも呼び戻そうと思えば呼び戻せた」
『――だけど呼び戻さなかった。アンタのことだ。それにはなんか意味があるんだろ』
 さすがに、勘がいい。
 メタカロスは苦笑して、「ああ、あるさ」と答える。
「なあ、ハワード。カールス・イシルドには会ったか?」
『……テメェ。まさか《炎帝》の正体まで知ってやがったのか』
「そりゃあね。そうでなかったら、むざむざ相性の悪い人間を派遣したりなんかしないさ。君は特に、『ギリシャ文字』にとっては大切な人材なんだからね」
『大切な存在、ね。ふん。……それで、俺に何をさせるつもりだったんだ?』
「じゃあ逆に聞こう。君は何をしたいと思った?」
 不機嫌そうなハワードの言葉をひっくり返すように、メタカロスは聞き返した。
『何をしたいか、だって……?』
「ああ。そうだ。山賊の村の住人や、マグヌスという少年。マーカス・ケルフィン。そして、カールス・イシルド。彼らを見て、君は一体何をしたいと思った?」
『おい、それは逆だろ。なんで俺が自分でしたいことなんて考えなきゃなんねぇんだ。俺はアンタの部下で、アンタの命令に従うしかないのに』
「そもそも、それが間違っているとは思わないか、ハワード」
『は? 何処が間違っているって言うんだよ』
「僕がするのは、任務を与えるだけだ。それにどう対応するかは、個人の自由だ。それが文字持ちの権限だし、それが『ギリシャ文字』という組織だろう。お前も、『ギリシャ文字』の番外位なら、少しは自分で考えて行動しろよ」
 まるで開き直ったように言うメタカロスの言葉に、ハワードの息を呑む様子が電話越しでも分かった。
 が、やがて我に返ったように苦々しそうな声が返ってくる。
『……無茶苦茶だ』
「ああ。無茶苦茶さ。実際、みんながみんなに好き勝手やられたら、困るのは僕のほうだ。だけどね。今回のこの件に関しては、君に全権を渡したはずだ」
 これは賭けだった。
 危険な賭け。ハワードの判断一つで、戦況はまったく別の面にひっくり返る。下手をすれば、取り返しのつかないことになる。運命を左右するといっても過言ではない。
 そのきっかけは、たった一人の青年が、たった一人の子供に対してどう接するかにかかっている。
「カールスの過去を見たんだろ?」
『……ああ』
「許せなかったか?」
『ああ』
「だったら、何かしてやりたいと思ったはずだ」
『…………』
 沈黙する。
 その沈黙を突き放すように、メタカロスは言う。
「休暇をやるよ。先週一週間分の有給だ」
『え?』
「好きに使え。その間のことは気にしないでいいよ。ふふ、もとより、君の分の穴は僕が埋めるつもりだから」
 困ったように、電話越しで黙ったままのハワード。
 だが、最終的には諦めたのか、『分かったよ』と口を開いた。
『だったら、好きにさせてもらう』
「ああ。好きにしろ。他国の軍だろうがなんだろうが関係ない。誰が文句言おうと、僕が許す。この、『ギリシャ文字・Ω』が、すべてにおいて許可を与える」
 だから、頑張って来い。
 そう、メタカロスは締めくくった。
「さて。ここまでたきつけられて、何もしない男ではないよな。ハワード」
 通話を終了し、可笑しそうにメタカロスは笑う。
 これで、ハワードは大丈夫だ。
 あとは――
「僕の方、か」
 光の入らないように閉ざされた窓の方に視線を向ける。かすかに見える外は、まだ少し明るいようだった。
 彼の手元には、先ほど別途で送られてきた資料――リープスからの、事後報告があった。その中には、山賊の村で正体不明の襲撃を受けたこと。そして、その近辺での情報屋の報告などが書かれてある。
「ローアン・クルセイド。それと、……おそらく、ホセ・ドローレスか」
 第三勢力。
 山賊とも、ギリシャ文字や軍隊とも違う、第三の勢力。
 リープスの報告だけでは予測できないはずのその二人の人物を、メタカロスは把握していた。
「何が目的なんだろうな。なあ?」
 誰もいない室内で、虚空に向けてメタカロスは問う。
 もちろん返答らしいものは聞こえない。しかし、何も聞こえない中でメタカロスは、「うん。そうだね」と独り言を呟く。
「さて。それじゃあ、どちらかは僕が受け持たなきゃならないかな。うーん、シャルロットからの報告待ちだけど、彼女でもちょっと時間かかるだろうなぁ。――さて」
 机の上の鞄を手に取り、メタカロスは楽しそうに呟く。
「じゃあ久しぶりに、夜を堪能しますか」


◆◇◆


 通話を終えたハワードは、のしかかってくるものをふるい落とすように息を吐いた。
 嫌でも、メタカロスの言葉が思い出される。
 何をしたいと思ったか。
 何をしてやりたいと思ったか。
 カールスの過去を見た。あのどうしようもなく意地っ張りで、どうしようもなく負けず嫌いで、どうしようもなくませていて、どうしようもなく子供っぽい。
 ほとんど知らないはずなのに、そのすべてを知っているような錯覚におちいる。
「俺は……」
 どうしてやりたい?
