空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『火炎鳥の涙』 第五章+

 第五章。いよいよ大詰めです。

 短いのでいっぺんに。というより、プラスαまでありますからね。今までで一番短いくせに。


 とりあえず、叙述とまでは言いませんが頑張りました。途中で気づいた人も多いかもしれませんが、描写の幅という意味ではかなり辛かった……。だから最後に解禁してからはすごく書きやすかったです。(わけが分からないと思うので早く読んで!)


 このラストシーンは、何年もの間何度も反復したものだったので、とりあえず自分的には納得のいくものが出来たと思うのですが、どうでしょうか?

 ま、そんなこんなで。あとは六章で事後処理をやって、エピローグで終了です。あと二回!






 第五章 炎帝の苦悩


※※※


 とある少年の話をしよう。
 若干十歳でとある小さな国の運命を背負わされ、与えられた責務に忙殺された少年の話である。
 彼には力があった。それは夢見の力で、先見を予知するという非常に稀有な力。世界に影響を与えるほどの力を少年は生まれながら持っていた。
 始めは片田舎のちょっとした占い程度だったのだが、やがてその少年の力に国中が頼りきりになった。本来ならばその土地の宗教的に、そんなものに頼る人間はいないはずなのに、それでも人は、その確かな予知を求めた。必ず当たる予言は人々の欲求を揺さぶった。
 初めはそれでも良かった。そうすることで国の治安は守られたし、また外から客が来ることによって村自体も発展したりしたから。
 少年の力がある限り、国は平和だと思われた。
 ――でも、間違いは起きた。
 おきてはいけない、間違いが起きてしまった。
 きっかけは単純な政権争いだ。
 一番の影響力を持つその少年を求めて、二つの派閥が争った。そして間をおくことなく、火の粉は少年にまで及ぶようになった。これまで崇拝していた国民は少年を非難するかさらに奉るかの両極端。しかしどちらも、少年が矢面に立たされている事実に変わりはなかった。
 その間も、少年はずっと夢見を続けた。そうすることを求められた。彼だけは公正であらなければならなかったから、休む間も与えられず次々に予知を出した。
 最終的に、彼がどうなったかはすぐに分かるだろう。
 頼られることの重圧に耐えられなかった彼は、外で仲間を作って、反乱を起こしたのだ。


 辺りには死が蔓延している。むせ返るような生臭いにおいは、火に焼かれて悪臭を増す。
 そんな燃え盛る屋敷の中で、少年は大剣を突きつけてきた。
「お前に。俺の気持ちが分かるか?」
 一言一言に血がにじむような雰囲気が漂っている。その短い言葉の中に、少年は一体どれほどのうらみつらみが込められていることか。
 分かってはいた。少年がとんでもなく辛い思いをしているということくらい。でも、『彼』には何も出来なかった。ただ見ていることしか出来なかった。――それが分かっていたから、『彼』は少年の言葉に何も言えない。
 ギリ、と少年は苛立ったように奥歯をかみ締めた。そして、その手に持った得物を振り下ろす。
 もう何人も手に掛けた血塗られた大剣は、勢いよく振り下ろされ右目に深い切り傷を作る。
 長年の憎悪が込められたその攻撃を、『彼』はただ受けることしか出来なかった。
「お前も、俺と同じ気持ちになってみろ」
 去り際の、少年の背中は非常に印象的だ。
 その事件で、少年の弟は孤児となり、『彼』にはそれまでにない予知の力が備わった。


