空っぽの知識
 かたよりまくった読書くんの日記
『火炎鳥の涙』 エピローグ


 エピローグ

 ……やっと終わった。
 正直アップするだけでも意外と時間かかるなぁと思った今日この頃。『死に損ないのタイガー』のときも同じだった出すけどね。

 まあ、センター試験前ということである意味丁度よかったです。だってこれの更新だったら、最短十分ですむもん。(もちろん最長は主に見直しなどの所為で一時間くらいかかったんですが)

 反省なんかはいろいろあるんですが、もうここではいいかな。とりあえず、一人でも多くの人に読んでもらえたらうれしいです。あと、出来たら感想なんかください。今後の糧になったり、すごく助かります。







 エピローグ


◇◆◇


 魔法剣は正式にマグヌスのものと認められた。
 その結論に至るまでに、この一週間紆余曲折はあったが、最終的には、魔法剣を扱えるのは今のところこの世でマグヌス一人だということが決定的な理由となった。
 電灯の明かりに刃をかざしながら、マグヌスは病院のベッドの上でその様子を観察する。
 詳しい仕組みや構成なんて専門的なことは分からない。ただ、感覚的にならば、どういう仕掛けがあるのか分かる。読み込めば読み込んでいくほど、その奥深さに驚かされる。
 というか、これだけ底なしのものを、よく自分は制御できたなと今更ながら驚いた。
「これも才能って奴かね」
 実感がわかないまま、そんなことをつぶやく。
 目が覚めたら、寝たこともないような上質な病院のベッドの上。どうやら『ギリシャ文字』と名乗る集団に引き取られたらしいが、その人々から、口々に「お前には才能がある」と言われた。
 自分に実感のないことを褒められるほど、困ることはない。自分としては以前と変わらないつもりだから、パワーアップした気もしない。
 ただ、得たものは魔法剣という途方もない力。
 自分の才能に見合うと言われてはいるが、彼自身は見分不相応だと思ってしまう。
 だけど。
「これを使いこなせるようにならないとな」
 それが、今のマグヌスが定めている目的――《炎帝》に近づくこと――に一番近い手段。
 そしてそれは、師であったマーカスが最後に願ったことである。
 ――マーカスは、本当に何も残さなかった。
 彼から教わった術式は、全て『魔道』の域を出ない。伝え聞く過程を経て、著しくその魔術性が失われている。
 使えないことはないが、効率は悪すぎる。もともと、マグヌスが詠唱のみで術の行使ができたのは、ひとえに炭素棒という触媒があったからに過ぎないのだ。その触媒の作り方は、残念ながらまだ習っていない。それがない以上、マーカスから教わった魔術を行使するには、面倒な段階を余計に踏まなければならない。
 本当に、あの男は何も残さなかったのだ。
 時間が立てばたつほど、その事実を突きつけられる様な気がして、言いようのない寂寥感に満たされてしまう。
 しかし、それは自業自得だ。だって、拒否したのは自分の方なのだから。
 魔術師の生き方なんて、知ったことではない。なんて思ってたからこんなことになったのだ。
「まったく、何にも知らないくせによく言うよ」
 自嘲気味にそう呟き、はぁ、とため息をつく。
 本当に、自分は何も知らなかった。
 そして、今も何も知らないだろう。
 それどころか、一端を知ったくらいで、全てを知った気になってしまっているのかもしれない。
 マーカスの人生は、そんなに軽いものではない。
 魔術師の人生は、それほど簡単なものではない。
 確かに、はたから見たらその生き方は馬鹿馬鹿しいものかもしれない。実際マグヌスもそう思っていた。目的と手段を見誤った、間違った生き方だと思っていた。――でも、そこに賭けられていた思いは、高潔だった。
 今更、自分の卑しさを恥じたりはしないけど。
 でも、その高潔さが羨ましいとは思ったのだ。
 思って、しまったんだ――
「はんっ。失くして初めて気づいたなんて、馬鹿の典型じゃないかよ」
 吐き捨てるようにそう言うと、マグヌスは気を取り直すように体を起こす。
 ベッドに腰掛けたまま、軽く伸びをして気分を入れ替える。センチメンタルになったところで何もいいことはない。
 それよりも、彼が見なければいけないのは前だ。
 前であり、先であり――未来だ。
 過去に縛られてはいけない。
 そんな、魔術師みたいな生き方は、否定しなければならない。
「決めたから、な」
 魔法使いになる。
 魔法剣に組み込まれている『魔法』を操る、『魔法使い』。
 そんな存在になるって、決めたのだから。
 マーカスの期待に答え、《炎帝》に追いつくためにも、それを目指すと誓ったのだから――
 と、覚悟を再確認した、そのときだった。

 すぐそばで、微かに魔力が渦を巻いて動くのを感じた。

 慌てて反応するのとほぼ同時に、声がかけられる。
「――ここで気づきますか」
 ベッドのすぐそばに、見知らぬ男が立っていた。
 さっきまで誰もいなかった、ベッドの脇。人が近づいてくる気配すらしなかったというのに、その男はまるで当たり前のように立っていた。
「ふむ、精神系の術に関する反応はいまいちですね。対して、魔力の流れに対する反応はすばらしい。炎や水なんかよりもむしろ、そちらの方に属性は傾いているようですね」
 つやのある綺麗で短い金髪に、彫りの深い端正な相貌。
 年齢は二十代後半くらいだろうか。英国式の正装がとてもよく似合う人物だった。
 彼は、人受けのする嫌味のない笑顔を向けながらも、まるで値踏みするかのようにマグヌスを観察しながら分析内容を呟く。
 そんな姿にあっけにとられたが、すぐにマグヌスは自分を取り戻す。
「……あんた、誰だよ」
 敵でないことは、なんとなく分かる。
 まとっている雰囲気が、敵というよりも、どちらかといえばここに来てから何度か出会った『ギリシャ文字』の面々の持つものに似ているのだ。
 そして、その予測は当たっていた。
「ああ、申し送れました」
 男は自然な動作で、恭しく頭を下げると、名を名乗った。
「ギリシャ文字『φ』ノーヴァ・スピノーヴィル。これから、君の教育係となりました」
「俺の?」
「ええ。さしずめ、師匠役ですね」
「師匠……」
 一つが終わり、一つが始まった。
 あは、とマグヌスは笑う。
 それに対して、ノーヴァは変わらぬ笑顔で答えた。
 マグヌスの物語は、今始まったばかりだ。