 そして、自分はどうするべきだ?
 ――答えは、決まっていた。
 それは直感に近いもの。もとより、根拠なんて少しもない。だけれど、ハワードには一つだけ、カールスに対して惹かれることがあった。
 ――多分、あいつは俺にとって、とても重要な意味を持っている。
 それが何を意味するかは分からない。ただ、カールスの過去を読んだときに同調して分かった。カールス・イシルドという人物は、ハワード・カロルにとって重大な意味を持つ、と。
 それに、それだけじゃない。
 個人的に、カールスの境遇に賛成できないというのもある。
「行ってやんよ。メタカロス」
 口の端をにやりとゆがめながら、ハワードは自分に言い聞かせるように言った。
 そして、背後の人物に対して振り返る。
「文句はねぇよな? ルチア」
「……私にそんな権限はないよ。まあ、せいぜい私に迷惑がかからない程度に暴れてくれ」
 やれやれ、と半ば諦めたようにルチアは苦笑している。
 そして、次にハワードはリープスの方を見る。
「ん? 何? 手助けが欲しい?」
「いや、別にいらねぇよ」
「ふぅん。……ま、それならいいけど。あ、そうだ。これを渡しとかなきゃね」
 今思い出したとでも言うように、リープスは気だるげにソファーから起き上がると、自分の鞄の中を漁り始める。
「えっと、メタカロスに渡されたのは……はい、これ」
「……なんだこれ」
 受け取ったのは、一個の石――少し大きめの赤い宝石のようなものだった。
「それを飲み込みなさい」
「え?」
「いいから。早く。あ、絶対に噛み砕かないで。飲み込みなさいよ」
 少し疑いながらも、言われるがままにそれを口の中に入れる。ガラスのような舌触り。少しだけ、鉄の味がする。ちょっと大きいそれを、硬さを我慢して飲み込んだ。
「よし、いいわ」
 そう言うと、続けてリープスは、聞き取りきれないほど早口に呪文を唱えた。
「これで、ひとまず私の役割は終わり。んー。いい仕事したぁ」
 そして、何か成し遂げたかのように背伸びをすると、そのまま再度ソファーに寝そべった。
 リープスの役割は、ここで終了。
 しかし、ハワードの役割は、ここから開始だ。
 気合を入れるために、ハワードは山賊の村から帰ったときからそのままだった長髪をまとめてゴムで括る。感じていた鬱陶しさがすっきりとする。
 ――これからやろうとすることは、この国に喧嘩を吹っかけるも同然の行為だ。
 カールスを助ける。ついでに、あの山賊も助ける。
 手遅れになる前に、追いつかなければならない。
「んじゃ。一丁やりますか」
 パンッと、ハワードは片手の拳をもう片方の掌にたたきつけた。


◇◆◇


 それは、古い記憶。
 誰かが覗き込んできている。
 それをカールスは、寝転がったまま、何もできないままに眺めている。
「君の名前は、カールスだ。カールス・イシルドだ」
 除きこんでいる男性が、そう言い聞かせるように言ってきた。
 その言葉に、傍らにいた女性が息を呑む。
「あ、あなた。それは」
「分かっている」
 男性はそっと、赤い髪の毛が生え始めたばかりのカールスの頭を撫でる。
「だが、仕方がないことだ。火炎鳥は××が継ぐのがしきたり。××で生まれてしまったからには、こうするしかない」
「しかし、この子は……っ」
 反論しようとして、女性は勢い込むが、言葉を途中で止める。そして、苦虫を噛み潰したような表情でそっと目を伏せた。
 彼女も分かっていた。それしか方法がないことを。一族の長になるには、こうするしかないことを。
 だから、せめての悪あがきとでも言うように、女性は恨み言を吐いた。
「この子に、×××らしい生き方はできないのですね」
「そもそも、人間らしい生き方も求められていない」
 間髪いれず、残酷なまでの男性の言葉が返された。
「外から来たお前には分からないだろうから、理解しろとは言わない。ただ、納得してくれ」
「……分かっています。それは、あなたに従うと決めた日から」
 ただ、と女性は寂しそうに続けた。
「わが子の幸いを願うことさえできないことが、悲しいのです」
 その言葉を、まだ自我も持っていない頃のカールスは、はっきりと聞いていた。