◆◇◆


 炎の火柱が空に昇った瞬間、ハワードは反射的に駆けていた。
 その後ろを、マーカスがついてくる。
「ハワード! 行き先は分かっているのか?」
「あ? あの集落でいいんじゃないのか!?」
 がむしゃらに走りながら、ハワードは後ろに向かって怒鳴る。
 それに対して、マーカスの方も苦しそうに怒鳴り返す。
「違う! さっき飛び上がった影が落ちていったのは、多分そっちじゃない!」
 木々に覆われた場所からでは見えにくかったが、落ちていったのは別の所だという。
「じゃあ、どこなんだ?」
「そこを右に曲がれ。その後、少し山道を登る!」
 まるであの影が落ちた場所が分かるかのように、マーカスは言う。
「おい、どうして分かるんだ? こっからじゃ、上の方は分からないだろ」
「ああ、分からない。だが、多分カールスならそっちに逃げるはずだ」
 その声には、確信があるようだった。
 マーカスの言う通りに路線変更しながら、ハワードは彼に聞き返す。
「でも、それだと集落の方は見捨てることになるぞ。それでもいいのか?」
「構わん」
 間髪いれずに、はっきりと、彼はそう言った。
「どういう状況になっているかは分からないが、今はカールスを優先すべきだ。あの男の狙いはカールスだからな」
「あの男?」
「ローアン・クルセイド。マラの魔術師だ」
 登る道を指示しながら、マーカスは言う。
「私はあの男にはめられて、あの街に閉じ込められていた。ローアンはカールスを狙っている。それなら、そっちを優先するほうが効率的だ」
「だが、どちらにしても集落の方も確認しといた方がいいんじゃ……」
「道を知っているのは私だけなんだから、そっちに行っている暇はない。それに――」
 僅かに言いよどむようにしつつも、マーカスははっきりと言う。
「これで集落が壊滅したのなら、それも仕方がない。外来の、それもあんな小さな子供に、村の全ての責任を押し付けた私たちが悪いんだ」
 それは、覚悟だったのだろう。
 これまでカールスに負担を強いてきた自分たちを反省する意味での、覚悟。
「だから気にするな。これは私たちの問題だ。それに、お前の目的はカールスだろう」
「……ああ」
 その声に背を押されるように、ハワードは足を速めた。
 やがて、道は崖に阻まれる。
 そこからマーカスの指示に従い、草木に隠された狭い隙間からもぐりこむ。
 その間を抜けると、四方を崖に挟まれた開けた場所に出た。
 轟々とうねる滝の音が凄まじい。四方を崖と木々に囲まれ、そこだけ隔離された異空間のような場所。そこで、少し離れた場所に人影が見えた。
 それを見た瞬間、ふっと頭が軽くなった。
「あいつか!」
 確認したり考えたりする暇も惜しみ、ハワードはとっさに地面に手をやる。
 瞬時に、出来るだけ平たい石を手に取る。そして、大きく振りかぶり寸鉄の要領で投げつけた。
 能力によって刃物へと変えられた小石は、鋭く空を裂き突き進む。
 が、寸前で相手は身を横に投げ、それを避けた。
「――そこまでだ」
 その相手に向けて、ハワードはそう宣言する。
 全身から品がにじみ出ているような、上品な男だった。もし服装を整えれば女性に見えてもおかしくない。身のこなしや物腰の柔らかさが妙に印象的だ。
 そのままじっと、男から目を離さない。マーカスが後ろから追いついてきたのを感じて、ハワードは尋ねた。
「マーカス、あいつか?」
「ああ。あの男がローアンだ」
 辛そうに荒い息をしながら、マーカスは答える。
 ローアンから目を離さず、ハワードはその周囲にも視線を向ける。ローアンが先ほどまでいた位置に、何か赤いものが倒れている。彼の目ではぼやけてしか見えないが、詳細な情報は感応能力が教えてくれる。
 それがカールスであると、すぐに分かった。
 警戒しながら、ハワードは歩を進める。もし反撃されたらすぐにでも反応できるように、ローアンへの警戒は一瞬たりとも解かない。
「あんたが、黒幕なんだってな」
 手始めに、探りを入れる意味も込めてハワードはそう尋ねた。
 その問いが自分に向けられたものだと気づいたのか、飄々とした答えが返ってくる。
「黒幕、ですか。まあ、確かにそのようなものでしょうね。――大方、事情はマーカスから聞いているんでしょう?」
「ま、ある程度はな」
 実際は別の話ばかりしていたためほとんど知らないのだが、話を合わせるためにそう嘯く。
「そんで、お前はカールスに何をしようとしてるんだ?」
 答えによってはただではおかないというニュアンスを込めつつ、ハワードは言う。
 しかし、そんな言葉も効果をなさず、「ふふ、なにを言ってるんですか?」ととぼけたような返事が返された。
「私は何もしていませんよ? ――といっても、その様子じゃ信じてもらえそうにありませんね。まったく、悲しいことです」
「ったりめぇだろうが。さっきまでカールスの傍でじっとしてたくせに。誤魔化されるかよ」
 ムカムカと湧き上がってくる苛立ちを抑えつつ、ジッとローアンの目を見続ける。
 ぴりぴりとした緊張の中、ローアンは「はぁ」とため息をついた。
「まったく。面倒くさいものが出てきましたね。大体、あなたはカールスの敵のはずでしょう? 私が何をしようと、あなたに関係があるようには思えませんが?」
「いいや。今は関係ある。だって、俺の目的はそいつを助けることだからな」
 はっきりとハワードはそう断言する。
「それは――どういう意味ですか? 確かあなたは山賊を討伐する側だったはず。それが、山賊の頭たる《炎帝》を助ける、というのは」
 理解できないというように、わざとらしく首をかしげるローアン。
 それもそうだろう、とハワード自身分かっているから、余計なことは言わない。
 ただ、自分の目的を提示し、それに準じるだけ。
「というわけで、カールスから離れろこの魔術師」
「断る、と言ったらどうしますか?」
「実力行使に出るまでだ」
 体を半身に構え、低く唸るように凄んだ。
 相手との間合いは十メートルほど。この程度の距離ならばすぐに埋められる。見たところ、相手はそれほど体術が得意な体をしていない。戦闘よりも、どちらかといえば研究方面が専門の、オーソドックスな魔術師なのだろう。
 だとすれば、分は全面的にハワードにある。
 すぐにでも弾けそうな緊迫した空気の中、二人は静かににらみ合い続けた。
「百歩譲って――」
 先に口を開いたのは、疑問に耐えられなかったのか、ローアンの方だった。
「あなたがカールスの味方に鞍替えしたのが本当だとしても、どうしてそんなことを思ったんですか? 少なくとも私が見ていた限り、あなたとこの子との関係は、終始敵対関係だったはずです。どこかで和解する余地があったとは思えない」
「和解なんてしてねぇよ。多分、当のカールスはまだ俺のこと敵だと認識してるんじゃねぇか?」
「だったら余計意味が分かりません。敵視されている相手を助けようだなんて、一体何があなたをそこまで動かすんです?」
「さあな。ただ、とある人物の言葉を借りると、俺は俺の本音に従ってるだけだ」
 そう。これは自分の本心だ。
「カールスの今の境遇が気に入らないから、助け出す。邪魔するものはぶち壊す。そして全部受け止めてやる。俺がそうしたいから、そうする。ただそれだけの話だ」
 その覚悟を固めるかのような口調に、
 ローアンはせせら笑うような笑みを浮かべた。
「はは。なんだか、知らない間に随分とお熱になったようですね。そんなにカールスのことが気に入ったんですか? まったく。荒々しい青年がとんだロリコン野郎に変わったものです」
「な、ロリ……」
 突然言われたことにショックを受けて思わず言葉に詰まる。
 いや、その切り返しは正直予想外だった!
「ち、違うわ! そんなんじゃねぇよこの馬鹿野郎!」
 年齢差を考えてみればそうかもなぁ、などと一瞬でも思ってしまった自分自身が恨めしい。
 顔を赤くしながら、ハワードは全力で怒鳴った。
 その様子を面白そうに眺めながら、ローアンはおもむろにカールスに近づく。
「あなたの言いたいことは分かりました。ふふ。信じられない話ですが、どうもあなたは本気のようですしね。ここは信じることにします。――しかし」
 そこで一端言葉を切り、次に彼の口が開かれたときには、声質が違った。
「それが、本当にカールスを救うと思いますか?」
「どういう意味だ?」
 威嚇しているハワードを無視し、ローアンはカールスのそばにしゃがみこみ、その髪をなでる。
「安心してください。別に、何もしやしませんよ」
 攻撃態勢に入ろうとするハワードを牽制しながら、ローアンは問いかけるように言う。
「先ほど、あなたは受け止めてやると言いましたね。――カールスの、全てを」
「……それがどうした」
 憮然とした表情のハワードに対し、ローアンは人を食ったような笑みを浮かべ続ける。
 しかし、突然その表情は、口調と同じく引き締められ、張り詰めた声がその口から出る。
「あなたが考えているほど、カールスは穏やかではない」
 その断定するかのような口調は、まるで教師が生徒に言い聞かせるようだった。
「別に、あなたの考えを完全に否定するつもりはありません。あなたがどのくらいこの子のことを知っているかも、あなたがどれほどこの子のことを心配しているかも、私には分かりませんしね。ただ――あまり、出すぎたことは言わないほうがいい」
「何を、いきなり……ッ。テメェの方こそ、カールスの何を知ってるって言うんだよ」
 彼の言葉にカチンと来て、ハワードは自然語気を荒げる。
「そいつは、今まで苦しんできてるんだ。人並みの苦しみじゃなくて、人とは違う種類の苦しみを。本来なら体験しなくていいはずの苦しみを! いい加減、そんな責務から開放されてもいいころだろうが!」
「――あなたは、何も分かっていない」
 聞き分けのない子供に対し苛立ったように、吐き捨てるような言葉が返ってくる。
 そのローアンの言葉の中に、先ほどまでの他人事のようなニュアンスはすっかり影を潜めていた。変わりにあるのは、自分自身のことであるかのような焦りに似た必死さ。
「いいですか。カールスが求めているのは、そんなことじゃないんです。受け止めてもらう存在なんかじゃない。この子が本当に求めているのは――」
 自然と強くなる言葉でハワードに訴えようとした。
 そのときのことだった。
 ――本当に、突然だった。
 何がきっかけなのか。
 何か気に障ったのか。
 ローアンの傍らで倒れていた人物が、本当に唐突に、むくりと起き上がった。
 そして――