◆◇◆


『それで、そのまま現地近くの病院に入院ってわけ? あはは。それはそれは。で、感想としてはどう? 外国での入院生活』
「限りなく最悪だ。設備以前に対応が」
 げんなりとしながら、ハワードは携帯電話に向けてそう答えた。
 その反応に、電話越しのフィーネはけらけらと可愛らしい笑い声を上げた。
『でも、それは自業自得ってものでしょう。くふふ、独断専行して事態を引っ掻き回して、挙句の果てに入院だなんて。あはは。ちょっとくらいお灸すえられて来ればいいのよ。うふふ』
「……そのセリフはごもっともだが、半分笑いながら言われるとなんか腹立つわ」
 現在、ハワードは患者服を着た状態で、病院の外のベンチに腰掛けて電話をしていた。
 通話は携帯電話なのでそう長く出来るものでもない。ハワードは急かすように用件を言った。
「それで。頼んだ調査はもう出来てるんだろ? 用件をさっさと済ませろよ」
「もう、せっかちなんだから。久しぶりなんだしちょっとくらい話してくれてもいいじゃない」
「携帯の料金誰が払うんだよ。携帯で国際電話とか、長時間やったら俺たちの給料でも十分死ねるレベルだぞ。ただでさえリープスへの借金で死にそうなのに。いいからとっとと教えてくれよ」
「むぅ、面白くないなぁ」
 そう言いながらも、フィーネは用件の方に入る。
「一応言っておくけど、調べたのはシャロで、私はその資料を送ってもらっただけだから」
 シャロというのは、『τ』の名を持つ女で、本名をシャルロット・レファンスという。
 調べ物に関して彼女の右に出るものはいないと言われるほどの情報屋であり、メタカロスが数年前にスカウトしてきたらしい。ただ、少しばかり人見知りが強く、こうしてフィーネのような仲の良い人物を仲介しなければ頼みごとが出来ないのが玉に瑕だが。
「えーと、とりあえずカールス・イシルドについてだけど。イシルドっていう姓から、あの放浪民族の旅団を思い出したのは正解。一年位前に全滅した火炎鳥の一族と特徴が一致するから。おそらく、生き残りはカールス一人だけでしょうね」
「やっぱそうか。いや、実を言うと髪の色と能力で判断しただけだから、確信はなかったんだ。確認取れてよかった」
「それで、シャロは過去の情報とか片っ端から集めてるみたいなんだけど……。と、やっぱり。次期頭首はカールス・イシルドになってる。結構いろんな土地で触れ回っていたみたい。過去の英雄の名を継いだ存在だってことで」
「英雄?」
「『カールス・イシルド』って言う名前の英雄が過去いたらしいのよ。二、三世紀前の話みたいだけど。その名前を継ぐにふさわしい才能を持っていたから、頭首にするためにそんな名前をつけたんだと思う」
「……つーことはやっぱ、男の子として育ててたんだな」
「ま、完結に言えばそういうことね。やっぱり古いしきたりみたいなもので、女性は人の上に立ってはいけない、という考え方を持った集団よ。だったら他の人を選べばいいじゃないかと思うけど、どうやら他に適当な子供がいなかったみたい。才能云々の問題以前だったのね」
「だから無理やり男の子として育てたってわけか。――ったく、胸糞悪いな。そんなの、どうせいつかばれるだろうが」
「あ、その辺は大丈夫だと思うよ」吐き捨てるようなハワードの言葉に、訂正が入る。「要するに民衆に知らせなければいいんだから。一部の重役たちだけで完全に秘密を守り通したら、そんなに難しいことじゃないし。それに、求めているのは象徴なんだから、途中で女性とばれたとしても、建前として男性だと言い張れば何とかなるのが、そういう社会だよ」
「……ますます腹立たしいな」
 カールスの人格は完全に無視である。
 まあ、自分たちとは生活環境が決定的に違うので仕方ないかもしれないが、それでもあまり気分のいいものではなかった。
「それで、一族が全滅してから三ヶ月くらいは一人で放浪していたみたい。その後で例の山賊の集落に転がり込んだってわけ。まあ、そこでも象徴として扱われるなんて、皮肉な話だけど」
 それはそうと、とフィーネは逆に聞き返してくる。
「山賊の方は結局どうなったの? そっちの方の情報はハワードに聞こうと思って、シャロには聞いていないんだけど」
「あ? いや、とりあえず集落に戻ってみると思いのほか生存者が多くてな。前線に出ていた男衆はほとんど全滅だけど、女性と子供は生き残ってたんで、ルチアとメタカロスの権力を総動員して周りの国に亡命させた」
「ふぅん、それはまた随分うまくいったのね」
「いや、大変だったぞ。半ば強引に推し進められただけだし。なんか異能者の襲撃があったとかで国の中枢機関が半分麻痺してたから、どうにか気づかれずにすんだってだけだよ。それに、亡命したっつっても、安全が保障されるような国に送れたわけじゃないから」
「その辺は自分たちで何とかするしかないでしょ。本当なら銃殺刑でもおかしくないんだし。ちなみに、マグヌスっていう少年は? 問題の魔法剣、彼が所有者になっちゃったんでしょ。その辺も含めてどう決着つけたの?」
「あー。それなんだが。魔法剣を外に放り出すわけにもいかないってことで『ギリシャ文字』の方で引き取ることになったらしい。その辺はメタカロスが全部割り振ってたんだけど」
「へぇ。じゃあ、誰の下につくことになったの?」
 何気なく聞かれた言葉に、一瞬口ごもってしまった。
 しかし、黙ったままでいるのもいけないので、仕方なく口を開く。
「……『φ』だよ」
 その答えを聞き、フィーネも少しだけ固まった。
「ふぁ、『φ』って、……ノーヴァさん、だよね。……いや、確かに全部の属性の術が使える魔術師って言ったら彼くらいしかいないけど」
 苦手意識のあるフィーネとしては話しにくいらしく、歯切れの良くない返答が返ってきた。
 まあ、ハワードの方も、その男は苦手なので同じ対応しか取れない。決して悪い人ではないのだが、なんとなく苦手意識が先行してしまうのだ。
「マグヌスの方も、魔法剣を扱えるようになるのはまんざらじゃねぇみたいだから、なんとなくうまい具合に落ち着いたってところかな。ふん、あのくそガキはせいぜいノーヴァのところでしごかれればいいんだよ」
「何気に酷い言い草ね。そんなに嫌いなの?」
「別に、そんなんじゃねぇよ」
 そっけなく返す。
 実際、会ったのはそれこそ一回しかないので、そんなに嫌っているわけではない。というより、嫌う要素がない。
 確かに、マグヌスのカールスへの狂信ぶりは、なにやら苛立つところがなくもなくもないが、しかしそれほど意識するほどのことでもない。別にマグヌスがカールスのことをどう思おうがハワードの関係があるわけでもないし、そのマグヌスの狂信に対してカールスがある一定以上の信頼を抱いていたところで、ハワードには欠片も関係はないし――
 ………。
 いや、やっぱ嫌いだわ。