 それが、父と母の覚悟の瞬間。
 そして、カールスの運命が決定付けられた瞬間だった――


 体中が炎にくべられたかのように熱を持っていた。
 荒れる息を抑える術はない。ゼェゼェと喉からただ漏れになる空気は、少しもカールスを楽にはさせてくれない。
 そんな中で、カールスは一つの夢を見た。
 とても懐かしい、そして覚えているはずのない光景を。
 ゆっくりと、重たいまぶたを開く。
 話し声が聞こえている。何を話しているのだろうか。声は複数ある。これほどの人数の集まりは、山賊の村ではとても珍しいことだ。
「――死者は十人もいるんだぞ」
「――けが人の数は――」
「――次に攻めてこられたら、どう対策をとる」
「《炎帝》がこの様子では、しばらくは難しいだろう――」
「――だが、しかし」
 頭は沸きあがったようにぼうっとしているのに、思考だけは勝手に働いた。話の断片から、状況を理解していった。
 死者十名。けが人四十七名。他にも、動けはするが怪我をしていない人間は一人もいない。
 ハワードと名乗る男の襲撃から、すでに一日が経っていた。
 けが人の三割はハワードによるもの。二割は、カールスがあの時放心した状態で放った攻撃によるもの。そして、残りの五割は、突如振ってきた空からの光弾。
 被害は甚大。
 山賊の村は、ほぼ壊滅したといってもいいほど蹂躙されていた。
 男たちが話し合いをしている。この被害をどうするか。そして、これからどうするか。もし次に攻めてこられたら、確実に終わりだ。
 そんな中で、話し合いはいつしか責任のなすりつけあいになっていた。ここ最近の若い者たちの行動を注意せずにいたのが悪いだの、村に引きこもって何もしていなかったのが悪いだの。
 どこに責任があるわけでもない。だが、どうしようもなく不安な彼らは、どこかに責任を求めたがっていた。
「私が、食い止められなかったのがいけなかった」
 そう言ったのは、この山賊の村の長的な役割をしているマーカスだった。
 これも責任から来た言葉だろう。マーカスは、真正面からハワードと対峙して、そして敗れていた。おそらく、《炎帝》を除けば唯一対抗できる人間だったはずだ。それなのに、むざむざ負けた。負けさえしなければ、こうはならなかった。
 そう謝るマーカスに、カールスは何か湧き上がるものを感じた。
 違う。そう叫びたい気持ちでいっぱいになる。違うのだ。マーカスが責任を負う必要などない。一番問題なのは、この村で最強のはずのカールスが負けたことだ。
「黙、れ……マー、カス」
 絞り出すように出された声は、意外にもよく響いた。
 声と共に、ゆっくりと、カールスは寝転んだ状態から上半身だけを持ち上げる。
 その行動に周りがどよめく。しきりに、無理はしないでください、というカールスを気遣う声が聞こえる。しかし、それに構わずカールスは立ち上がった。
 よろけながらも、二本の足でしっかりと立つ。
 威厳を示すように、堂々と床を踏みしめる。
「今回の件、すべての責任はこのボクにある」
 そして、そう宣言した。
「《炎帝》が、負けた。……それは、あっては、ならないことだった」
 荒れた息のせいで切れ切れになりながらも、カールスは言葉を続ける。
「そのあってはならないことを、実現、させてしまった。――すまなかった」
 熱に浮かされて、今にも倒れそうだった。しかしそれでも、カールスは立っていなければならない。立って、みなの上に立たなければいけない。
 山賊のみなが、《炎帝》を頼っているのだ。信頼している。信仰している。その期待は、盲信的なほど一途。――それを裏切るわけにはいかない。
 だからカールスは立つ。立って、彼らの信仰する《炎帝》を演じる。
 それが、カールス・イシルドという存在の持つ意味だから。
「安心してくれ。もう、こんなことはない。誤って味方を攻撃してしまったような奴に言われても説得力はないかもしれないが、信じてくれ。――ボクは負けない。お前たちの《炎帝》は、もう二度と負けない」
 限界を超え、体がよろける。
 慌てたように、脇に控えていた侍女がカールスの体を支えた。
「炎帝、炎帝っ!」