「うる、さい」

 バン、と。
 その存在は、すぐ隣にいたローアンを、おもむろにはたき飛ばした。
「な、――カー、ルス?」
 唐突な出来事に、何が起きたか分かっていない表情のまま、ローアンは叩き飛ばされる。
 相当強い攻撃を受けたのか――殴られたと同時に叩きつけられた炎を伴ったまま、ローアンは何メートルも飛ばされ、崖の岩肌に激突した。
 ハワードはローアンを吹っ飛ばした人物を見る。
「――うるさい」
 地を這うような、低く苦しげな声が響いた。
 赤い髪を振り乱し、全身を赤い羽毛に覆われかけている。
 その人物は、まるで癇癪を起こしたかの如く叫びだした。
「うるさい! うるさい! うるさいうるさいうるさい! 黙れ、黙れ、黙れぇ!」
 赤い髪は、まるで暴風に巻き込まれたかのように荒れ狂う。
 背中から生えた炎色の羽は、その気持ちを代弁するかのように雄々しく羽ばたく。
 カールス・イシルドは、まるで子供のように泣き叫ぶ。
 突然の豹変。
 先ほどまで気絶していたはずのカールスは、起きだしたと同時に暴走を始めた。
「か、カールス」
「黙れと、言っている!」
 思わず口から出た問いかけに、カールスは焦点の合わない、それでいて鋭い眼光を向けてくる。
「どいつもこいつも、うるさい! なによ、なによなによなんなんだっていうんだよ! 助けるって! 苦しんでるって! そんな知った風な口を利いて! 分かった風なこと言いやがって! あ、あんたは、あんたたちはわたしの何が分かるって言うんだ! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! どいつもこいつも、ふざけるなあああああぁ!」
 悲痛な叫びと共に、カールスの周りでは感情を代弁するかのような炎が巻き上がる。
 その威圧に、さすがのハワードも思わずひるむ。
(――こいつは)
 微かに身じろいだときだった。
 暴れていたカールスの瞳が、ハワードの視線と交差した。
 ――次の一瞬の後、両者の間合いはゼロとなる。
 爆発的な瞬発力で、数十メートル離れていた位置から、カールスは刹那の間に迫っていた。
「なっ」
「あ、ああ、ああああああああああああああああ!」
 突っ込んでくる勢いを利用した、がむしゃらな一撃。
 しかし、あまりにも無防備な状態のハワードは、それを避ける術を持っていない。
 振り切られた腕は、ハワードの胸を強く打ちつける。
 メシィ、という嫌な音の後とともに、
 そのまま盛大な炎を伴って、カールスの拳は振り切られた。


◇◆◇


 カールスは炎に囲まれていた。
 全てが燃えていた。
 全てが焼けていた。
 頭が熱い。
 胸が熱い。
 体が熱い。
 顔が熱い。
 目が熱い。
 手が熱い。
 足が熱い。
 全部、全部、全部、全部!
 熱い。熱い。熱い。
 燃えている。
 燃えている燃えている燃えている。
 体が燃えている身体が焼かれてる軀が躰が躯がからだが熱い暑い燃える焼かれる燃えて熱くて内から燃える外から焼かれる全てを焼き尽くすかの如く熱は盛大に燃えている塵も残さず灰も余さず存在する事象全てを『それ』は燃やしくす。
 燃えない物などない。
 この炎は不死の炎だ。
 焼けない物などない。
 この炎は絶対の炎だ。
 燃えない物などない。
 この炎は神鳥の炎だ。
 全ては灰に、そして塵に。
 熱い、熱い、熱い。
「あ、ああ、あああああああああああああああああ」
 がむしゃらに振り切られた腕によって、誰かも分からない敵が遠く吹き飛ばされる。
 それだけじゃ飽き足りない。
 まだ燃やしたりない。
 まだ消したりない。
 まだまだまだ!
「き、きぃ、ギギ、キィエエェェェ!」
 赤い、紅い、朱い!
 火が、炎が、焔が!
 深く求める強く求める足りないと燃え足りないとまだ燃えるとこれでもかともっと焼けと!
「が、あ。ああ、あが、ああああああああ」
 体が壊れてしまったのか、動きが鈍い。
 知らない知らない知らない知らない。
 軋む体を無理に動かす。
 痛む体に無理をさせる。
 体は限界でも、精神の方はまだ満ち足りていない。
 求め続けるのは一つだけ。
 もっと燃焼を。途方もない炎を。燃やし尽くすためだけの、紅蓮の灼熱を!
「グ、ギギギィ、ギィ、ギェェェ!」
 全ては簡単だ。
 燃やせばいい。
 燃やせば、全て関係なくなる。
 悩みも、苦しみも、全て灰となり塵になり――そして、砕けて散って消滅する。
 爆発は止まらない。
 一度砕けた感情という名の堤防は、留まることを知らない。
 もう自分がどう動いているかすらも分からない。ただ手当たり次第に、目の前にあるものを殴り、叩き潰し、燃やし尽くす。
 自分のどこに、ここまでの力があったのか。
 何がここまで、自分を追い詰めていたのか。
 ただ分かるのは、一番心の奥底に確かに存在する、どうしようもない感情だけ。
「――止まりなさい! カールス!」
 どこからか聞こえてきた声。
 それと共に、自分の足に鎖が巻きついた。
 見ると、見知らぬ男が地面に手をついてた。彼の周りの地面から、鎖のようなものが数本出てきている。
 思考する時間はなかった。
 認識すると同時に、カールスの体は動いている。
 動きを封じるために縛られたであろう足の鎖を、カールスは強引に引っ張って振り払う。そして、その勢いのまま、鎖の持ち主である男の方へ突っ込む。
 突き進む力と共に、体全体で繰り出した拳は、見事に相手の腹部にクリーンヒットする。男は弾き飛ばされ、数回バウンドした後ごつごつとした岩の上に寝そべった。
 そんな敵の様子も気にせず、カールスはそのまま本能の赴くままに動き続ける。
 岩肌を破壊した。
 岸壁を破壊した。
 木々を破壊した。
 川際を破壊した。
 目の前に現れたものを、何も考えずに叩き潰し、燃やし尽くした。
 それでもカールスの心は晴れない。
 どんなに暴れても、どうしようもない気持ちが抑えられない。
 それがどんな気持ちかも理解できないのに、わだかまりだけが心を支配している。
 何かを殴った。
 何かを蹴った。
 何かを焼いた。
 何かを×した。
 何かを■した。
 その間にも何度も呼びかけられたようだが、それに答えるだけの思考は残っていなかった。
 そうして、この閉じられた空間は破壊しつくされる。
 まるで大規模な戦争が行われたかのごとく荒れ果てた場。それを作った張本人たるカールスの気持ちは、いまだ晴れない。
 だから、眼の端で影が動くのを見た瞬間、体は勝手にそちらを求めていた。
 足を踏みしめ、蹴る瞬間に足の裏で爆発を起こし、一気に加速する。何倍もの速度で、カールスは獲物へと襲い掛かる。
 振り切られた炎の拳は、何度も殴りつけたためにボロボロで擦り傷だらけだった。それでも、拳の威力に衰えは見えない。必殺に近い威力を持って、獲物を刈り取らんと振るわれる。
 が、その拳が命を削ることはなかった。

「調子に乗るのは、そこまでだ」

 本気で打ち抜いたはずだった。
 ――弓なりに体を反らして、体全体でもって撃ち放たれた拳は、
 ――暴走し始めてから一度も止められなかった、灼熱の暴力は、
 たった一本。片手でしっかりと受け止められていた。
「んだ? この程度か、お前」
 受け止めた衝撃で辺りに波動が拡散したというのに、その男は平然とそういった。
 つかまれた手は、何気ない動作で引かれる。カールスは不安定な状態から引き寄せられる。
 強引に引き寄せられたために、グッと相手の顔に近づかされる。
 手首をひねりあげられ、うまく身動きが取れないまま、カールスは相手の顔を直視することしか出来ない。
「よう」
 そう、
 ついさっき殺される勢いで殴りかかられた男は、敵に対して落ち着いて声をかけてきた。
「随分と元気そうだな。カールス」
 にやり、と相貌がゆがめられ、右目の刀傷が可笑しそうに緩む。
 その男のことを、カールスは知っている。
「……は、わー、……ど」
 磨耗している思考の中、薄れた記憶を懸命に呼び起こす。
 ハワード・カロル。
 会ったことはたった一度しかない。それも、出会いとしては限りなく最悪に近いものだ。それなのに――

 ――どうしてこんなに、彼の名は心地よいのだろう?