 己の本心に忠実に従い、ハワードは言う。
「だから、別にマグヌスの話なんてどうでもいいだろ。それより話変えようぜ」
「ふーん。――嫉妬してるんだ」
「ぶっ」
 痛い図星を的確に射抜かれ、思わず噴出す。
「な、なな、なんでそんな結論に行き着くんだよ、今のセリフで!」
「いや、普通分かるでしょ。なんか気に食わないところがあって、拗ねてる子供みたいな言い方だったし。――っていうかさぁ」
 なにやら、声が悪戯を考えている子供のような、ねちっこい声に変わった。
 言葉の端々に含み笑いが混じってる。
「……んだよ」
「リープスさんから、カールスの写メ送ってもらったのよね。カールスって、女の子だってことは聞いていたけど、すごく可愛いじゃない」
「それがどうしたんだよ」
「このロリコン」
「ぶはっ」
 ズバッと切り込まれた言葉で、ばっさりと切り落とされた。
 今度こそ死んだ。
 そう思えるほどの精神的ショックを、たった一言で与えられた。
「お、お前までそれを言うか!」
「ん? あ、やっぱり他にも言われたの? だれだれ?」
「…………リープス」
 苦々しく答えながら、回想する。
「あの女、病室で寝ている俺のそばにいるカールスを見て、開口一番にそれを言いやがったからな。ぶっちゃけ、結構ショックなんだぞ」
「あはは。でもそれは仕方ないよ。だって、あんな可愛い子が《炎帝》だなんて言われても、信じられないもの」
「ってか、年齢はお前とあんま変わんないんだぞ。お前が十六で、あいつは十三だから三歳違いだし」
「十代で三歳も離れてれば全然違うわよ。大体、それ言うんなら、ハワードとは八つ違うじゃない。十分危険地帯だよ」
 それに、四つ違いだったら私とハワードもだし、とボソリと付け加えられた言葉は、残念なことにハワードの耳には入らなかった。
「後は……カールスを連れ去った、魔術師のローアンとか言うやつ。あの男も、俺のこと少女趣味呼ばわりしやがった。その女の子を連れ去ったのはどこのどいつだっつーの。……つーか、そういえばあいつだけは目的が結局分からなかったな」
「うん? ローアン? ちょっと待って。それだったらシャロが調べてるみたいよ」
 そう言いながら、電話越しでガサガサと紙をめくる音が聞こえる。
「あったあった。えーと、ローアン・クルセイドのことでしょ。この人の経歴見たら、多分目的分かるわよ」
「どんな話なんだ?」
「その前に。ミヒャルダっていう国知ってる?」
「ミヒャルダ? えっと、知らないな。どこにあるんだ?」
「東ヨーロッパ地方にあった小さな国なんだけど、二十年位前に滅びてる。内戦続きの上に革命が起きて、その影響で四方を分断されて別々の国に吸収されちゃってるの」
「ふぅん。で、それがどうかしたのか?」
「ローアンの話に戻るけど、彼の本名は、クリスティーナ・クロス・クルセイド。そのミヒャルダって国の最後の女王の名前よ」
「……は? 女王?」
 一瞬聞き間違いかと思い、間抜けな声を上げる。
 しかし、フィーネは別に言い直しはしなかった。
「そう。女王様。クリスティーナ、というのも、別に偽名じゃなくて本名よ」
「……いや、確かに女っぽい感じはしたけど、でもあいつ明らかに男だったぞ」
「うん。まあ、性別は男だし」
 あっさりとそのことを肯定してくる。
 その簡潔な言い方で、ようやくハワードにも意味がつかめてきた。
「ああ。――つまり、カールスと同じなんだな」
「そういうこと」
 よくできましたとでも言うようにそう言うと、フィーネは説明を始める。
「そのミヒャルダって国は、昔から女性が王になることが、国を治める唯一の方法だって信じられてきていたらしいの。カールスの一族とは逆のパターンね。でも、革命が起こる前からいろんないざこざが王族の間でもあって、その所為で女王の血を引くのが彼だけだったらしいの」
「それで、男であるローアンを女性として育てたのか」
「しかもその方法も徹底しててね。生まれたときから女子として接して、女性としての素養を一から叩き込んだのは当たり前として、それに加えてどうも、彼は幼い頃に去勢手術も受けてたみたい。だから、完全に男性だとも言い切れないのよね」
「……去勢って、おいおい」
 あまりのことに顔が引きつる。
 自分の兄も随分な立場だったと思っていたが、ローアンのそれは少しばかり度が過ぎているように思える。これではまるで中世の物語じゃないか。
 ――いや。それ以前に。それが事実なら。
「まずったなぁ。……つーことは、ローアンはもしかしたら、カールスを助けようとしてたんじゃないのか?」
「その可能性は高いでしょうね」
 まさかと思いもらした言葉に、事も無げにフィーネは頷いた。そのだめだしによってハワードはますます顔を引きつらせる。
「うわ。そしたら俺、あいつの目的思いっきり邪魔しんじゃん。あー。余計なことしたかも」
 そういえば、「あなたは何にも分かっていない」とか言ってたなあいつ、と思い返す。知らなかったこととはいえ、悪いことをしたかもしれない。
 軽く頭を抱えながら、後悔の渦にうずくまる。それでは、自分がやったことはカールスを助けることにはなっても、ローアンを蹴落としたも同然ではないか。
 そんな風に考え込んでいるハワードに、フィーネが思いのほか軽い口調で言ってきた。
「うーん、でも、あんまり罪悪感は覚えなくてもいいと思うよ」
「……どうしてそんなことが分かるんだよ」
「いや、だってさ。どっちにしてもローアンは、カールスを苦しめる原因の一つを作ってたんでしょ? 魔術を使って。それが結果的にカールスを助けるためだったとしても、苦しめたって事実は変わらないんだからさ。ある意味自業自得でしょ」
「……なんつーか、相変わらず魔術師には厳しいんだな。お前」
「そんなことないよ」
 いや、そんなことあるって。とハワードは心の中で言い添える。フィーネは少しばかり、魔術師という人種に対して嫌悪感を持っている節があるのだ。
 でも、フィーネの言うことも一理あるので無下には出来ない。納得できるわけではないが、妥協するしかないところではあるかもしれない。
 しかし、真実を知った今なら、ローアンの話もちゃんと聞いておくべきだったという後悔は、嫌でも付きまとうのだが。
「それにしても」
「ん?」
「話し聞く限りじゃ、随分と丸く収まったよね。今回の事件」
「それは……」
 とっさに何かを言い返そうとしたが、口を開いてもうまく言葉が出なかった。
 どうして自分が言い返そうと思ったのか、それすらも分からないまま、ハワードはとりあえず間を取るために言う。
「どうしてそんなことを思うんだよ?」
「だって、なんだか不自然過ぎない? 一つ一つを見ていけば納得も出来るけど、全体を見たらあまりにバランスがよすぎるもの。だって、これじゃあまるで――」