 呼びかけても答えはない。もう意識は途切れているようだ。すぐにまたいつものハンモックに寝かせられ、熱を冷やすためにも侍女たちが数人で団扇を扇ぎ始めた。
 ハンモックの上で苦しそうに息を切らしている《炎帝》の姿は、年相応の幼さがあった。
 しかし、先ほどの姿は、そんな子供っぽさからはかけ離れていた。
 ――最後には倒れてしまったが、そのカールスの言葉は、その場の空気を変えていた。
 カールスの覚悟を――《炎帝》の堂々とした姿を受け、諦めに染まりかけていた場が、僅かに緩んでいたことに、誰もがすぐに気づいた。


◇◆◇


 マグヌスは一人、何処に向けていいのか分からない憤りをもてあましていた。
 炎帝を守れなかった。それだけがマグヌスを責め貫いている。自分がもっと強ければ――あの襲撃者よりも強ければ、炎帝が傷つくことはなかった。
 ――強くなりたい。
 ずっと、それだけを思って修行してきたはずだった。
 きっかけは些細なこと。初めてカールスに出会ったときのことである。燃え盛る炎の中で、カールスは一人、無数の敵がうずくまる中、凛とたたずんでいた。
 その姿は、あまりにも美しかった。
 外見で言えば、マグヌスよりも幼い。まだ少年と少女の中間のような、中世的な面影を残しているほどである。そんな年下の子供が、その場ではまぶしいほど美しく見えた。
 その瞬間だろう。マグヌスは、その姿に憧れにも近い感情を持ったのだ。
 憧れは、カールスが山賊の村で過ごすようになってからさらに強くなっていった。炎帝の強さは本物だった。他の追随を許すことのない強さ。この村の最強であるはずだったマーカスでさえ、カールスの前では膝を突いた。
 炎の帝王。
 まさにその言葉が似合う。圧倒的な強さに、絶対的な炎。カールスを《炎帝》と呼び始めたのは誰だったか。いつしか、その名前は集落では当たり前のものとなった。
 強くなりたい。炎帝のように、強くなりたい。
 いつのまにか、マグヌスはそう思うようになった。
 追い求める理想は高く、憧れは遠い。
 マグヌスは、自身の中で炎帝という存在がどんどん大きく、そして神格化されていくのを感じていた。悪くはない。憧れは強ければ強いほど、大きければ大きいほどいい。それならば、追い求めるためにいくらでも頑張れる。
 手始めに、マーカスに弟子入りするところからはじめた。
 本来ならば炎帝に直接弟子入りしたいくらいだったが、あいにく炎帝の持つ力は異能だった。異能とは、その身に持つそれぞれ独自の才能の発露。それは真似しようにも出来ない、次元が違うものだった。
 だからこそ、異能を体現するための、魔術を習うことにしたのだ。
 魔術の修行は純粋に楽しかった。練習すればするほど、マグヌスは術を修得していった。そのスピードは、師であるマーカスが言葉を失うほどである。彼は特別なんとも思っていなかったが、その修得率は、本来ならばありえないものなのだという。
 魔術は、マグヌスが呼びかけるだけで付き従ってくれた。
 本来ならば懇願する立場のはずの術者が、逆に術に慕われていた。それがマグヌスにとっては当たり前だった。だから未だに、マーカスが言う、『術の理解』という概念は分からない。
 そんなことをせずとも、魔術は扱える。
 意固地にそう思い込み、マグヌスは術の触媒である炭素棒を振るった。呪文を詠唱すれば、それに大地の魔力が騒ぎ、術式が答えてくれる。相手の方から歩み寄ってくれるのだから、マグヌスは気にせずただ利用すればいい。
 ――その考えが、間違いだったのだろうか。
 マグヌスは、今の村の惨状をもう一度見た。
 日は既に沈み、辺りは薄暗くなっている。時刻は夜の十時過ぎ。その暗闇の中見える、集落の惨状。大地が抉れ、家が破壊され、木々は砕け、村人は傷つき倒れて治療を受けている。二人だけいる治癒専門の気功使いが忙しく動き回っている。そんな、悲惨な光景。――山賊の集落は圧倒的なまでに壊滅しきっていた。
 襲撃者の強さを、改めて思い出す。
 彼は、自分だけではなく、マーカスや炎帝すらも倒していた。いくら体調が悪かったとはいえ、炎帝が負けたなんて未だに信じられない。しかし、それだけの力を敵は持っていた。
 そんな敵に対して、自分は何が出来た?