◆◇◆


 間近で見るカールスは、目の焦点も合わないほど興奮しきっていた。
 傍目から見ても分かるほど疲弊している。無理もない。あれほど暴れまわったのだから、今にも倒れてもおかしくないくらいである。
 しかし、それでもカールスは倒れず、まるで食い殺すかのようにその瞳をハワードへと向けてくる。
 目の前の存在を認識することも出来ていないくせに。ただ本能だけで暴れまわっているくせに。本当は今にも倒れそうなくせに。それなのに――
 じっと見つめてくるカールスの瞳を、ハワードは避けずに見つめ返す。
 受け止めた手から、分かったことがある。
 カールスの苦しみ。たくさんありすぎる。周りのプレッシャー。欲求不満。隠し事に対するストレス。いろいろな要素が組み合わさって、カールスはグチャグチャになっている。
 その全てを受け止めるように、しっかりと直視する。
「――で」
 振り払おうとする手を反射的に強く握る。
 そして、彼は挑発するような視線をカールスに送る。

 ――手始めに、一番簡単な欲求を満たすことから始めることにした。

「この程度か? カールス」
 挑発の言葉に、カールスの表情が真っ赤になり、怒りがあらわになる。
 弾かれたようにその小柄な体が動いた。雄たけびを上げながら、強引に掴まれている手を引こうとする。その予想外の力強さに、ハワードは「うおっ」と引きずられ、たたらを踏む。
 それでも、掴んだ手だけは離さない。それを見て、カールスは方法を変えてきた。
 腕を引く力を利用し、その反動で思いっきりハワードの鼻っ柱に左の拳を打ち付ける。
 体勢が崩れた状態のハワードでは、回避不能の一撃。炎を伴った打撃は、確実にハワードの肉を削らんと牙をむく。
 しかし、ハワードの体は、文字通り鋼鉄だ。
 ゴンッと、鉄を素手で殴った音が響き、カールスの拳がはじき返される。
 痛みに顔をしかめ、カールスはのけぞりながら瞬時ひるむ。
 その僅かな隙に、ハワードはカールスを地面に叩き付けるように、握っている手を思いっきり振るう。小柄な体は軽く浮遊し、そのまま力任せに落とされる。ろくな受身も取れず、カールスは岩肌に激突し、バウンドして弾き飛ばされた。
 しかし《炎帝》は、その程度で終わるような玉でははない。
 二度目はちゃんと受身を取り、すぐに立ち上がる。さすがにダメージが抜け切れないのかその足はおぼつかないが、視線だけは射殺すかの如く炯炯と光っている。そして、野生の獣のような凶暴な唸り声を上げながら、殺気を放ちながらすぐに攻撃に転ずる。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
 咆哮。
 目の前の敵を討ち滅ぼすためだけに上げられる、気合の咆哮。
「はっ! そう来なくっちゃな!」
 面白そうに声を上げ、ハワードも迎え撃つ。
 炎の拳と、鋼の拳。
 それは、つい二日前に行われたことの再現。
 しかし、二日前とは決定的に違う攻防。
 その違いはすぐに現れる。カールスの技の切れが、前に比べると半端でなかったのだ。次々と繰り出される拳は、炎を纏っていることもあり一つ一つが強烈で、まともに食らえばそれだけでノックアウトされるようなものだった。
 二日前の交戦では、接近戦はからっきしのように見えたが、実際は能力のおかげかハワードに引けを取らないレベルであった。体格の違いによるアドバンテージのおかげでなんとか優勢は保てているが、まともに食らわないように一つ一つをガードするのが精一杯であった。
 徐々に、防御に回していた両腕の表面が火傷で赤くなってくる。決定打は受けていないが、十全ではない。
 しかし、決してやられるばかりではない。攻撃を捌きながら、時折打ち込まれるハワードの拳は、闇雲でない分、正確にカールスの体を捉えている。
 双方ともそれ相応にダメージは食らっているが、立場的にはハワードが有利だった。
 ひりひりと感覚のなくなっていく腕を苦々しく思いつつ、彼はまったくそれを表面に出さず、代わりに不適に笑う。
「どうした、カールス。さっきの威勢はどこにいった」
 攻撃の手が引いた瞬間に手を伸ばし、カールスの頭を無理やり下に向けさせる。
 怒りに火をつけたのは言葉の方か行動の方か。カールスは叫びすぎてかすれた声で、威圧するように低い怒声を上げる。
「グ、ギギ、ガアアアア!」
 押さえつけられた状態から繰り出される、下から打ち上げる拳。全身のばねを全力で使ったアッパーカットは、しかし首皮一枚で回避できた。
 大降りの攻撃は空振りに終わる。完全に無防備となったカールスに向けて、ハワードは容赦なくその腹部へとカウンターを食らわせる。
 息が詰まったように咳き込み、カールスは膝を突く。
 チャンスではあったが、追撃はしない。逆に、少し距離をとって煽るように言う。
「どうだ。悔しいか?」
 明らかな挑発であるその言葉に、カールスは相変わらずギッと鋭い目を向ける。
 しかし、闇雲に向かっても無駄だと気づいたのだろう。膝をついた状態のまま、隙を窺うように睨み付けるままである。
 少しでも隙を見せたら、食い殺さんばかりの眼光。
(――まったく、こいつは)
 その周りの見えていない一途な様子に、思わず苦笑が漏れる。
 外見は小憎らしいガキだが、内面の方はなかなかどうして可愛いじゃねぇか。
「お前、欲求不満だったろ?」
 僅かに構えを解き、ハワードは言う。
 そのちょっとした隙にも、カールスは反応してくる。ネコ科の動物を思わせる瞬発力で蹴りを放ってくる。しかし、直線的な動きなので避けるのはたやすい。ハワードは軽くそれをいなしながら、話しかけ続ける。
「お前は、自分の力が及ばない敵に会ったことがねぇだろ。だから、自分が一番だと勘違いしちまってるんだ。はん、そりゃそうだよな。だって周りに居たのは、お前みたいな小さなガキに集団のリーダーを任せるような奴らばかりだ。お前と戦えるような奴が居るわけねぇよな」
 右ストレートを振り払い、左足の蹴りを受け止める。そのまま足払いをかけ、足場を崩す。
 地面に倒れたら、追撃はせずに起きるのを待つ。
「勘違いすんなよ。俺なんてまだまだ弱い方だからな。世界には、こんなもんが馬鹿になるくらいすげー奴がいっぱい居るんだ。高々、火炎鳥の一族とか、山賊の集落とか、その程度の集団で一番だと崇められてたからって図に乗るんじゃねぇよ」
 起き上がって殴りかかってくるのを迎え撃ちつつ、口は止めない。
 炎の放射をよける。炎を帯びた拳を叩き落す。打撃の瞬間に拳の周りに爆発が起こされるが、それも当たらなければどうということはない。
「俺にも敵わないくせに、競う相手がいないだなんてくだらない。俺の所属している『ギリシャ文字』って組織だけでも、とんでもなく強い奴が二十四人もいる。他にも世界を見渡せば、仙人を騙る十人の集団もあれば、戦闘にのみ特化した魔術師の組織もたくさんある。近年の科学の発展は目覚しいから、どんな兵器が開発されるか分かんねぇし、そんなものに頼らずに自分の肉体だけを極限まで鍛えて戦う化け物もいる」
 もしカールスが冷静だったら、もっと別の戦いになっていただろう。
 しかし、体力がもう底をついてきているのか、今のカールスは攻撃の切れが着実に悪くなってきている。それに加えて理性もなくしている状態である。だからこそハワードは、子ども扱いするかのようにカールスを翻弄することが出来ている。
 今のカールスは、意地やプライドだけで動いているようなものだ。
 そんな負けず嫌いなところばかり、子供らしい。
「確かに、お前は可哀相だよ。そんな広い世界を知ることも出来なかったんだから。誰も彼も、お前が一番だって崇めておだてて、結局は誰一人理解してくれなくて孤独だったんだからな。そりゃあ、どんなに我慢したって、いつかは限界が来るに決まってる」
 バシン、と弱々しい右ストレートを受け止め、ハワードはカールスを正面から見据える。
「苦しかっただろ。自分の身の丈以上の責務を負わされるのは」
 言葉は、自然と柔らかくなった。
 その声に、カールスのこわばった表情が驚いたように引きつる。
 それを見ながら思い出すのは、一つの記憶。
 カールスと同じように、身分不相応の重大な責務を背負わされ、その重みに耐えられず潰れてしまった一人の少年のこと。
 たった一人の肉親――生き別れの兄のことを。
 不幸なのは、そいつにしてもカールスにしても、背負わされたものを処理できてしまったことだろう。そんな才能を持って生まれてしまったことが、最大の不幸だ。
 精神と才能が釣り合っていない。大き過ぎる才能は、未熟な精神には毒でしかないのに。それなのに大多数の人間は、本人の気持ちも考えず、その才能にすがろうとするばかり。
 だから、本来子供の頃に必要なものを、何一つ与えてもらえないのだ。
 本当に必要なのは、その才能を受け止める術を教えてもらうことだというのに――
「俺が受け止めてやる」
 それが分かっているから、ハワードは言う。
 過去の過ちを取り戻すために。そして、目の前の奴を潰させないために。
「今までは、誰も受け止めてやれなかったかもしれない。誰も理解してくれなかったかもしれない。でも、俺なら受け止められる。どんなにお前の力が強くても、絶対に倒れはしない」
 自分よりも大きな存在を知ることは、カールスのような人間にとっては絶望よりも安心になる。
 孤独ではないのだと、分かるから。
 カールスは、ハワードの言葉を俯いた状態で黙って聞いていた。
 受け止められた右拳はそのままで、まるで何かに耐えるように目を伏せたまま震えている。
「――たら」
 やがて、ボソリとカールスの小さな唇から音が漏れた。
 その声は、不貞腐れたように小さい。
「――だったら」
 次に聞こえたのは、対照的にはっきりとした声。
 伏せられていた顔が、急に上げられる。
 小さな瞳は、僅かに水気を帯びている。小さな口はかみ締められ、表情は今にも泣き出しそうなのに、それでも泣くまいと強く引き締まっている。
 認めたくない、といった表情。
 今更自分を安心させるような人間が現れたことを、受け入れたくないという目つき。
「ボクを、……ボクよりも、強いって言うんなら……」
 石を吐き出すような悲痛な声。
 しかしその声は、何かにすがるような切なさを帯びている。
 苦しそうな顔つきで、カールスは叫ぶ。
「だったら!」
 ドン、と。
 振り払うように、ハワードは強く押し飛ばされる。
 握っていたカールスの右手は、それで簡単に離してしまった。その隙に、カールスは彼から距離をとるように、強く飛び退く。
 そのままの勢いで、炎の翼を力強く羽ばたかせ、空に浮き上がり下を見下ろす。
 そして、上空に浮き上がったまま、高くその両手を上に掲げた。
「だったら、これに耐えてみろ!」