「――誰かに作られた物語みたい」

 その言葉は、凛と響きハワードを貫いた。
「…………」
 言い返すべきだと、なぜか思った。
 それでも、言葉は出ない。
 例えば、ハワードが勝手に予定より早く山賊を襲撃したこと。例えば、フィーネからあらかじめペンダントをもらっていてリープスの助けを呼べたこと。例えば、魔術師ローアン・クルセイドが都合よく始めから関わっていたこと。例えば、軍隊の動きが休戦状態の国にしては随分早かったこと。例えば、都合よく魔法剣の所有者足りえる少年が山賊にいたこと。例えば、機関銃の攻撃を庇った上でマグヌスが生きていられたこと。例えば、山賊のメンバーの半数が生き残って無事に亡命できたこと。例えばカールスやマグヌスに何のお咎めもなかったこと。例えば――

 ――例えば、ハワードが都合よくカールスを救いたいと思ったこと。

 挙げれば他にもいっぱいある。一つ一つは些細なことだし、理由もちゃんと存在する。つながりを考えなければ、それが都合のいいものだなどとも考えないはずだ。
 でも、どうしてだろう。
 ――本当は、この事件はもっと単純だったのではないかと思ってしまうのだろう?
「まあ、考えすぎなのかもしれないし、それにもっと都合のいい事件はたくさんあるしね。そういえば、あなたに言われたマラの魔術師との邂逅の件も、大概分に都合のいい話だったわ。ま、だからちょっと言ってみたかっただけ」
「あ、ああ」
 勝手に結論を出したフィーネに、ハワードは頷くことしか出来なかった。
 その後、簡単に他の事項を聞いてフィーネとの通話は終わった。
 シャルロットに調べてもらった調査結果は、ドイツに戻ったときにでも渡してくれるらしい。後一週間くらいしたら戻れるので、そのときになるだろう。
 ただ、通話をきった後でも、フィーネの疑問が妙にシコリとして残り続けた。