 炭素棒を一本握りこみ、マグヌスはそれに視線を向ける。自分は、魔術をちゃんと全力で使用できていたのだろうか?
 分からなかった。マーカスが言うような、自分から術に歩み寄る、という考え方は未だに理解できていない。だからこそ、マグヌスはまだ、自分が完全な形で魔術を扱えているとは言い切れなかった。
 それでもいいと思っていた。手段さえ多ければ、あとは戦略でどうにかなるとタカをくくっていた。――その結果が、今回の敗北である。自分の考えが完全に間違っているとは思わないが、甘かったことは認めざるをえなかった。
 次に襲撃者が攻めてきたとき、自分はどうすればいい?
「俺は……」
 もう失敗は許されない。
 もう敗北は赦されない。
 炎帝があんな状態である以上、この村で異能や魔術に対抗できるのはマーカスとマグヌスしかいない。ある程度戦闘に自信のある人物も何人かいるが、それでも今回の襲撃者レベルだったら、異能がある分差が出来る。
 しかし、そう言っても自分やマーカスでも一度あの男に負けているのだ。絶対に大丈夫というわけでもない。
「でも、やらなきゃいけないんだ」
 挫けそうになる心を奮い立たせるように、マグヌスは力強く言った。
 その言葉に、
「ああ、その通りだ」
 隣から声が聞こえた。
 伏せていた視線を声の方に向ける。そこには、これから先のことについて話し合い中のはずのマーカスが立っていた。
「何だよマーカス。話し合いはもういいのか?」
「ひと段落着いた。いや、着かされた、といった感じか。――カールスの一言がなければ、ずっと堂々巡りの責任のなすりつけ合いだっただろうな」
「っ! 炎帝が何か言ったのか? だ、大丈夫なのか炎帝は!」
「……正直、見ていて痛々しいほど消耗している。立ち上がって少し話をしたが、そのあとすぐ倒れたしな」
「…………っ」
 言いようのない苛立ちが、高い波のようにマグヌスの心の中を打ち寄せる。
 そんなマグヌスの様子を見て、マーカスは呟くように言う。
「カールスは、『安心しろ』と言った」
「え?」
「村がこんなことになったのは自分の所為だと言ったんだ。象徴的な存在である《炎帝》が負けた。それがこの村に与えた衝撃は、確かに大きい。そのことを分かった上でカールスは、もう二度と負けはしないと言ったんだ。次に敵が攻めてきても、自分がいるから大丈夫だと。熱に浮かされて足元がおぼつかない状態のくせに、あいつは胸を張って言った」
「…………」
 実際は見てもいないのに、マグヌスにはその姿が想像ついた。
 自分よりも年下とは思えないほどの責任感。確かに、炎帝は強い。その強さは、戦闘面だけでなく、精神面にもある。人の上に立つと言うことの意味を、炎帝はあの年齢で知っている。
 だから、時として無理をする。
 王はくつろいでいるだけではいけないのだ。すべての行動が、従う人間に安心感を与えるようにしなければならない。
 だからこそ、どんなに辛いときでも立たなければならない。立って力を証明しなければ、その組織は崩壊するだけだ。
 そんな炎帝を、自分は見守ることしか出来ない。それが悔しい――。
「やらなければいけない」
 マグヌスの言葉を繰り返すように、マーカスは言った。
「お前はさっきそう呟いた。その通りだ。戦わなければならない。襲われれば、否応なく戦わなければならない。それはこの村の業だ。生き残るために、賊まがいのことをやったのだから、粛清されても文句は言えない。もしそれが嫌ならば、戦うしかない」
 もう負けは許されない。それを、マーカスも分かっているのだろう。言葉の端々に、そういうニュアンスがにじみ出ている。
「今回のハワードという男は、珍しい男だった。正直な話、敵が彼であった間に話し合いをつけておくほうが良かったのだが、それももうできない。おそらく次はこうはならないだろう。次は、ほぼ確実に軍隊が来る」
「……そうとは限らないんじゃないか? あの男、どっかのエージェントだったんだろ? ついでに仲間の女もいたし。あいつらは、一人でも十分この山賊の村と渡り合えるってことは証明されたんだから、別に軍隊がくるとは限らないんじゃないか?」
「そう思うだろうが、事情が変わった。この国の内戦は停戦状態になっていたらしい。この国の軍のことだ、他国の人間に国政に介入されるのは好まないだろう」