 瞬間、カールスの両手を中心に、辺りの空気が震撼した。

 掲げられた両手に灯るのは、禍々しいほどの炎の塊。
 赤く、紅く、朱い。
 始まりは小さな火種だが、それはすぐに数倍に膨れ上がり、荘厳な猛火となる。
「いっ、」
 思わず、驚愕の声が口から漏れた。
 無理もない。ここにきて最大の力が、目の前には存在するのだから。
 それは地獄の業火であり、絢爛なる聖火でもある。
 破壊と創造の炎。
 死滅と再生の炎。
 それは、伝説に伝わる不死鳥の炎。
 炎帝の名に相応しい、絶対なる炎。
「な、なんつーもんを」
 さすがに、それには苦笑いしか出てこない。
 炎を作り出したカールス自身よりも、三倍も四倍も大きな直径を持つ巨大な炎球。綺麗に球形を取った灼熱の塊は、太陽の如く爛々と燃え滾っている。
 それは、確実に最高の炎だった。
 おそらくカールス自身も、おいそれと作り出せるものではないだろう。今まで溜め込んできた気持ちが、一気に弾かれた結果で生じたようなものである。
 それは、カールスがこれまで我慢してきた苦しみの象徴。
 消し屑になるまで燃やしても尚、燻ることなき不死の炎。
「――ったく」
 掲げられたものの大きさに、ハワードは静かに毒づく。
 ――今の自分には、あの炎を防ぐ手段は一つもない。
 前に戦ったときのように鋼を全身に纏うという悪あがきすらも、あの炎の前では何の意味もなさない。焼かれる前に溶かされ、塵も残さず蒸発させられるだけだ。
 確実に、あの炎を受けたら自分は死ぬだろう。
 それを理解して、ハワードは薄く笑みを浮かべた。
『ほんとに死ぬぞ? それでもいいのか?』
 そこで、ずっと黙っていたニックが皮肉っぽい言葉をかけてくる。
(ああ。悪いな)
『はん。ま、いいだろ。せいぜい頑張りな』
 応答はそれだけだった。
 それ以上の言葉は要らない。そういうように、ニックはまた黙り、事態を静観し始めた。
 それの視線を感じつつ、ハワードはゆっくりとカールスを見上げる。
「来いよ」
 表情を和らげ、まるで抱擁を促すかのように両手を広げる。
 カールスの全てを、受け入れるために。
 生き残る可能性は万に一つもないはずだった。何の奥の手も残ってはいない。一つだけ、リープスから貰った宝石が僅かな可能性としてありはするが、今のハワードにはそんな計算もない。
 ただ、一つだけ確信していることがあった。
 ハワードは、自分の死に様を知っている。
 それは、見るたびに状況が変わるような不安定なものだったが、無限の剣に刺されることと、生きながらに焼き殺されることの二つは、確定事項だった。
 その未来が変わる様子はない。
 だったら、自分は死なない。
 ――その確固たる自信が、結果としてハワードを生かし、カールスを救う。
「お前の苦しみ程度、俺が受けきってやるよ」
 その言葉が聞こえたかどうかは分からないが、
 カールスは、ギュッと何かに耐えるように強く目を閉じると、そのまま怨嗟の叫びと共に、炎の塊を振り下ろした。