「やあ、お帰り。どこに行っていたんだい?」
「……んで、なんであんたがいるんだよ」
 病室に戻ると、ベッドの上に座っているメタカロスがりんごを片手に陽気に声をかけてきた。
 出ていたのは三十分ほどのことなので、おそらくその間に来たのだろうが……
「ん、どうしてそんなに不機嫌そうなんだい? ははーん。さては便秘だな? 怪我したときは体のバランスが崩れるからね。どれどれ、いい対処法を教えてあげよう。いやなに、そんなに怪しいことじゃないさ。ちょっとばかりこう、お腹の触り方を変えるだけで全然違うんだよ」
「……別に便秘じゃねぇよ。つーか、喋りながら人のりんご食ってんじゃねぇよ。だいたい、それは俺へのお見舞いの品だぞこら」
「んん? おやおや? 突っ込みにいつもの切れがないね。どうしたどうした。そんなおざなりな文句じゃ僕は全然反省しないぜ? ほぅら、そうこう言っているうちに僕の左手は次のパイナップルへと伸びた! このままではフルーツの詰め合わせは全て食べられてしまう! どうするハワード! どうなるフルーツ詰め合わせ! 答えは次号!」
「死ね」
 短く言い、上段から蹴り飛ばした。
 ぶほ、という声とともに、メタカロスはもう芯だけになりかけているりんごを片手に、後方へと吹き飛んだ。
 ――しかし、いかんせん威力が足りない。ベッドから転げ落ちた程度で、大してダメージは与えられなかったようだ。
「いや、その認識はおかしいぞ? 普通ベッドから叩き落されただけでも十分大事だって。落ちどころが悪かったら首の骨が折れてしまうかもしれないんだぜ?」
「あんたに限ってんなことあるわけねぇだろ。冗談言ってねぇでとっととパイプ椅子持って来い」
 いつも通り突っ込むのも面倒なのでいい加減に言い捨てつつ、ハワードはベッドに乗る。
 なんだか一気に疲れた気がした。
 そんなハワードの様子に、メタカロスは少し怪訝そうな顔をしつつ病室の端にあるパイプ椅子を持ってきてベッドの脇に座った。
「ふむ。なんだか随分とお疲れのようだねハワード。どうしたんだい?」
「ちょっとばかり体の調子が戻らなくてな。カールスとの戦闘の所為で、筋力やら体力やら全部ゼロ近くにまで引き落とされてるし。契約のおかげで一般人よりも基本スペックと回復能力は高いはずなのに、全然戻らねぇ。同じ契約者でもこうも違うってのは、やっぱこれが神性の差かね。さっきの蹴りだって、本当は壁まで飛ばすつもりだったのに」
「ほう。恋わずらいとな。それは問題だね。自分の気にしていなかった性癖に気づいて困ってしまっているのか。ははは。君も意外と初心なところがあるんだねぇ。このこのぉ」
「何を聞いてたんだよお前は!」
 フック気味に左腕を振るう。
 が、ひょいと軽々しく(本当にちょっと頭をずらした程度で)避けられた。
 避けられるのは毎度のことだし、当たったとしてもまったくダメージがないのもいつものことだが、しかしここまでとは……
「へぇ。本当に弱体化してるんだね」
 そんなハワードの様子を見て、メタカロスは珍しく真剣な表情をする。さすがに、冗談で済む状態ではないと思ったのだろう。こんなどうしようもない男ではあるが、真面目なときはすごく頼りになる。今なら話が通じると思い、ハワードは本音を吐き出す。
「……分かったろ。だから今、あんたの冗談に付き合ってる余裕はまったくねぇんだよ。体張ったツッコミが欲しかったら、とっととどっか別のところへ行ってくれ頼むから」
「ふむ、分かった」
「はぁ。やっと分かってくれたか」
 どうやら目算は正しかったようだ。さすがのメタカロスも、ボロボロの状態の部下をいじめてたのしいわけが――
「つまり、今の君は弄り放題ということじゃないか!」
「やっぱあんた死ねえええええええええ!」
 どこまでいっても馬鹿は馬鹿だった。
 ……というか、こんな男を信頼しなければいけない自分の立場に、ある種の悲しさを覚えるハワードだった。
「んで、あんた結局何しに来たんだよ」
 しばらく暴れ周り、さすがにハワードの体が動かなくなった頃に、そう切り出す。
 一応『ギリシャ文字』のトップである以上、メタカロスは多忙だ。さすがにただ部下をいじるためだけにこんな遠方にまでやってくるはずがない。一応他に案件があると思った方がいい。
「ちょっと今回の事件の後処理をするためにね」
「後処理?」
「何か質問があれば答えてあげるって言っているんだよ。さて。ギリシャ文字の番外位『スティグマ』。ハワード・カロル。今回はご苦労だった」
 番外位『スティグマ』
 それは、はるか昔に失われた聖痕の意味を成す文字。
 皮肉にも、そんな例外的な位置づけの文字をハワード・カロルは背負っていた。
「多分腑に落ちない点もあるだろうしね。いろいろ聞きたいことがあるんじゃないかい?」
「……じゃあ何か。あんたは全部分かってるって言うのか?」
 訝しげにそう問うと、「少なくとも君よりはね」とメタカロスは飄々と受け流すように答えた。
 その様子にますます不信感を募らせつつも、ハワードはとりあえず一つ気になっていたことを聞くことにした。
「あの宝石」
「宝石?」
「あんたがリープスから俺に渡すように言った宝石だよ。あの真っ赤な宝石。あれは一体なんだったんだ?」
 ジッと、睨むようにメタカロスの瞳を見つめ続ける。
 しかしメタカロスは、その鋭い視線を柳のように受け流し、フッと表情を和らげた。
「その様子なら、ある程度予測はついているんじゃないかい?」
「……不死。いや、どちらかといえば再生。吸血鬼の能力か」
「全然違う。正確に言えば、『不変』。変わらないものの象徴だよ」
 スッとメタカロスの目が細められた。
 軽く瞬きされた後に表れるのは、紅い瞳。
 血のように赤く、流血のように紅い毒々しい、吸血鬼の瞳。
「じゃあやっぱ、あんたの存在を再現した術式だったのか」はあ、とため息を吐きながらハワードは続ける。「まあ、リープスから渡された時点で、何か魔術的な意味があるとは思っていたけどさ。でも、まさか死んでも死なないですむまでとは 思わなかったよ」
「はは。準備期間から違うからね。吸血鬼の力を体現させるって言っても、普通は出来るもんじゃないから。製作期間は総合で二ヶ月。そして最終調整のためにリープスは魔力を全部使い切った。あいつだからこれくらいで出来たけど、本当なら三十人くらいの術者で半年近くかけてやらなきゃいけないような術式だぜ? まあ、さすがの彼女も手伝いを何人か呼んだみたいだけど」
「むしろその程度でできたことに驚きだよ。何だよ。死者蘇生って言ったら『奇跡』レベルの魔術だろ。そんなもん作れるんなら、リープスにその作業だけさせて量産すればいいじゃないか」
「だから厳密には『不変』だって言っているだろう。そうでなかったら衣服まで元に戻ることはない。吸血鬼も本当は『不死』じゃないんだ。血を吸うという行為で他人の生命力を取り込んで、『変わらない力』を蓄えているだけ。だからその力がなくならない間は、例えどんなことがあってもその存在が変わることはないってだけなんだ。別に『蘇生』しているわけじゃない」
「あーあー。別に吸血鬼の話なんざ聞きたくねぇよ。だから、俺が聞きたいのはなんでそんなもん俺だけのために作ったんだってことだよ。労力だって随分かかってんだろうが。なんか簡単そうに聞こえたけど、それでも本当はもっと他に条件があるんだろ。なんでそんなものを俺に渡したんだよ」
 腑に落ちないといったら、まさにその点だ。
 今回、あの宝石がなければ全てが駄目になっていた。カールスのあの炎を受け止める術は、ハワードには他になかった。それなのに、効果も分からない宝石の力を信じきって立ち向かっていったことが、彼自身分からなかった。
 ハワードは、目の前の存在に問い詰める。
 目の前の人であらざる存在に――吸血鬼に、答えを問う。
「なあ、ハワード。君は、運命って信じるか」
「俺の能力を知ってそれを言うか。ってか、まさかこの期に及んで冗談で済ませようと――」
「冗談じゃない。これは本気だ」
 思いのほか真剣な声色に、思わず開いた口を閉じてしまう。
 紅い瞳を細め、彼は言う。
「ハワード・カロルはカールス・イシルドに出会わなければいけなかった」
「それは、どういう」
「よく考えてみな。それは君自身が分かっているはずだ。まあ、これを『運命』と言ってしまえばそれまでだ。君とカールスが出会うことは決められていること。その先にある未来のために、決定された事項なんだ。――君は、『それ(未来)』を見たはずだろう?」
 その言葉で、思い出す。
 あの戦火に包まれた荒野を、無限の剣に突き刺された自分を、そして――炎を纏ったあの少女の姿を、思い出す。
 定められた地獄を、思い返す。
 この男は、その全てを知っているというのか――
「俺は……」
 カールスに触れた瞬間に見た光景。
 それを反芻しながら、落ち着いて答える。
「俺は、カールスに殺されるんだな。メタカロス」
「ああ。その通りだ」
 完結に告げられた肯定の言葉に、ハワードは「はぁ」と軽くため息をつく。
「予想はしてたけどさ。ま、別に今更自分が誰に殺されるかなんてこだわらねぇよ。――でも、何でまたあいつなんだよ」
「さあ。その辺は神のみぞ知るって奴じゃない」
「神って言ったら、すぐ身近にもいるんだがなぁ」
 な、と虚空に向けて言ってみると、『何か用か?』と面白そうに笑うニックの声が聞こえてくる。
 この竜神も、一応は神のはずだが……さすがに、人の運命なんか見れないだろう。属性が違うし、それ以前に神性がそもそも足りない。
 そんな心の中の呟きが聞こえたのか、ニックは乱暴に言ってくる。
『あ? 何か言ったかハワード』
「使えねぇって言ってんだよこの弱小神。文句があるならとっととこの体治して見やがれ」
「はっはっは。ほらそこ、勝手に喧嘩を始めるな」
 半透明になって浮かんでいるニックと喧嘩をするハワードの間に、メタカロスが割ってはいる。
「まだこっちの話が残っているんだから。勝手に話を脱線させないでくれるかい?」
「……正直な話をするが、脱線するほど理路整然に話が進んでいるか?」
「大筋を追えれば構わないんだよ」
 で、何の話だっけ、とメタカロスはいつものペースに戻り始める。
「どうして俺を殺すのがカールスなのかって話だよ。……まあ、それはもういいや。あんまいい回答もらえるとは思えないし。それより、なんで俺とカールスは出会わなきゃいけないんだよ」
「うん? どういう意味だい?」
「だから、カールスが俺を殺すってことが決定事項であるなら、別に俺とあいつが知り合いじゃなくてもいいだろ。それが運命で決まっているんなら、どっかの戦場で偶然出会って殺し合いでも別に構わないはずだ。『起こるべきことは必ず起きる』。だったら、カールスが俺を殺すという条件さえ整えば、それ以外はどうなっても構わないはずだ」
 それなのに、とハワードは続ける。
「カールスと出会ったことで、俺は自分を殺す相手があいつだと気づいてしまった。それを知った俺が全力で抗ったりしたら、ギリギリまで死を回避できるかもしれない。未来は可変だ。運命で決められた、『殺される』という条件さえ果たせば、死ぬのはいつでもいい。そういうことが出来るのに、どうしてわざわざ俺とあいつは出会わなきゃいけなかった」
 メタカロスは、『出会う』ことが運命で決められていると言った。
 それなら、そこに何か意味があるはず。
「単純な話さ」
 ハワードの厳しい様子にもまったく動じず、メタカロスは相変わらずのマイペースで簡単に言い切った。
「カールスは救われなければいけなかったんだ。そうじゃないと、彼女は死んでしまっていた」
 その言葉で、全てが分かった。
「……つまり」メタカロスが言う前に、ハワードは言葉をかぶせる。「俺は、自分が殺されるために、殺す人間を助けたってわけか?」
「ザッツライト」
 メタカロスは穏やかに微笑んだ。
 ――皮肉といえば、これ以上の皮肉はあるだろうか。
 命を懸けて助けた相手に、本当に命を取られる。今回生き残ったのは、将来殺されるため。そのためだけに、ハワード・カロルは生かされている。
「そんで、俺を生かすためだけに、あんたはあの宝石を作ったわけ?」
「そういうことになるね。ちなみに、誤解しないように言っておくけど、あれを始めに作った段階では、君は軍隊に殺される予定だった。まさかこんなに早くカールスに殺されるようになるとは思わなかったよ」
「運命論の観点から行くと、あそこで殺されててもよかったんだろ。場所や時間は違うけど、その辺は小さな差だし」
「ああ、そうさ。ま、正直言うと僕も五割がた死ぬんじゃないかなーとか思っていたんだけどね。あの宝石を持っていても、火炎鳥の炎を受けて無事とは言い切れなかったし」
「……あの炎、不死の炎だろ。あの宝石のおかげで体はそのつど治ってたけど、治った端からまた燃やされてったからな。正直熱くて仕方なかったぞ」
「そりゃあ、本当の意味で死ぬ可能性が高い状態だったしね。――実際、ちょっと確かめてみたら、ほとんど死ぬことは決定していたみたいだし」
 でも――と、メタカロスは付け加える。
「君は今、生きている」
 見つめられたこちらまで染まりそうなほど真っ赤な瞳で、彼は見つめてくる。
「これには、何か意味があるとは思わないか?」
「…………はんっ」
 考えすぎだよ、馬鹿。
 そう、ハワードは笑いながら呟いた。