 だから、とマーカスはそこで一息きって、続ける。
「覚悟しておけ。次がいつになるか分からないが、それまでに立て直さないとこの村は壊滅。――いや、虐殺されるだけだ」
「……んなことは、分かってるよ」
 むしろ、今の今まで保っていられたのが不思議なくらいである。
 こんな難民の寄り合いみたいな村が、そう長く持つわけがない。それに加えて、この村は山賊まがいのことまでやってきている。マーカスの言うとおり、いつ粛清されてもおかしくなかった。それくらいのことはマグヌスも理解している。
 だけど――だからと言って、この村を見捨てるわけにはいかない。実際問題、マグヌスにしたところで居場所と言えるのはここにしかないのだ。一人で生きていくには限界がある。こうして村を形成して、山賊の活動のようなことしか出来ずとも、それで何とか生活できている。そのことは重要なのだ。
「やるしかないんだ。どうせ死ぬなら、最後まで抵抗してやる」
「……だが、死ぬことは考えるな。――と本当は言いたいが、そうも言ってられないな」
 ふん、とマーカスにしては珍しく、呆れたような溜息をついた。
 そして、僅かに言いづらそうに話を切り出す。
「それで、マグヌス。お前に話しておかなければならないことがある」
「なんだよ、改まって」
「カールスのことだ。これは、お前の耳に入れておいたほうがいいだろうからな」
「…………」
 炎帝の名が出たことで、マグヌスの表情がさらに引き締まる。
 その様子を見て、マーカスは続けた。
「あいつは今、明らかにおかしい。症状が回復する様子もない。それどころか、明らかに酷くなっている。本来なら、カールスほどの炎の異能を持つ者が、あれほど高熱に苦しむことはありえない。――それには何か理由があるはずだ」
「理由って、心当たりがあるのか?」
「一人、気になる奴がいる」
 そこで、逡巡しつつもマーカスはその男の名前を言う。
「ローアン・クルセイドを覚えているか」
「三日くらい前にマーカスを尋ねてきたあの男だろ。……まさか、あいつが?」
「予測でしかないが、おそらくな。ただ、カールスの症状と似た魔術を、昔マラという組織で見たことがある。ローアンはそのマラの人間だ。あいつが来た後からカールスの様子がおかしくなったのを考えると、無関係とは言い切れない」
「……それで、どうするんだよ。そのローアンってやつの居場所は分かるのか?」
「ある程度は分かると思う。それで、今からあいつのところに行ってくるつもりだ。だから、お前に一言言っておきたいと思ったんだ」
 そう言ってマーカスは、もう目を合わせる必要は無いとでも言うように、マグヌスに背中を向ける。
 背の高い、大きな背中。そのままの状態で、マーカスは後ろのマグヌスに向けて言った。
「一日だ。明日の、夕暮れまでの間。できる限り、それまでに帰ってくる。――もし帰ってこなかったら、諦めてくれ」
 たった一日のことである。
 しかし、このタイミングでマーカスが村を空けるというのは、とてつもない打撃である。
 村の中心人物を失うのだ。本来ならば許されることではない。
 だが――炎帝に関して、今すぐに対応するには、マーカスが行くしかない。
 だから彼は――
「分かったよ」
 マグヌスは、マーカスの意思を汲んで答える。
「だけど一日だ。明日になれば帰ってきてくれよ。俺一人じゃ、この村を守ることなんて出来っこねぇから」
「ああ。そのつもりだ」
 そう一言言って、マーカスは歩き出した。
 その背中を見送ることなく、マグヌスは不安を振り払うように、逆に背を向け歩き出した。


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西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
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趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

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