※※※


 カールスの暴走によって、マーカスは満身創痍だった。
 二、三度殴られただけで、体中が悲鳴を上げている。そもそも体力が底をついている状態なのだから仕方がないが、今この場においては致命的だった。
 そんな中で、彼はようやくマグヌスの元に辿り着いた。
 右半身の服が破け、火傷した肌が露出している。苦しそうに息をしているのが痛々しい。何とかしてやりたいが、回復魔術の類は、マーカスには扱えなかった。
 苦々しく思いながら、膝を突きマグヌスの様子を確認する。
 カールスの暴走は、どうやらハワードに止められたらしかった。少し離れたところから話し声が聞こえてくる。避難させるなら、今のうちである。
 自分も立つことすら間々ならない状態であったが、懸命にマグヌスを持ち上げようと努力する。
 と、そのとき、マグヌスの手に握られているものが目に入った。
「……これは」
 あまりにことに、言葉がなくなる。
 それは問題の魔法剣であった。鞘がないために、誰も触れることの出来ないはずの短剣。それなのに、マグヌスはそれをしっかりと握っていた。
 それが意味することを悟り、マーカスは確信のようなものを覚えた。
(そうか。――こいつは、魔術師ではないんだな)
 僅かに覚える寂しさは、すぐにうち消えた。
 気を取り直し、マーカスはマグヌスの服から炭素棒を取り出す。せめて、魔術を使うための触媒くらいは確保しておきたかった。そして次に、慎重に魔法剣へと触れる。
 これが、最後にしてやれることだ。
 うろ覚えの知識で、言葉を紡ぐ。東洋の神に、確かそういう名を持つものが居たはずだ。もしこの魔法剣が本物ならば、例え神名でなくとも識別さえ出来ればいいはずである。
 それらを終え、ふと後ろを振り向くと、事態は急転していた。
 離れでは、カールスが空に飛び上がり、両手を掲げているところだった。
 その両手に灯った火球の壮絶さに、思わず言葉を失う。
「……カールス」
 苦しみに染まった幼い顔が、離れていても痛々しく映る。
 年不相応の、大人びた、それでいて精神的に未熟さの残る苦々しさ。
 そんなちぐはぐな表情を作らせたのは、他でもない自分たちだ。
 自分が言えた義理ではないことは、嫌というほど分かっている。でも、そのことを深く感じているからこそ、マーカスは切実に思う。
 あの子を、救いたいと。
「――全部受けきってやんよ」
 だから、その言葉を聞いたとき、安堵で一気に体が軽くなった。
 言葉の主は、つい二日前まで敵だった男だ。
 それなのに、今ではおそらく、一番カールスの立場に憤っている。
 そんな彼ならば、もしかすれば――
 希望を抱いたところで、炎の鉄槌は、無慈悲にハワードへと振り下ろされる。


 ローアン・クルセイドは、ハワードとカールスの会話の一部始終を離れで聞いていた。
 カールスから殴られたダメージは思いのほか大きく、ほとんど移動することが出来ない状態だった。崖の岩肌に背を掛け、荒い息を吐きながら二人のやり取りを見続ける。
 それは、不思議な光景だった。
 あれほどのカールスの苦しみを見せ付けられても、ハワードは欠片も物怖じしていない。
 それどころか、余裕そうな笑みを浮かべ、安心させるような言葉まで吐いている。
 ――何なのですか、あの人は。
 言い表しようのない感情が、ぐるぐると泥のように腹の中を這いずり回っている。
 認めたくなかった。あんな風に、自分の体を張って現実を教えてくれる人が居ることが、信じられなかった。
 ハワードがどういう気持ちであんなことをしているのかはわからない。でも、カールスの気持ちなら分かる。――少なくともハワードの行為は、カールスにとって酷く優しいもののはずだ。
 孤独を強いられた者にとって、それは唯一幸せだと思えるものだ。
 それが分かってしまうから、ローアンは苦々しく思う。
 だって、今まで彼がやってきたことは、全て無意味になってしまうのだから。
 カールスのことを知り、その境遇に共感し同情した。そして、カールスのためだけにここまで行動してきた。自己満足だとは分かっていても、最終的にあの子が救われるのなら、それでいいと思った。
 しかし、結果はどうだ?
 結局何も出来なかった。予想外の出来事に妨害され、救いの役目は横から掻っ攫われ、挙句には、自分のやったことが正しいかすらも分からないうちに、別の答えを提示されてしまった。
 これを道化と言わず、なんと言う。
 結局、何一つ報われることがないのだ。
 それもそうだ。救われなかった自分が、誰かを救おうなどと思うことが、そもそもの間違いなのだ。それなのに、そのことに気づかなかった。なんて愚かしい。なんて、くだらない。
 ボロボロに砕けた意思で、ローアンはカールスを見上げる。
 あの炎は、最後の壁だ。
 それをハワードが越えられるかどうかで、全てが決まる。
 どちらにしても、もう自分の方法ではカールスは救えない。
 別に、自分の考えが間違っているとは思わない。――だが、一度受け入れてもらうことを知ってしまった者は、失うことを怖がる。
 失うことでしか得られない幸せは、拒むようになる。
 だから――
「『接続(セット)』」
 まともに立ち上がれない状態のまま、ローアンはその単語を呟く。
 地面に手を這わせ、マナの流れをつかむ。
 小さな唇から紡がれるのは、彼がこれまでずっと研究してきていた『魔法』。
 まだ未完成ではあるが、先ほどカールスの身体における魔力の流れを読み取り、それを組み込むことで、術式は大幅に進歩していた。
 詠唱は途中で何度も突っかかり、そのたびに別の言葉に言い直される。紡がれるのは、まだ呪文もまともに定まっていない魔術。それを、出来るだけ完成度の高いものにするために、ローアンは言葉を口に出し続ける。
 カールスの炎は、振り下ろされた。
 それを眺めながら、ローアンは無心に呪文を唱え続けた。






 カールス・イシルドの章 火炎鳥の涙


 ――始めは、不幸だなんて思わなかった。

 カールス・イシルドに課された運命は単純だ。
 求められたのは象徴としての神秘性。そしてそれに伴う、人を導くカリスマ性と精神力。一族を導くための才能を十二分に持ったカールスには、その責務を負う義務を背負って生まれた。
 始めから決められたことだったから、それが普通なのだと思っていた。明らかに自分よりも大きな大人が自分に頭を下げることも、自分の一言を周りがすごく重く捉えていることも、全部当たり前のことだった。
 もちろん、そんな生活が辛くなかったかといえば嘘になる。人から期待を寄せられるのは、必要以上にきつい。始めはそれが『つらい』という感情なのだということすら分からなかったが、確かに自分は苦しんでいたのだろう。
 でも、期待に応えることが出来たとき、人々が喜ぶ様子を見て思ったのだ。
 自分は、必要とされているんだ、と。
 そう思うことが出来たから、カールスはその苦しみに耐えて立つことができた。
 ――今思えば、それは幻想だったのだろう。
 人々が必要としたのは、カールスではない。そういった、象徴となるべき存在が必要だっただけなのだ。ただ、その条件にカールスは合致してしまっただけの話である。
 確かにカールスには才能があった。一族を率いるための才能――炎の異能を扱う才能は、契約前から持っていた。しかし、結局カールスが持っていたのはそれだけでしかなかった。
 別にカールスは、特別ではないのだ。
 どこにでもいる、普通の子供なのだ。
 何の変哲もない、平凡な×××なのだ。
 そこを、人々は勘違いしていた。
 否応なく責任感を持つしかなかったカールスを、まるで神のように崇め持ち上げた。身分不相応な期待を受けることで、また責任は増えていく。その責任を背負おうと、また無理をする。その悪循環が、幼き炎帝を誕生させた。
 だから、誰も知らなかった。
 知ろうともしなかった。