 病室の扉が開いたのは、まもなくのことだった。
 軽いノックの後に入ってきたのは、小柄な少女。
 美しい赤色の髪の毛はポニーテイルで結ばれている。清楚なワンピースがよく似合う、可愛らしい女の子だった。
「ハワードハワード、お見舞いに来たよ」
 その言葉に、ハワードは「おう」と答えた。
「リープスはどうした?」
「ちょっと下で用があるんだって。遅れてくるみたい。――それより」
 トテトテと近づこうとして、彼女は何かためらうように立ち止まると、今開けたばかりの扉にしがみついて、上目遣いになる。
「ん? どうした?」
「えっと、……その人」
 何か恥ずかしそうにしている様子を見て、ようやくハワードは事情を察する。
「ああ、ほら。前言ってただろ。俺の所属する組織の嫌な上司だって。こいつだよ、メタカロス・メイシェン。で、メタカロス、こいつが……って、どうしたんだ」
 メタカロスは、少女を見て固まっていた。
「あ、いや。ちょっと予想外でさ」
 自分を取り戻すようにそう言うと、メタカロスは確認するように言う。
「まさか、その子がカールス?」
「まさかもなにも、その通りだが」
 二人同時に少女へと目を向けると、「え、えと」と彼女は困ったように視線を空に浮かばせた。
 そこにいるのは、いかにも年頃の少女然とした格好の女の子。あどけない表情などは無邪気さに溢れている。
 まあ、確かに予想外、かも知れない。
 メタカロスは全ての情報を知っているようだが、当事者でない以上、カールス・イシルドという少女がどういう外見をしているかなんて知らなかっただろうから。
「僕は、もうちょっとやんちゃな少年みたいなのを想像していたんだけど」
「大体あってるよ。ただ、この変身がすごいだけだ」
 事実を言うと、始めにカールスがお見舞いに来たときはハワードも驚いたものだ。
「入院している間は仕方ないからさ、リープスに預かってもらってるんだ。ルチアの事務所でだけど。そしたらリープスの奴張り切りやがって、こんなに変身させてしまった」
 山賊にいた頃はホント山猿みたいだったのに、とハワードは苦笑しながら言う。
 そんな言葉に、カールスが抗議の声を上げる。
「あ、そんなこと言うんだハワード。毎日お見舞いに着てあげてるのに、酷いよ」
「はいはい。悪かった悪かった。ほら、こっちこいよ」
 ひょいひょい、と手で招くと、唇を尖らせていたカールスもすぐに機嫌を治し、「うん!」と元気に走りよってきた。
 ――ちなみに。
 ハワード・全治二ヶ月。入院は二週間でいいとはいえ、全盛期ほどに戻るには時間が必要。
 カールス・全治一週間。すでに全快状態。
(……ふはは、見ろ。これが神性の差って奴だっ!)
 どこへともなく、ハワードは軽く泣きそうになりながら愚痴った。
 そもそもカールスの契約した火炎鳥は、あまりにも歴史が長すぎる。それに加えて全世界を放浪して世界中の逸話を吸収しているから、その存在はもうとんでもないものになっている。だからこそ、ここまでの差があるのだろうけれど。
 そんな感想を持ったハワードに、霊体のニックが脇でギャンギャン言っているが、気にせずつぶやく。
「なんか切ないよなー」
「うん?」
 首を傾げてくるカールスに、「なんでもねぇよ」と頭を撫でてやりながら言った。ちゃんと手入れをして明るくなった赤い髪の毛を振りながら、カールスはネコのように気持ちよさそうに表情を緩める。
 その様子を。
「…………」
 メタカロスは得体の知れないものでも見るような目で見ていた。
「ん、どうしたんだよ。さっきから」
「いや、まあ。なんていうか。ハワードが子供をあやしているのが新鮮で」
「そうか? 俺は結構子供好きだぜ」
 別に無邪気は求めてないが、なんとなく『弱い強さ』ってのがあるように思えて好感が持てるのだ。そういう感覚は成長すると忘れてしまうものだから、懐かしいというのもある。
 そんな風に思っていると、メタカロスがにっこりと笑った。
「うん。なあ、ハワード」
「なんだ? メタカロス」
「このロリコンめ☆」
「テメェ今なんつった!?」
 四人目は笑って済ませられる相手ではなかった。
 体はうまく動かないのでせめて殺気だけでも、と精一杯の殺意を込めて睨む。それに、「おお、怖」などとわざとらしくいいながら、メタカロスは少しベッドから離れやがった。
 ……いつか殺す。
 そんなことを思いながら、苦々しくそれを見つめることしか出来ないハワードであった。
「ねえねえ、ハワード」
「あん? どうした」
 見ると、カールスは何か不思議そうに首を傾げていた。
「あのさ、『ロリコン』って、何?」
「ぶっ」
 カールスが覚えてはいけない単語を覚えてしまった。
 そのことに軽く鬱になりながら、ハワードはカールスの様子を見てみる。
 十三歳。もちろん、まだ子供だ。これから成長するところなんだから、仕方がない。平均より少し下回っているような気もするが、多分成長する。
 しかしまあ、現状を見れば少女趣味と見られても仕方ないかもしれない、などと思ってしまい、さらに落ち込んでしまう。
「……出来ればお前がもう少し成長してから知って欲しかった言葉だよ」
 今のハワードには、これくらいしか言うことが出来なかった。
 納得は出来なかったようだが、カールスは優しさからかそれ以上聞いてはこなかった。