 この早熟した統率者は、本当は、年相応に不安を抱えた子供なのだということを。

 カールスは、怖かった。
 それは、誰にも必要とされなくなること。
 弱音を吐かずに立ち続けていたのは、根底にそんな感情があったからだろう。
 別に、必要とされなくなったときのことを具体的に想像していたわけじゃない。感じていた不安は漠然としたものでしかなかった。しかし、そのどす黒い煙のような強迫観念は、確実にカールスの首を絞め、息を詰める。
 漠然とした不安は、やがて恐怖に変わり、着実に精神を蝕んでいった。それが重圧によるストレスだと気づくことすら、幼いカールスには出来なかった。誰もそういったことを教えてくれなかったし、また気づいてもくれなかった。
 そんな生活に区切りがついたのは、あの事件の日。
 一族郎党が、謎の集団に襲われて全滅させられたときのこと。
「――闘うか、死ぬか。どちらかを選べ」
 一族を滅ぼした少年が問いかけたその瞬間、カールスは初めて絶望というものを感じた。
 自身がそれまで持っていた不安が馬鹿らしくなるほどの、絶対的な力の差。相対した少年の瞳は冷たく、視線を向けられただけでも切りつけられるような痛みを覚えた。
 丁度出かけていたときに起こった出来事だったから、カールスに出来ることは何もなかった。集落に帰ったときには、すでに一族は全員殺された後。唯一生き残った自分も、もう少しで殺されるところだった。
『――強く、なりたいですか?』
 火炎鳥。炎神ココロ。
 あの時、持ちかけられた契約を結ばなければ、カールスは確実に死んでいただろう。当時カールスが持っていた異能程度では、あの少年が扱う砂の鞭を防げたとは思えない。またその後に、あの六人の下から逃げ出すのも難しかっただろう。
 命からがら逃げながら、初めての出来事に心は恐怖で満たされた。そのとき初めて、カールスは責任感からではなく、自分の欲求で行動していたのだ。
 幸い、敵を撒くことには成功した。そもそもあまり真剣ではなかったのかもしれない。意外と簡単に逃げ切ることが出来た。ある程度落ち着いて、木々の生い茂る山中でへたり込んだときのことは今でも覚えている。
 そのとき感じた感情は、安堵。
 安らぎにも似たその感情の意味が、始めは分からなかった。ついさっきまで恐怖に支配されていたというのに、どうしてここまでほっとしているのか。その落差に戸惑った。
 ――しかし、その違和感の正体はすぐに突きつけられ、否応なく気づくことになる。
 カールスは、自分の存在理由を全否定するかのような安心感を覚えたことに、再度恐怖を覚えた。自分が一番恐れたことが起こってしまった。しかも、それに自分は安らぎを覚えている。そのことがどうしても許せず、吐き気のような感情が荒れ狂った。
 ――忘れなければいけない。
 そう思った。その安心は、覚えてはいけない感情だ。例え、実際その通りだとしても、自分が自分のままで居たいのなら、そのことに安堵を覚えてはいけない。
 そしてカールスは、自分で感情を押し殺してしまった。


 そこから、たった一人の旅が始まった。
 道中不思議な男と会ったり、変な集団に襲われたりとした。そのことごとくは、カールスにとっては障害にもならないレベル。必要以上の追い討ちはしなかったが、向かってくる敵には容赦なく対応した。
 山賊の集落に辿り着いたのは、いつの頃の話だろうか。半年近く前になるが、あの時も襲われたのを返り討ちにしたのが、結果的に集落を救ったのが理由だった。
 あの集落の状態は、カールスの故郷と酷く酷似していた。そのことが最終的にカールスの心を動かしたのは確かだ。その選択が後々苦しみを生むことが分かっていながらも、カールスは自分の存在を認めてもらうために、集落の象徴となる道を選んだ。
 炎帝、炎帝、と慕われる日々。
 故郷の一族ほどではなかったにしても、その信仰にも似た感覚はやはり同じだった。
 結局、苦しむことしか出来なかった。故郷のときの焼きまわしだ。《炎帝》と崇められ、象徴なしでは何も出来ない集団のために立ち続ける日々。自分で選んだ道とはいえ、誰も助けてはくれなかった。
 たった、一人でいいのだ。
 必要だったのはたった一人。一人でもカールスの苦しみに気づいて、それを受け止めてやれるような人間が居れば、それでよかった。それだけで、カールスは救われた。

 ハワード・カロルのような人間が、もっと早く出てきていれば――

 遅すぎたのだ。
 全てを失ってしまったときに現れても、もう遅い。守ると決めたものすらも守れなかった。そんな手遅れの状態で救いの手を差し伸べられても、素直に手を取れるわけがないじゃないか。
 だからカールスは、全てを滅ぼすつもりで炎を作り出した。差し伸べられる手すらもなかったものにするほどの炎を。それまでに溜まった鬱憤や後悔を全て込めた、崩壊の炎を。それが、これまでのカールスの苦しみだ。それが、カールスが受け止めて欲しい感情だ。
 これが――カールス・イシルドの全てだ。


 火球を撃ち終わって、鬱屈した気持ちでいっぱいだった心は、一気に空虚になった。
 空っ風のような虚しさが心の隙間に吹き付ける。最後になるかもしれない希望を、自分は潰してしまったのだと、今更ながら突きつけられる。
 火球は盛大に爆ぜ、火の粉を散らせハワードのいた位置を燃やし尽くす。
 これで――自分は、もう楽にはなれない。
 全部失ってしまった。必要とされることすらもうない。誰も自分に見向きもしてくれない。苦しむこともないが、何も得られない。
 自分は、もう誰にも認められることはない。
 当たり前だ。だって、それを拒んだのは自分じゃないか。
 ハワードを殺したのは誰だ? せっかく手を差し伸べてくれたのに。こんな自分を受け止めてくれるとまで言ったのに。本当の自分を、見てくれるかもしれなかったのに。
 それなのに、お前は牙を向いたのだ。
 情けに対して、敵意を返したのだ。
 そんなお前を、誰が認めてくれるというんだ。
 分かってる。
 そんなこと、嫌というほど分かっている。
 でも、嫌だ。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ。
 認めてもらいたい。誰かに、見てもらいたい。等身大の自分を受け止めて欲しい。《炎帝》などという虚像の象徴じゃなくて、カールス・イシルドという名のたった一人の人間を、ちゃんと見てもらいたい。
 もう嫌だ。こんな風に、自分が本当に存在しているかすら分からないような生活は嫌なのだ。あんな苦しみしか感じない生活はもうたくさんだった。
 どうして誰も分かってくれない?
 自分がこんなに苦しんでいるのを、どうして今まで分かってくれなかったんだ。
「あ、ぁ」
 ストンと、体中の力が抜け落ちた。
 もう何もかもなくなって、気力が底を尽きてしまった。もう頑張れない。もう、立ち上がる意思さえも砕け散った。
 突如浮力を失い、カールスの体は真っ逆さまに地面へと吸い込まれていく。
 このまま落ちれば、死ぬだろう。
 後悔に包まれたまま、無残に死ぬのだろう。
 重力に身を任せながら、カールスは心の中で契約者である火の鳥に謝った。
 ――ごめん、ココロ。約束、果たせない。
 一番初め、契約をするときに結んだ約束。
 死後その活躍とともに神と一体になるという契約とは別に、ココロが提案してきた約束。
 この状況は、確実に守れていない。
『幸せになる』だなんて、そんな約束、守れているわけがない。
「……嫌だよ」
 小さな唇から漏れたのは、酷く幼い声だった。
 どうしようもなく不幸で悲しい声だった。
 全身を打ちひしがれるような思いのまま、カールスはとうとう、本音を口に出した。
「誰か、……助けて、よ」
 儚い願いは、虚空へとすぐに掻き消える。
 あまりに弱々しいその懇願は、名残すらも無かったことにされてしまう。
 でも、仕方がない。
 ずっと片意地張って全てを振り払ってきたのだから、自業自得だ。
 そうそう都合よく、助けてくれる人間が表れるはずがない。
 だけど、……それでも、本当は。
 助けて、欲しかった――