 それから、しばらくカールスはハワードに頭を撫でてもらって、気が済んだのか急に立ち上がった。
「わ、……わたし、マグヌスのところにも行ってくる」
「そうか。じゃ、早く行って来い」
 ちょっと複雑な心境になりながらも、快く送ってやった。
 少しぎこちなかったが、一人称を女性らしい発音にしていたことに、軽く安堵する。
 そんなわけで、また病室はハワードとメタカロスの二人きりになった。
「しかし、随分と懐いているなぁ。やっぱりこれが愛の力かな。ハワード」
「テメェ本気で殺されたいらしいな」
 手が届かない位置にいるのをいい事に好き勝手言いやがって、と思い、ハワードは手近に何か投げるものがないかを探し始める。
 しかし、そんなハワードをよそに、メタカロスは続ける。
「なあ、知っているかい。ハワード」
「あ? 何をだ」
「ロリータ・コンプレックスって言葉は、発生した当初は、今使われているような男性が自分よりはるかに年下の少女に向ける性癖という意味じゃなくて、少女が年上の男性に向ける感情を表す言葉だったんだよ」
「……それがどうしたんだよ」
 ジトリ、とねめつけるようにメタカロスを見つめる。
「いや、特に意味はないよ。それに、今ではこの意味ではまったく通用しないけどね。そもそも、辞書に載るような言葉じゃないからなぁ。ただ、そういう見方もあるって事さ」
 その言葉の真意を取りかねているところで、メタカロスは別の話を振ってきた。
「ところで。他に質問がないんなら、僕から一つだけ聞きたいことがあるんだけれど」
「聞きたいことはいろいろあるけど、めんどくさいからそっちからでいいよ。で、なんだよ」
「君はさ、どうしてカールスを助けようと思ったんだい?」
「……は?」
 ナニヲイッテヤガルンダコイツハ。
 そういった目で、ハワードはメタカロスを見た。
 どうしてもなにも、それが必要だったからしたんじゃないのか? 運命で決められていたから、ハワードはその筋書き通りに動くしかなかった。そういう話ではなかったのか。
「あー、違う違う。僕が言いたいのはそういうことじゃないって。確かに、君がカールスを助けることは決まっていたことだよ。でも、それとこれとは話が違う。君が行動を起こしたのは、少なくとも君が助けたいと思ったからのはずだ。その気持ちまでは、さすがに分からない」
「…………」
「なあ、ハワード。君は、どうしてカールスを助けたいと思った?」
 それは、本当に分からないから聞いてきたのだろう。
 別何か意味があるわけではない。単純な好奇心。どうして、自身を殺す相手だとわかっていながら、ハワードはその相手を救ったのかという単純な疑問。
 胸のシコリが、取れた気がした。
「ここで、似たような境遇でグレた兄の話を出してもいいんだけどさ」
 ハワードは、口の端に僅かに笑みを浮かべながら、答えた。
「カールスの記憶を見たときに、あいつが契約をするときに交わした約束を知ってしまったんだよ。それを知った後であいつの状況を考えたら、その差に愕然とした。そして、そんな境遇に甘んじているあいつ自身に腹が立った」
 ――だから、助けたんだ。
 言いながら思い出すのは、一人の少女の姿。
 必死に気を張って周りの手を振り払いながら、それでいて心の中では「助けて」と叫び続けている少女の姿を。
 そんな、彼女の姿をみて、思ったのだ。
「単純に、幸せにしてやりたい、って思ったんだよ」
「幸せに、ね。――自分は死んでしまうというのに?」
「それでもさ」
 この先、どんな未来があって、どんな事件の果てに自分がカールスに殺されることになるのかは、まったく分からない。
 それでも――こうしてカールスを助けようとしたことを、ハワードは後悔しない。
 それが、カールスを幸せにすると信じているから。
「まさかその結果が殺される未来とは思わなかったけどな。でも、自分で決めたことだし、これで死んだとしても別にいいか、とも思ったんだよ」
「随分と、夢物語を語るんだね。らしくないよ、ハワード」
「はん、じゃあ何か? カールスがあんまりにも可愛すぎたから手篭めにしたくて助けた、とか言えば納得か?」
「――ふふ。ああ。そうだな」
 にやり、と笑って言ったハワードの言葉に、メタカロスは淡い笑みを浮かべた。
 そして少し迷ったような様子をして、結局彼は口を開く。
「そんな君に、一ついいことを教えてやろう」
「……あー。なんだよ、このタイミングで」
 話がひと段落ついたと思ったから、まだ続きがあることに少しばかり不安を覚える。
 しかし、それが杞憂であると教えるように、メタカロスは言った。
「あの宝石の効果では、火炎鳥の攻撃は完全に防げなかっただろ? 『不変』の効果をいい事に、延々と炎で焼かれ続けたはずだ」
「ああ、確かにそうだったな」
 苦々しい記憶を思い起こし、ハワードは頷く。あの時はカールスを助けることで必死だったが、あの焼かれる痛みは創造を絶するものだった。
「でも、それがどうしたって言うんだよ。その炎だったら、途中で消えて」
「そのとき、カールスは涙を流さなかったか?」
「え?」
 思い出してみると、確かあの時カールスは泣いていたと思う。しかし、それがどうしたというのだろうか?
「これは不死鳥の伝説になるんだけど、不死鳥は鳥の癖に涙を流す。でも、めったなことでは流さない。その理由は、本当に大切な人の前でしか、不死鳥は泣かないからだ」
「……いや、それがどうし」
「不死鳥の涙は、癒しの力があるんだよ。ハワード」
 言い聞かせるようなその言葉に、やっと全てが分かった。
 そして、そのことが意味することを理解して、不思議な気持ちがこみ上げてくる。
「君がした選択は、未来だけじゃなくて、確かに意味があったんだよ。ハワード」
 そんなことを言うメタカロスの言葉に、ハワードは「はは」と楽しそうに笑った。