「助けて、やるよ」

 はっきりと、
 その声は聞こえた。
「え?」
 次の瞬間、カールスの体は空中で力強く抱きとめられた。
 重力に従っていた体は、急激に落下運動を止める。細身だががっしりとした、たくましい二の腕。それに突然抱きしめられ、カールスは何がなんだか分からなくなる。
 ふと何気なく目線を向け、その人物の顔を確認した。
「は、ハワード……」
 右目の切り傷に、鋭い目つきは、間違いなくハワードだった。
 そんな、どうして? と、頭の中で疑問が駆け巡る。
 先ほど放った火球は、確実に直撃していたはずだ。本当なら、粉々になった上で灰になるはずなのに。それなのになぜ、彼は生きている?
 トン、とハワードが地面に足をつく。
 そのとき、初めて彼の体の異変に気づく。全身を黒い鱗のようなものに覆われた姿。背中からは暗黒の羽が生え、雄々しく羽ばたいている。
 しかし、その全身は、未だ炎に包まれているのだ。
 その炎は、おそらくカールスの放った火球の影響だろう。燻ることのない炎は、生きながらにしてハワードを燃やし続けている。
 不思議なことに、ハワードの体は燃やされる端から再生していた。もしかすると、火球の攻撃から生き延びたのもその影響かもしれない。しかし、その再生のスピードは少しばかり遅い。着実に、彼の体は業火に蝕まれている。
 そんな、生きたまま燃やされるなんて。炎の異能を持つ者ならまだしも、彼にはそんなスキルはないのに、それでも彼はしっかりとカールスを抱いて離さない。
「大丈夫、か?」
 少ししゃがれた声で、彼は優しく問いかける。
 どうして?
 どうして、彼はここまで自分のことを構ってくれる。
 こんなに痛いのに。こんなに熱いのに。自分に関わったら、そんな苦しみを味わうことになると分かっているはずなのに、それなのに。
 助けて欲しかった。そんな本音を吐き出すだけで、本当に助けてくれる人がいるなんて。
「あー。まあ、あれだ」
 炎はますます勢いを増している。
 とうとう再生スピードが追いつかなくなったのか、ハワードの体は表面から溶け始めていた。
 それでも彼は、カールスに対して声を掛ける。
「男の子だったら、ここは泣くなって言うところだけどさ」
 フッと、彼の瞳が優しく緩んだ。

「お前は女の子なんだ。悲しいときくらい、ちっとはしおらしく泣いとけ」

 不意打ちだった。
 あまりに予想外のセリフに、頭の中が一瞬に真っ白になる。
 しかし、空っぽになった頭の中には、すぐに激しい感情の奔流が起きる。
 ボクは……、ボク、は
「わたし、は……」
 懐かしい響き。
 一人称のイントネーションを変えるだけで、こんなにも違う。
 今まで意図的に入れていた肩の力が、一気に抜け落ちたような気がした。
 込み上げてくる感情を止める術はない。
 それまで我慢していた全ての欲求が、そこにきて限界に達した。
「あぁ、ああ、わ、わたし、わたし……」
 つぶらな瞳の端から、溜まったしずくが一つ零れ落ちる。
 崇高な宝石のようなそのしずくは、少女の感じる至福によって、別の意味合いを持たされる。
 少女の涙が、ハワードの燃えている体に落ちた。
 不思議なことに、その降りかかる涙によって、ハワードの体を焼く炎は少しずつ鎮火し始める。また、彼の体の火傷も見る見るうちに再生していった。
 胸いっぱいの感情は、いくら吐き出しても吐き出し足りない。
 でも大丈夫だ。だって、この人は全部受け止めてくれる。
 何度振り払っても近づいてきてくれた彼なら、絶対に大丈夫だろうから。
 苦しみも、悲しみも。喜びも、嬉しさも、全部受け止めて、認めてくれるだろうから。
 だから、ぶつけていいんだ。
 自分の、全てを――
 ぽん、と少女の頭に優しい手が添えられる。
 そんな簡単なことすら、彼女は今までしてもらえなかった。だから、余計に感情は高ぶる。
 泣きじゃくるその姿は、か弱い少女そのもの。
 そこには、《炎帝》と呼ばれた人物も、火炎鳥の一族をすべる長の姿もなかった。
 年相応の、苦しみに怯え痛みに涙する少女の姿しかなかった。
 彼女は今、元あるべき姿に返って、大きな声を上げて泣きじゃくった。


※※※


 そして、ハワード・カロルは一つのヴィジョンを見た。
 それはもう見慣れてしまった光景。死人のうごめく焼け野原の中、全身串刺しの自分。
 しかし、一つだけ違うところがあった。
 目の前の視界が、開けたのだ。
 今までもやがかかったように見えなくて、影がかかったように暗かった目の前が、はっきりと見えた。
 そのおかげで、彼は目の前に立っている人物を見ることが出来る。

 死ぬ瞬間、彼の目の前にたたずんでいる人物は――

「……」
 ハワードは。そっと手元を見下ろした。
 腕の中の少女は、悲しみやら喜びやらで、激しく泣きじゃくっている。
 求めた結果が、アレなのだろう。
 その事実を、ハワードはしっかりと受け止める。
 本当は間違いかもしれない。こうして自分がこの少女を助けるのは、どうしようもない間違いかもしれない。
 ――でも、それがどうした。
 そんなことが、今の目の前の少女に、何か関係があるか?
(ねぇ、よな)
 自嘲じみた笑みがこぼれる。
 そうだ。自分はそんなことのために助けたんじゃない。
 ただ、この少女のことが救いたかっただけだ。兄のときと同じにならないよう、助け出したかっただけなんだ。
 だから、別にいいじゃないか。
 そしてハワードは。少女の赤い髪の上に、大きな手のひらを優しく置いた。

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コメント

いやー、すごい文章ですね。
5章の冒頭部から中盤辺りまで読ませてもらいましたが、非常に楽しませてもらいました。
本来はこういう読み方をすべきではないんでしょうけどね。
ただ読点の少なさがテンポを悪くしていたりしたので、もう少しうってみてもいいかと思います。

申し遅れました。
自分は高校3年のとびうまと申します。
自分も小説が好きで、アマチュアの方の小説を見て楽しんでいる物好きの一人です。
今回も偶然ブログ廻りをしていて、見つけたという訳でここに書きこませてもらっている次第です。
もしよければですが、下のサイトに来て、小説を書いていただけないでしょうか?

http://noberu.dee.cc/index.html

ここはあなたのようにプロを目指す方よりも、「自分は趣味で書いてるんだ」と胸を張って言えるような人の方が多くいるサイトです。
ですが、みなさん一生懸命に文章力の上達を目指しています。
そのような方々のためにあなたのように文章力のある方に見本になっていただきたいというのが自分の本音です。
相互リンクだけでもいいので、よろしければ来てください。
お願いします。
[2009/05/03 22:20] URL | とびうま #weULMdc. [ 編集 ]


こんにちわ。ほめていただいてありがとうございます。

せっかくのお誘いですが、そういった小説の投稿サイトに投稿できるほどいくつも書きあげることが出来ないので、ほとんど参加できないと思います。
ただ、相互リンクだけはさせていただきます。あと、たまに顔を出してコメントを入れたりくらいならすると思います。
では。
[2009/05/05 19:03] URL | 西織白夜 #fBhJEaUc [ 編集 ]


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プロフィール

西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
http://emptyreader.blog81.fc2.com/

自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
http://emptynovel.blog83.fc2.com/

同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


何か連絡があれば、こちらにお願いします。
alred_marchen☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えてください)



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