◇◆◇


 カールスはマグヌスの病室に向かう。
 この一週間で、随分といろいろなことが変わった。全てが驚きの連続で、全てが新鮮なものだった。これまで彼女がすごしてきた世界とはまったく違うものを与えられた。今来ている綺麗な服も、可愛らしい靴も、つい一週間前までは考えられないものだった。
 ハワード・カロル
 あの青年が、いろいろなものに縛られていたカールスを助け出してくれた。
 ハワードのことを思うと、自然と笑みがこぼれてくる。くすぐったいような、なにか言葉で言い表せないもので満たされたような気持ちになる。
 だけれど、そんな中でも少しだけ思ったりすることがある。
 こんな幸福を、自分は受けてもいいのだろうか?
 廊下を歩くスピードを、僅かに落とす。
 ゆっくりと散歩するように歩きながら、カールスは最近知ったさまざまなことを考える。
 一つだけ――カールスは、一つだけ、知らなければいけないのに、知らなかったことがあった。
 それは覚悟。
 人の上に立つ上で、背負う覚悟は持っていた。しかし、背負うだけで、他の覚悟はまったく持っていなかった。
 そのことを、カールスは助けられることで思い知らされた。
 幼かった、と思う。
 そして、まだ幼いとも思う。
 カールスは経験もなにもかもが絶対的に少ない。そんな中で人の上に立とうとしたことが、そもそもの間違いなのだと、やっと教えてもらえた。
 今まで、誰も教えてくれなかったのだ。
 だから、たくさんの人を犠牲にした。
「…………」
 たくさんの人が、死んだ。
 カールスの所為で死んだ人は、数えられないほどいるはずだ。
 人が殺されることの苦しみや悲しみ。それを、カールスは背負っていかなければならない。
 本当なら、そのことで発狂したりするべきなのかもしれない。罪の意識や自分のやらかしたことの大きさに絶望すべきなのかもしれない。
 でも、それでは何の意味もないのだ。
 だからカールスは、変わろうと思った。
 これまでたくさんの犠牲を出してきた『カールス・イシルド』から、そういった犠牲を背負っていく自分に変わろうと思った。
『カールス?』
「何、ココロ」
 背後からかけられる声に、カールスは凛とした声で答える。
 その姿は、《炎帝》と呼ばれていたころと似ていながら、それよりも堂々とした雰囲気をかもし出している。
『いろいろ、吹っ切ったみたいね』
「ああ。ボクは――いいや。わたしは、変わるよ」
 自分の気持ちに素直に生きる。
 堂々と、自信を持って答える彼女に、契約者である火炎鳥は優しく言う。
『ねえ、カールス。今、幸せ?』
「……正直、分からない」
 虚勢は張らず、カールスは本音を呟く。
 幸せになる。
 ココロと契約をしたとき、契約の内容とは別に結んだ約束。
「――でも、なれると思う」
 自分を助けてくれた、あの青年のことを思い出す。
 ハワードといるときだけは、本当に素直でいられる。幸福感に満ちている、と胸を張って言える。
 そこから、少しずつ広げていきたい。
 犠牲を背負ってきた命。それを、意味のあるものにしようと思う。
 そしてカールスは、力強く一歩を踏み出す。
 あまりにも無知で幼かった自分から、少しでも変わっていくために。
 まだ未定の未来に向かって、カールスは歩き出す。

                                                          Fin
スポンサーサイト
コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://tukimaturi.blog89.fc2.com/tb.php/463-0861e446
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

西織

Author:西織
この欄を編集するのを完全に忘れていた男。今年の四月に新社会人という名の社畜人生に一歩を踏み出した。



性別:男
年齢:22歳
血液型:A型
趣味:読書&執筆
将来の夢:作家(前途多難)

本の感想などを見たい人は、こちらをどうぞ
『空っぽの知識(読書日記)』
http://emptyreader.blog81.fc2.com/

自作小説専門のブログ作りました。
『空っぽの知識(自作小説)』
http://emptynovel.blog83.fc2.com/

同じFC2ブログを三つも作ったことにより、他のブローカーに訪問者履歴的な意味で迷惑が……あの、本当に申し訳ございません。


何か連絡があれば、こちらにお願いします。
alred_marchen☆hotmail.co.jp
(☆を@に変えてください)



フリーエリア



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



FC2カウンター



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する